タナダユキ監督が人気コミックを永野芽郁、奈緒で実写化「原作ものは茨の道、それでも映画化したい」
人間の心の機微を繊細に軽やかに描いてきたタナダユキ監督が手がけた『マイ・ブロークン・マリコ』。親友のマリコが亡くなったことを知った会社員のシイノが、幼い頃から虐待を受けていたマリコのために遺骨を奪い旅に出る物語。主人公シイノを永野芽郁、マリコを奈緒が演じる。
2020年に発表されるや、第24回文化庁メディア芸術祭漫画部門新人賞など数々の賞を総なめにしてきた平庫ワカによる同名コミックが原作。圧倒的な疾走感を持って描かれる本作を読んですぐ「映画化したい」と声を上げたというタナダ監督が、原作に惹かれた理由とは。原作との向き合い方、クリエイターとして大事だと思うことなど語ってもらいました。
重いテーマなのに軽やかに描かれる原作に惹かれました
原作マンガを読んですぐに映画化したいと思ったとのことですが、そこまで思った理由はなんだったのですか?
どうにもならないことをどうにかしようとするシイノというキャラクターの存在はもちろんですが、デビュー作であれだけのことを描ききった平庫ワカさんの思いが伝わってきたというのも大きかったです。どれだけ魂を削ってこの作品を描いたのだろうかと、色々考えさせられました。そして、重いテーマなのに軽やかに描かれているところは、自分が作品をつくる上で常に目指していたことだったので、絶対に映画化したいと動きました。
どこか監督の作品とリンクする部分があったということですね。
そういうとおこがましいですが、近いものはあったのかもしれないです。でも自分が目指しているものをデビュー作でやってのけてしまう人がいることは衝撃的でした。ただ面白いことに、その才能に嫉妬する気持ちにはならなかったです。尊敬と脱帽です。
監督の心を掴んだ原作について、最初の印象を教えてください。
絵のタッチも好きだったのですが、すごく映画的なマンガだなという印象を持ちました。シイノが感じた衝動や悲しみ、やるせなさがダイレクトに伝わってきて。単行本には「マイ・ブロークン・マリコ」ともう1作短編(「YISKA−イーサカ−」)が収録されており、その物語もとても映画的で。きっとすごく映画がお好きなんだろうなと。だからこそ映画化したいと手を挙げるときはドキドキしました(笑)。決まってからは、原作から受けた印象を大事にするのは大前提として、映像作品として成立する着地点はどこかというのを試行錯誤しながら脚本をつくっていきました。
原作が好きでないと絶対に映像化はできないと思います
これまでも原作がある作品を映像化してきていますが、映像化しやすい作品やしにくい作品というものはありますか?
私は原作もので映像化しやすいというものはない気がします。どんな作品でもやはり大変なことばかりなので。その苦労を覚悟してまでも映像化したいと思うかどうかが大事だと思います。そういう意味で本作は、覚悟をしてまでもやりたい作品でした。
原作ものをつくる際、大事なことはなんだと思いますか?
絶対に原作を好きでないとつくれないと思っています。それが大前提というか。ただ原作のファンであると、原作が持つ世界を自分が壊したくないという恐怖も出てきて……。原作ものをつくることは、必ずその恐怖との戦いでもあると思います。表現方法が違うため映像ではできないことがあったりもするんです。全ては予算で決まるところもあるので。そのシーンを入れなかったら原作ファンから色々言われ、原作通りの作品をつくったらそれはそれで映画ファンからオリジナリティを求められて……。本当に茨の道(笑)。そのような茨の道になることは分かっているだけに、あとは自分がどれくらい腹をくくれるか、なのかもしれません。
クランクインの遙か前から永野芽郁さんと奈緒さんはシイノとマリコでした
シイノを永野芽郁さん、マリコを奈緒さんが演じましたが、どのように決まったのでしょうか。
キャスティングはプロデューサーと相談しつつ決めました。永野さんは設定年齢より若かったのですが、私の中では全く気にならず。永野さんのお芝居には確かな力があることは分かっていたので、これまで演じた役にはなかったであろうシイノという役を永野さんが演じてくれたら作品全体が面白くなると思いました。
シイノが決まって次はマリコを……という時に、奈緒さんのお名前が挙がって。奈緒さんに対しては、お芝居の力はもちろん、役柄によって印象が全く変わるなと思っていたので、マリコを奈緒さんがどう体現してくれるのか興味がありました。
実際、撮影に入る前にお二人と役について話しましたか?
