映像2023.04.14

坂口健太郎、齋藤飛鳥が並んだ時に醸す雰囲気がセリフ以上に想像力を湧き立てる!?

Vol.50
『サイド バイ サイド 隣にいる人』監督
Chihiro Ito
伊藤 ちひろ
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脚本家として『世界の中心で、愛をさけぶ』(04年)など数々のヒット作を手がけてきた伊藤ちひろ監督による、切なくも美しい物語『サイド バイ サイド 隣にいる人』。 謎に包まれた主人公・未山を演じる坂口健太郎や、未山の元恋人で悲しみをまとった女性・莉子を演じる齋藤飛鳥、未山の恋人の詩織を演じる市川実日子らによって詩的で寓話的な映像世界が展開される。傷ついた人を癒やす不思議な力をもつ青年と、彼に救われた人々の心の機微を映し出していく。
監督の伊藤ちひろさんにこの映画を撮ろうと思ったきっかけやキャストについて、映画をつくる上で大事にしていることなど語ってもらいました。

人とのつながりや刹那的だからこそ生まれる人生の美しさを描きたかった

本作を撮ろうと思ったきっかけは何だったのですか?

2008年ごろからあまりにも長い期間、小説「ひとりぼっちじゃない」を書いていたのですが、その間、他の作品の脚本と小説を書く作業だけをやっていたんです。ほとんどの時間を家で過ごし、たまに気の合う人と最小限のコミュニケーションを取るだけの日常が長く続き、そんな生活に書き手として危機感を覚えたというのが始まりです。

このままだと物語の中で生み出せるキャラクターの幅もなくなってしまいそうだし、自分自身もコミュニケーションの取り方を見失いそうだと感じて。外との接点が少なくなると、どうしても自分がラクな方に進みがちになるんです。自分とソリが合わないと感じる人でも話すことでこれまで自分のなかになかった新たなものを発見できたり、嫌な気持ちにもなったりしますが、そういう負の感情も含めてつくり手としてはとても大切だと思っていて……。もっと人に関わって外に出ていきたいという気持ちが大きくなりました。これはコロナ禍で多くの方が感じた感情に似ているのかもしれないです。

そうした状況の中、脚本家をやっているとよく言われる「自分で撮りたいと思わないの?」という言葉が頭に浮かんで、監督をやってみよう、という気持ちが沸いてきました。

本作は人とのつながりが大きなテーマになっていますね。

私は本来、誰にでも心が開けるタイプの人間ではないんですよ。どちらかといったら人嫌いなところがある人間なんだと思います。だけど私は人との出会いがあったからこそ今までいろいろな道を歩めてきたし、人とのつながりで人生が再生されたり、自分の中の新しい感情に気づけたりした。人との出会いがなければ今はなかったし、とても大切なものだと常に思っています。だから監督として携わる本作では、そういう人とのつながりや刹那的だからこそ生まれる人生の美しさを描きたかったんだと思います。

監督デビュー作の『ひとりぼっちじゃない』よりも先に脚本の初稿を書き上げていたんですよね。

そうです。諸々のスケジュールの都合で本作が2作目となったのですが、本来はデビュー作になるはずでした。監督をやりたいと思った理由として、坂口健太郎さんを撮りたいと思ったことも大きかったです。『ナタラージュ』(17年)のときに知り合い、どういう風に彼を撮ったらより彼自身が魅力的に映るのかを考えて脚本を書きました。

坂口健太郎さんの成長がミステリアスな未山をつくり出した

坂口さんとはどのようなお話をされたのですか?

彼は経験を重ねていくことで、自分に巡って来るものを楽しめる包容力豊かな俳優になり、だから私がどういうものを書き上げて持ってくるのか、純粋に楽しんでくれていたんだと思います。実際に、脚本づくりの段階ではいろいろお話をさせてもらいましたが、現場では細かなことを確認するくらいでした。

坂口さんに当て書きしてつくった未山というキャラクターについて、坂口さんの演技を見ていかがでしたか?

