映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第20回『J005311』
『J005311』
▶映画における”間”の重要さが伝わる度:100
ぶっちゃけ人生に疲れている、、、そんな人にオススメ!
あらゆる装飾をはぎ取った映画と出会った。すっぴんみたいな映画だった。
飾り気がない。そんなまっさらな映画だからこそ、人間本来の魅力が色濃く表現されていた。
『PFF(ぴあフィルムフェスティバル)』は新しい才能の発見と育成、新しい映画の環境づくりをテーマに1977年にスタートした自主映画のコンペティションをメインプログラムとした映画祭。メインイベントである、新人監督の登竜門として名高い自主映画のコンペティション「PFFアワード2022」で満場一致のグランプリを受賞した作品がある。
その名は『J005311』。
耳慣れないタイトルの『J005311』は、天体現象の名前だそうだ。
光ることなく浮遊していた二つの星が、奇跡とも呼ばれる確率で衝突し、再び輝き出した星を表す――。
「それを人間に当てはめた」と河野監督は説明していた。奇跡に触れるような映画なのかもしれない、とタイトルを聞きそう思った。
あらすじ
神崎(野村一瑛)は何か思い詰めた表情で、街へ出かける。タクシーが捕まらず、背中を丸め道端に座り込んでいると車道越しにひったくり現場を目撃。一心不乱に走り出した神崎は、ひったくりをしていた山本(河野宏紀)に声をかけ、100 万円を渡す代わりにある場所へ送ってほしいと依頼する。山本は不信に思いつつも渋々承諾し、二人の奇妙なドライブが始まった。気まずく重い空気が漂う中、孤独な二人が共に過ごす歪な時間。この旅路の行きつく先は――。
生きることに絶望したサラリーマンと、人生を諦めている若者。
2人しか登場人物がいないにもかかわらずこの映画はセリフがとにかく少ない。
限られた言葉しか発さない。言葉と言葉のキャッチボールの”間”こそ、重要である作品なのだ。
神崎演じる新人俳優・野村一瑛、そして今回初監督に挑みながら山本を演じた河野宏紀。
2人の距離感がとにかく絶妙。
一見相手を諦めているようにも思えるけれども、わずかな言葉の中から、互いが必死に相手を見つけ出そうとしている。
言葉数は決して多くはないけれど下心も偽善もない二人のやりとりが、ひたすらに眩しい。
昨今、SNSの投稿が目に入れば条件反射のようにイイねを送り合い、届いたLINEには即座にリアクションをする。最近の私たちのコミュニケーションはいささか加速しすぎているような気もする。余白を許さない。即レスなんて言葉もいつの間にか定着した。もちろんそれが悪であるわけじゃないけれど、相手をただただ見つめること、想像してよく観察すること。
小学生でも知っているようなことだけど、生き急ぐ私は、こんな簡単なことすら忘れていたのかと神崎と山本のやりとりを見ていて気付き、ハッとしてしまった。
神崎も山本も、人生に絶望をしている二人だ。
でも、すり減らない日々を送れている人は世の中にどれくらいいるのだろうか。
時に見下され、簡単に居場所から押し出され、自分の代わりはいくらだっているかもしれないと不安に駆られるこの世界で。多かれ少なかれ、誰しも希望を見失う瞬間があるのではないだろうか。
1ミリでも絶望の瞬間を抱くことがある人ならば、この映画に救われるだろう。
この映画を必要とする人に、正しく届いてほしいと願っている。
映画は、東京の見慣れた景色から雪景色へと向かっていく。
リハの時の想定では雪は一切なかったそうだが、ストーブのような人間のぬくもりに触れるラストには胸が熱くなった。雪解けのようなしずかであたたかな感動の余韻にしばらく包まれていた。
『J005311』
4月22日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開
野村一瑛、河野宏紀
監督・脚本・編集:河野宏紀
撮影:さのひかる/録音:榊 祐人/整音:榊 祐人、河野宏紀/衣装:河野宏紀、野村一瑛
撮影協力:ROCKY、和田裕子、谷口巳恵
英語字幕:蔭山歩美/字幕チェック:Janelle Bowditch/英語字幕データ制作:廣田孝
配給:太秦/©2022『J005311』製作委員会(キングレコード、PFF)/映倫:G-123858
【2022年/日本/カラー/DCP/90分】
公式HP: j005311.com
公式ツイッター:@J005311_0422