映像2023.01.23

映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第19回『零落』

Vol.19
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『零落』

▶鼻につくヒーローは出てこない!やさぐれた気持ちにとことん寄り添ってくれる度:100

「好きを仕事に生きていく」を価値観にしている人にオススメ!

 

 
太宰治の「人間失格」やアル・パチーノの『スカーフェイス』、ナタリー・ポートマン主演の『ブラック・スワン』、人間には自分を追い詰める瞬間にしか叶わない表現があるのかもしれない。

売れっ子漫画家から、落ちこぼれ漫画家となった主⼈公が敗北感にとらわれ、周囲から孤立していく様を描いた『零落』は、漫画家・浅野いにお氏の新境地となった衝撃作と呼ばれる作品だ。

主演を務めるのは、俳優のみならずプロデューサーや映画監督としても活躍する斎藤工。
そして監督を務めるのは、俳優・歌手・映画監督としてマルチに活躍する竹中直人。
曲者揃いのキャラクターたちを趣里、MEGUMIらが脇を固める。

8年間の連載が終了した主人公の深澤薫は、自堕落で鬱屈した空虚な毎日を過ごしていた。SNSには読者からの辛辣な酷評、売れ線狙いの担当編集者とも考え方が食い違い、アシスタントからは身に覚えのないパワハラを指摘される。多忙な漫画編集者の妻ともすれ違い、自らの振る舞いのせいで離婚の危機にも向かっていく。

この映画は主人公の持つ心の闇が余すことなく、描かれているのがとにかく特徴だ。

もっと言ってしまえば、この映画はそんな孤立していく主人公の抱いた心の闇に寄り添うわけでもなく、理解しようと努めるわけでもない。ただ主人公とともに堕ちていく感覚を味わう。

でも、それこそが、この映画の魅力でもある。
それは、堕ちるという状況こそ、人間らしさの特徴のひとつだからで、その姿が残酷なまでにリアルだったから。

整えられたものからは感じることのできない、ただなりゆきのままに流されていくその姿は、
まるで散りゆく落ち葉のように、無欲で、空虚で。

今回の斎藤工から感じ取れるのは,人間が仮面を剥いだときのような潔さ。
こちらもこの映画の前では、本当の自分を曝け出して良いような気がする。

背筋が伸びるようなヒーローじゃない。
まっさらな心をもった純真無垢な人もいない。
鼻につくような完璧な人間が出てこなくて。
それがまた妙に落ち着く。
誰の心にも闇がある、真実を描いた、嘘のない映画なのだ。
これもまた誰かの”居場所”になってくれる映画で間違いないだろう。

また、もうひとつ痛烈なメッセージに私は完全にやられた。

「好きなことで、生きていく」が、生き方の方向性として当たり前の選択肢となった現代(確かこのコピーもYouTubeの初期の広告表現だった気がするが)。それはいつからか呪文のように広がり、首をむしろ絞めているように思う瞬間がある。
好きな仕事で生きていくことができて輝けた人ばかりが目に付く。
でも、そんなに甘くない。
この映画が教えてくれたのは「好きを仕事にすることの真実」だ。

好きという気持ちをエンジンに走り続けてきたというのに、それはいつしか、自分で気づかぬ間に悩みのもととなり、辞めたいと思っても、その時点では生きるすべてになっている。

かつては人生において救いだったものが葛藤の大部分となり、全身が侵食されていくような感覚。

これを真っ向から描いていてくれる。
好きを仕事にして永遠に幸せでいつづけられる人はわずかだ。
好きを仕事にした良い面が取り沙汰されがちだが、そうではなく、やりたいことを仕事にして、その先にあるひとつの姿。
もうひとつの真実から目を逸らさないから、見る人にとっては最大の理解者になってくれる映画かもしれない。

大好きな仕事を、大好きなままで。
いつづけるため、私もこの作品で何が必要かを考えるきっかけをもらいました。

 

『零落』
3⽉17⽇(⾦)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー

 

 

斎藤⼯
趣⾥ MEGUMI
⼭下リオ ⼟佐和成 吉沢悠 菅原永⼆ ⿊⽥⼤輔 永積崇
信江勇 佐々⽊史帆 しりあがり寿 ⼤橋裕之 安井順平 志磨遼平 / 宮﨑⾹蓮
⽟城ティナ / 安達祐実
原作:浅野いにお「零落」(⼩学館 ビッグスペリオールコミックス刊)
監督:⽵中直⼈
脚本:倉持裕 ⾳楽:志磨遼平(ドレスコーズ)主題歌:ドレスコーズ「ドレミ」(EVIL LINE RECORDS)
製作:⿃⽻ 乾⼆郎 ⼩⻄啓介 沢辺伸政 エグゼクティブプロデューサー:福家康孝 栗原忠慶 プロデューサー:⻄村信次郎 横⼭⼀博 岡本順哉 MEGUMI
ライン・プ
ロデューサー:深津智男 撮影:柳⽥裕男(J.S.C)照明:宮尾康史 美術:布部雅⼈ 春⽇⽇向⼦ 録⾳:北村峰晴 整⾳:杉⼭篤 ⾳響効果:齋藤昌利 編
集:古川達⾺
VFX:⼩池⽴秋 スクリプター:⼭本明美 スタイリスト:荒川⼩百合 ヘアーメイク:南辻光宏 制作担当:桑原学 助監督:副島宏司宣伝プロデューサ
ー:伊藤敦⼦ 製作
幹事・配給:⽇活/ハピネットファントム・スタジオ 制作プロダクション:ジャンゴフィルム 宣伝協⼒:ミラクルヴォイス 製作:「零落」製作委員会
(⽇活/ハピネットファントム・スタジオ/⼩学館)
128  分/5.1ch /ビスタ/カラー/⽇本/2022 年/PG12
公式HP: https://happinet-phantom.com/reiraku/
公式ツイッター:@reirakumovie
公式Instagram:https://instagram.com/reirakumovie
©2023浅野いにお・⼩学館/「零落」製作委員会

 

 

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。 映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。 映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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