人間というものの愛おしいほどのしなやかさ、映画『永遠の1分。』
どんなに悲しい時でも、おなかはすく、この言葉が大好きだ。もちろんすべての人に当てはまる真実ではないし、絶望が人の心を押しつぶしてしまうこともある。しかし、まずは生きていくこと、そのことを悲しみの淵にある人にも分からせてくれる言葉だ。空腹と同様に、笑うことに対しても罪悪感を抱く必要はない。笑いは人が生きていくための重要なエンジンなのだから。
東日本大震災のドキュメンタリー制作のため来日した米国人監督とカメラマンが、やがて「3.11のコメディー」を創ることに意味を見出していく映画『永遠の1分。』は、2018年に口コミで大ヒットした『カメラを止めるな!』の撮影監督だった曽根剛が監督を務め、『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督による脚本を映像化。悲惨な思い出を引きずりつつも前を向いて歩こうとする被災者や遺族と、風化を口にする都会の人々の対比など厳しい現実もつき付けながら、自然災害がえぐった心の傷と真摯に向き合い、再生への鍵を追い求める人々の姿がどんな人の心にも寄り添ってくれる優しい映画だ。意外に泣けるし意外と笑える、人間というものの愛おしいほどのしなやかさがが詰め込まれた作品である。
コメディー専門の映画監督、スティーブ(マイケル・キダ)は、相棒のカメラマンと共に、撮影で警察沙汰を起こしたことで上司に叱責され、「3.11のドキュメンタリー」を撮ることを命じられる。ドキュメンタリーに興味のないスティーブはいやいや来日し、「(ドキュメンタリーは)適当に済ませて、ニンジャ映画を撮ろう」といい加減なことを言い出す始末。
通訳のレイナ(ルナ)や記者(片山萌美)の支えも借りながら、被災地をめぐるが、津波被害の悲惨さや今も悲しみを抱く被災者たちの現実に「適当に済ませる」構想は風前の灯火に。思いついた「3.11のコメディー」というアイデアも「不謹慎」との批判も浴びて、失意のまま帰国する直前、スティーブはある出来事で再び前を向く。今度は「何を伝えるか」ではなく「なぜ伝えるか」をしっかりと心の底に抱きながら。
劇中劇である映像作品は詳しくは紹介されないが、笑いもまた日常を取り戻していくために必要不可欠な要素であることを示しながら、さまざまな人々の絶望を緩和していく姿が描き出されていることを示唆する。何よりもコメディー作品として成立していることを観客に分からせていることが素晴らしい。
スティーブらの日々と並行するように、もう一つの大きな物語として展開するのは、東日本大震災で息子を亡くした日本人歌手のヒロイン、麗子(Awich)の米国での音楽による再生の日々。起用されたAwichはヒップホップシーンで脚光を浴びるアーティストで、深みと憂いのある歌声はすべての人の悲しみを引き受け、優しい光で満たすような神秘的な力を持っており、観客の心にしみわたっていくよう。麗子のパートはしっとりとした物語性があふれており、どこかドライなドキュメンタリーのようなスティーブたちのパートと好対照をなしている。
米国と日本、そして大震災時と現在(2019~2020年)と空間や時間を行き来する物語を丁寧に織り上げていく曽根監督の手腕は冴えており、上田の脚本もそこかしこに映画愛が見えて、クリエイティブなアイデアに満ちている。
東日本大震災で被災したかどうかには関わらず、だれもが大切な人を思い出す映画だし、何が自分にとって大切なのかをあらためて考えさせてくれる作品だ。
主演のマイケル・キダはドラマ「コンフィデンスマンJP」シリーズでダー子たちの執事役で出演しているおなじみの俳優。他に、NHK番組「京都人の密かな愉しみ」の毎熊克哉、ドラマ「仮面ライダー」シリーズの中村優一ら注目の俳優も多数出演しており、見どころが多い。
『永遠の1分。』3月4日(金)全国公開
マイケル・キダ Awich 毎熊克哉 片山萌美 ライアン・ドリース ルナ 中村優一 アレクサンダー・ハンター 西尾舞生 / 渡辺裕之
監督:曽根剛 脚本:上田慎一郎 音楽:鈴木伸宏、伊藤翔磨 主題歌:Awich「One Day」 (ユニバーサル ミュージック)
製作:映画「永遠の1分。」製作委員会
制作プロダクション:源田企画
特別協力:久慈市
配給:イオンエンターテイメント
2022年/日本/97分/カラー/シネスコ/5.1ch/
(C)「永遠の1分。」製作委員会
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