脚本を書き始めたときから考えると、坂口さんはさらに成長されたんですよ。座長も多数経験して精神的にも、アクションをやるようになったのもあり肉体的にも、大きくなったというか。うれしい誤算でした。私が脚本を書いていたときの未山にはどこかあどけなさがありました。時が経ち、顔つきも引き締まっていって……。最初は心配した部分もあったのですが、坂口さんが演じている未山を見て、今の坂口さんだからできる未山がそこにいてとてもよかったと思いました。経験が仕草や雰囲気にきちんと染みついた、未山の生きてきた歴史みたいなものが刻まれていて。よりミステリアスな未山になったと思います。

未山の過去を知る謎多き女性・莉子を演じた齋藤飛鳥さんも魅力的でした。

莉子をキャスティングする際、坂口さんよりあえて下の年齢の俳優にお願いしたいと思いました。そして、無防備に佇んでいるだけなのに雰囲気のあるキャラクターにしたい。そう考えたときにパッと頭に浮かんだのが齋藤さんでした。齋藤さんは少女性があって、時間を感じさせない雰囲気があって。時が止まったまま、未山の過去として存在していることに説得力を持たせてくれる。坂口さんと並んだときのバランスもとても良かったです。

市川実日子さんが演じた詩織を含めてバランスが絶妙だと感じました。

詩織はこの映画の中の生命力というか、未山と莉子という危うい存在をすべて引っ張っていける強さを持った光みたいな人なので、ぜひ実日子さんにお願いしたいと思いました。実際に実日子さんが体現している姿を見ると、私が想像していた以上に豊かになって、とても温かく人間味溢れる詩織になっていたと思います。当て書きは坂口さんだけなのですが、齋藤さんを含め、みなさん当て書きと思えるくらいマッチしていて……。イメージどおりイメージ以上の素晴らしいキャラクターに仕上げていただきました。

どのような部分でイメージ以上と感じたのでしょうか?

今回の作品は、それぞれの過去が回想シーンとして明確には出てこないんですよ。それなのに誰かと話したとき、見つめ合ったとき、並んだときにきちんと過去が見えるようになっている。表情やちょっとした仕草などで言葉以上に表現してくれているんですよね。

みなさんがそれだけキャラクターをつくり込んでいたということですね。監督は登場人物の履歴書はつくりますか? それをキャストの方に見せたりするのでしょうか?

履歴書のようなものは書きます。ただ人には見せません。あくまでも自分が脚本を書く上で整理するためのものです。演じる方が脚本をどう読んで想像してキャラクターを捉えているかを現場に立ったときにまず見てみたいという思いが強いです。もし迷いなどが生じたら自分で作ったキャラクターの持つ背景や性質などをまとめたノートからヒントとなる言葉を出すこともありますが、基本は、演じる方を信じ、脚本や現場の雰囲気から想像して表現してくれるものを楽しみたいと思っています。

コミュニケーションをとってスタッフ&キャストとともに作品をつくる

これまで脚本家として多くの作品に携わってきましたが、今回は監督という立場になりました。違っていたこと変わらなかったことなどありますか?

私は脚本を書くときに、キャラクターの行動などにわりと余白をつくって行間をもたせて書くんです。それは、脚本で描かれたことにスタッフやキャストが想像を乗っけることで、もっと豊かなものになると思っているからで。そうしたつくり方は今回も変わっていないです。ただ私が監督として現場にいたので、その余白について答え合わせをするためのコミュニケーションを直接取れるという意味では全く違いました。みなさん、自分の中にあった発想、自分の想像力で生んだ純粋なアイデアを見せてくれるのはすごくうれしかったです。

キャストやスタッフと話し合ってつくるんですね。

私のなかで、こうしたい、というところももちろんありますが、絶対にこうあって欲しいという考えはないです。それは一緒に仕事をしているスタッフのセンスを信じているから。今回は、寓話的な雰囲気を持つ物語だったため舞台となるロケ地がかなり大きな意味を持ちましたが、その場所も制作部のスタッフのセンスをよく知っていて信じていたので、言葉でイメージを伝えて、私では見つけ出せなかったいくつもの場所を見つけてきてもらって……。その画を撮るだけで世界観が生み出せる素敵な場所になっていたと思います。