雑談のようなことはしましたが、役や作品についてはそれほど話したかどうか……前のことなので記憶が定かでなく(笑)。脚本がある程度固まった段階でオファーをしているので、私の言いたいこと、やりたいことは全部脚本に詰めているので、こちらからうるさくは言ってないんじゃないかと思います
実際にカメラの前に立ったお二人はいかがでしたか?
もうシイノとマリコそのものでした。でもそれはカメラの前に立ったときではなく、クランクインする前、劇中で出てくるツーショット写真の撮影のときにはもうすでに、シイノとマリコだったんです。その時はまだ何もお芝居をしていない状態なのに。2人だからこそできた作品だったと思います。
劇中で登場するマリコからシイノに宛てた数々の手紙は、実際に奈緒さんが描いたと聞いたのですが……。
そうなんです。奈緒さんが書いてくれたらいいなと思っていたら、「自分で手紙を書いてもいいですか?」と提案してくれて。もう願ったり叶ったりでした。映るものはもちろんですが、映らないものも書いてくれました。原作のマリコの文字を真似て書いてくれて、あまりにそっくりなので驚きました。便箋のいくつかも奈緒さんが選んでくれたものです。
人の意見を聞きつつしっかりと根がある人間が理想です
そもそも高校時代は演劇を専攻されていたとのことですが、映画監督になろうと思ったきっかけはあったのですか?
この作品に衝撃を受けて映画監督になりたいと思ったみたいなことはなく。10代のころは演劇をやりたいと思っていました。高校を卒業して、お芝居をつくりたいと思い上京したのですが、色んな作品を見ていると、どこか自分がやりたいことと違う気がして……。舞台に関しては、観ている方が向いているのかなと。そんなときに映像のことを勉強できる学校みたいなところがあり、そこに通うようになって、映像を作る面白さと難しさを知り、気づいたら今日に至るという感じです。
監督から見て、クリエイターにとって大事なことはなんだと思われますか?
クリエイターといえばなんでも自分の思い通りにやる人というイメージがあると思いますが、実際はほとんどの人が、思い通りにいかない中で覚悟を決め、試行錯誤、四苦八苦している。そのような中で重要になってくるのはメンタルの保ち方。鈍感になってはいけませんが、繊細になりすぎると病んでしまうこともあると思うので、発散できるマインドを持っておくといいんだろうなと思います。私自身、自分にも言い聞かせていることですが。
そしてどんなに嫌なことや理不尽なことがあっても、いつかネタにしてやるという気持ちを持ってればいいんじゃないでしょうか(笑)。なかなか難しいですが、どんなことにも負けずに、笑って過ごせたらいいなと思います。
何か自分の芯となるものを持っておいた方がいいと思いますか?
