映像2023.02.16

愛はミステリーと似ている『別れる決心』

東京
映像ディレクター
秘密のチュートリアル!
野辺五月
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愛はミステリーと似ている――この映画を見終わって、最初に出てきた感想でした。
図らずもそれは、ティーチインイベントのパク・チャヌク監督の言葉を被っていたようで(見た後に偶然見つけてびっくりしましたが)、この映画のテーマのようにも思えました。

ちなみにあらすじは……といいますと、

男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレは捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしかヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたヘジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった・・・・・・。
(公式から抜粋)

* * * * *

『別れる決心』は、その愛とミステリの「一つの結末」を描いた作品です。
ジャンルは、ミステリ・サスペンスと言いたいところですが、どちらかというと「大人のラブストーリー」として見た方が楽しめると思います。

パク・チャヌクと言えば『オールド・ボーイ』や『お嬢さん』という衝撃的な印象を残す作品が多い監督ですが、今作は、静かに進む描写が印象的。ストーリーが(ミステリ的な意味でも恋愛的な意味でも)淡々と進行する中、映像にも同じくらい静かで、魅せる演出が光っています。
どうなってしまうか分からない「不安定な美しさ」と、どこかほの暗い色味……そこにぎょっとするくらい美しい女性が物語を引っ張り、見ているこちらは、刑事と同じように心をわしづかみにされてしまうのです。
もちろん、主人公が刑事である以上、暴力や事件の描写はあるのですが、映像は静謐。恋愛シーンにせよ被疑者と刑事の間の関係性であってもそこに過激な暴力やエロスの描写はないのです。それなのに、物凄く強烈な印象を受けました。
ネタバレになるので、あまり詳しいことは言えませんが、特に後半……事実が明らかになるにつれて、どんどん美しくなっていく映像と、予想はしていても思いもよらない方向に進んでいく流れ……最後まで息をのんで二人を見守りました。
派手さよりも静けさという意味では、『イノセント・ガーデン』に近いのですが、もう少し広く……私小説ではなく、やはりノワールといいますか、一つのミステリを味わいつくした後のような感覚が鑑賞後に残ります。


礼儀正しく清廉な刑事、チャン・ヘジュン(パク・ヘイル)

亡くなった男性の妻、ソン・ソレ(タン・ウェイ)

何をどう見ていいか定める前に、「次は?何が起きる?」と不穏さに引きずられて、どんどん続きを求めてしまう魅力こそが『別れる決心』の神髄なのではないでしょうか。

惹きつけられるのは何故か? 
――このミステリが、ずっと流れ続ける『別れる決心』。
何故、惹かれあうのか、理由をどうして求めるのか?こちらも問いかけられるようでした。

直接的な接触を極限にまで抑え、視線とちょっとした手の接触のみで進んでいく。声を感じる……そんな二人の非接触な関係描写にこそ、どっきりさせられます。
特にタン・ウェイ演じるソレは、いわゆる人の運命を狂わせるような美女――ファムファタルが出るミステリの中でも、格別に危うい魅力のある女性として描かれています。映像美と、斬新な演出も助けて、へジュン刑事(パク・ヘイル)と同化するように観ている側の目が離せなくなる人物でした。うまくソレの状況が予想される部分もあり、完全でなくとも、その不安定かつ悲しい状況を鑑みてソレ側に感情移入することもできる構造でした。
恐らく二度三度とみて噛み締められるタイプの映画でもあるのでしょう。

音楽の使い方とテンポが良いので、その点でも、一歩間違えばまったりとしすぎるシーンをいい意味で緊迫感を持ってみることができる為、本当に時間を忘れてしまいました。愛憎がいくつも絡んだ美しい映画で、どうしてもネタバレを避けたい為に、ふわふわしたレビューになってしまうのですが、過去・推理・現在……シームレスに切り替わり、実際同一平面上にいない人物との邂逅を描いているそのさまも素晴らしいのです。慣れないと分かりづらいですが、没入すると、登場人物の脳に入り込んだようで圧倒される場面もあります。
容疑者を追いかけるうちに、心理に引き込まれていく流れが最高でした。また片方が中国人で、言葉が完全には分からないという外国人設定も非常にいきていました。

セリフもとても印象深く残ります。
ラストは好き嫌いが分かれるでしょうが、珠玉の一作品であることは違いありません。
個人的に好きなシーンですが、最終局面にも関係ある部分……
ネタバレを嫌う方は見ないで欲しいのですが、以下のセリフに薫陶を受けました。

「品はどこからくるか?……誇りです。自分は、誇りの有る刑事でした。ですが、女に溺れて…捜査を台無しに……僕は完全に崩壊しました」

崩壊について自覚的に話すことと、実際の崩壊と……
その差も含めて、いろいろな意味での『ずれ』こそが一つのテーマになっているように思えます。
最終シーンに籠められる美しさと残酷さ。

特にスクリーンの大きな画角でこそ成り立つリアルがあるため、ぜひ、劇場でご覧いただきたい作品です。
また、二度目三度目と切り替わる「自分の中の視点」も含めて楽しみたいので、私も三度劇場に向かい、確認したいと考えています。
興味のある方は是非劇場にてどうぞ。
ヒッチコックから現在まで脈々と流れるロマンミステリの香りを存分に味わえるでしょう。

 

映画『別れる決心』

2023年2月17日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

 

監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン/パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル/タン・ウェイ/イ・ジョンヒョン/コ・ギョンピョ
提供:ハピネットファントム・スタジオ/WOWOW
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:헤어질 결심(2022 年|韓国映画|シネマスコープ)
上映時間:138 分
映画の区分:G

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プロフィール
映像ディレクター
野辺五月
学生時代、研究の片手間、ひょんなことからシナリオライター(ゴースト)へ。 HP告知・雑誌掲載時の対応・外注管理などの制作進行?!も兼ね、ほそぼそと仕事をするうちに、潰れる現場。舞う仕事。消える責任者…… 諸々あって、気づけば、編プロ・広告会社・IT関連などを渡り歩くフリーランス(コピーライター)と化す。 2015年結婚式場の仕事をきっかけに、映像畑へ。プレミア・AE使い。基本はいつでもシナリオ構成!2022年は現場主義へ立ち返り、演出・ディレクターへ。「作るために作る」ではなく「伝えるために作る」が目標。早く趣味の飲み歩きができるようになって欲しいと祈る日々。

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