無いよりはあったほうがいいと思います。でもそういうのは、やっていくにつれて自分の中にできるものでもあるのかもしれません。私が目指しているのは、柳のような人なんです。人の意見を聞きながら、ゆらゆら揺れる柳の葉のように柔軟に対応して、嫌なことは受け流し、でも幹はきちんと根付いている……。そんな人になりたいと常々思っています。そのためにも、人の意見を聞くことは大事かなと。そしてその意見を受け入れるのも、違うと感じたなら自分のやり方を通すのも、自分で決めたらいいと思います。そして違った場合は、なぜ違うと思ったかは相手に的確に説明できた方がいいと思います。否定するのではなく、説明を。
ちなみに自分の思いだけで突っ走って功を奏すこともありますが、必ずしもそれが作品を豊かにすることとイコールではないとも思っています。特に映画なんて色んなスタッフがいるので、同じ脚本を読んでも解釈が違ったりは当たり前ですし。面倒くさいところでもあるのですが、面白いところでもある。自分の考えに縛られて他の全ての意見を却下したら、自分の思っていた以上には広がらないというつまらなさがあると思うんです。なので一旦、色んな人の意見は聞きつつ、お互いの考えを言い合える関係性を築くことが理想です。
取材日:2022年9月19日 ライター:玉置 晴子 ムービー:村上 光廣
『マイ・ブロークン・マリコ』
© 2022 映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会
TOHO シネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
永野芽郁
奈緒 窪田正孝 尾美としのり 吉田羊
監督:タナダユキ 脚本:向井康介 タナダユキ
原作:平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(BRIDGECOMICS/KADOKAWA刊)
音楽:加藤久貴
エンディングテーマ:
「生きのばし」Theピーズ(P)2003KingRecordCo.,Ltd.
エグゼクティブプロデューサー:小西啓介
コー・エグゼクティブプロデューサー:堀内大示 大富國正
企画・プロデューサー:永田芳弘
プロデューサー:米山加奈子 熊谷悠
共同プロデューサー:横山一博 岡本圭三 成瀬保則
撮影:高木風太 照明:秋山恵二郎 録音:小川武
美術:井上心平 装飾:遠藤善人 編集:宮島竜治
VFXスーパーバイザー:諸星勲 音響効果:中村佳央
スクリプター:増子さおり
スタイリスト:宮本茉莉 ヘアメイク:岩本みちる
キャスティング:山下葉子 助監督:松倉大夏 制作担当:村山亜希子
製作:映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会
(ハピネットファントム・スタジオ/KADOKAWA/エキスプレス)
製作幹事:ハピネットファントム・スタジオ
制作プロダクション:エキスプレス
制作協力:ツインズジャパン
配給:ハピネットファントム・スタジオ/KADOKAWA
文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
©2022映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会
公式サイト: https :// happinet-phantom.com/ mariko
公式twitter:@mariko _movie
あたしには正直、あんたしかいなかった。
ブラック会社に勤め鬱屈した日々を送るシイノトモヨ(永野芽郁)は、テレビのニュースで親友のイカガワマリコ (奈緒)が亡くなったことを知る。彼女の死をにわかに信じられないシイノだが、小学生時代から父親(尾美としのり)に虐待を受け、彼氏から暴力をふるわれていたマリコのために何かできることはないか考えた末、「今度こそあたしが助ける。待ってろマリコ」と鞄に包丁を隠し持って彼女の実家を訪ねる。 父親の再婚相手・キョウコ(吉田羊)が親切に部屋へ招き入れると、そこにはマリコの仏壇の前に座っている父親がいた。衝動的に父親の背中を跳ね飛ばし、仏壇を破壊して、マリコの遺骨を強奪するシイノ。「刺し違えたってマリコの遺骨はあたしが連れて行く!」と、そのまま窓から飛び降りる。 裸足のまま家に帰ったシイノは、押し入れの段ボールにしまっていた古いクッキーの空き箱を見つける。その中にあったのは、マリコからシイノに宛てた数々の手紙だった。マリコの遺骨と手紙を抱いて、旅に出ることを決心するシイノ。行き先は、かつてマリコが行ってみたいと言っていた“まりがおか岬”だ。 電車とバスを乗り継いで目的地に到着した途端、ひったくりに鞄を盗まれ途方にくれるが、たまたま居合わせたマキオ(窪田正孝)に助けられて一難を逃れる。 かつての思い出を胸に、骨になったマリコとの、最初で最後の“ふたり旅”がはじまる――。