私の書く脚本は、きっと謎の多い脚本なんだと思います。ストーリー自体もすべてが分かりやすい話ではないので、それを映像として形にするためにはみなさん私に質問してくるんですよ。お互いの考えている方向が間違っていないかを確認するために。準備のあいだには美打ちというスタッフの合同打ち合わせがあるのですが、トイレに行く道中までも質問攻めになって辿り着けないなんてことがありました(笑)。

本作はファンタジー要素もある作品でした。

この作品は、寓話的な物語にしようと最初から決めていた部分はありました。未山の“与え続ける人間”という部分もそうですが、私の中で、大好きなオスカー・ワイルドの「幸福の王子」のように寓話的な作品をつくりたいという最初の発想が少し影響しています。ちなみに作中でも詩織の娘・美々(磯村アメリ)が「わがままな大男」という絵本を読んでいるのですが、私、オスカー・ワイルドがとても好きなんです。寓話的な表現の中に、人間の人生をはじめ、美しい感情や怖さといったものを潜ませたいという思いがありました。

セリフに頼らず作品全体からさまざまなものを感じ取ってもらいたい

作品全体に漂うファンタジーっぽさは、美術の力も大きいと思うのですが、監督が元々美術スタッフからキャリアをスタートさせていることも作品づくりに大きな影響を与えていますか?

今回、詩織の家が舞台となりますが、この部屋をつくる上で、映画においてこの部屋がどのような意味をもっているかをみなさんに伝えました。こんな家具を置いてこういった部屋で……といった細かい指示ではなく、もっと抽象的に部屋のイメージを伝える感じです。そして光に包まれた部屋なのに食卓だけは何かが欠けているような、足りない印象を与えるイメージであることを伝えて。それがこの映画が描くことを表す大事なファクターになったと思います。現場ではみんなで、食卓だけをどうやって暗くするかを考えてつくっていました。

美術も作品を描く上で大きな要素なんですね。

はい。特に本作の世界観が寓話的なので、目から入ってくる情報は、よりデフォルメしている部分があると思います。登場人物が自分たちの状況や感情を言葉にして説明しない分、そういったところで伝えている部分があります。よく「脚本家ならセリフで説明することが多いのに、あなたは逆だよね」と言われたりします……。

セリフに頼らないということですか?

日常生活において人と話していても、相手が思っていることを100%正直に言葉で伝えているとは限らない、とどこか思っていて……。そういった風に、本心は違うところにあると考えることは日常だとそれほどおかしなことではないと思うのですが、これが物語の登場人物の言葉になると、印象が変わるんです。登場人物たちは常に本心を言っているはずだとなぜか信じようとしてしまう。そういう感覚について、脚本家をやっているころからずっと気になっているんです。だから私はあえて登場人物が何を考えているかをセリフで表すのではなく、もっといろんなところから感じ取ってもらいたいなと思っています。

また、与えられたものをスムーズにそのまま受け取る爽快感も映画の楽しみのひとつではありますが、見終わった後、「あれは何だったんだろう?」「あのときの言葉やあのときの仕草にははどういう意味があったのかな?」と考える時間までが映画鑑賞で、それが映画の楽しみ方のひとつのような気がしていて。そういった作品になるように意識している部分はあります。

確かに、本作は見終わった後に誰かと話したくなる作品ですね。

私は、同じ作品を観た観客同士でもそうですし、映画は作る側と観てくれる方とでコミュニケーションを取っているようにも感じています。観てくれる方に一方的に明確なものを渡すというより、ひとつの作品を通して考え合うことでさらにまた生まれてくるものがあるというか……。それは学生時代、映画や小説がコミュニケーションのきっかけのひとつだったのが大きいのかもしれないです。そして自分の作品がそうなったらいいなって思っています。監督をやってみて改めて感じたのは、「見終わった後に、誰かと話したくなったよ」と言われることのうれしさで。ひとつの作品を人と共有してそれについて話し合いたいと思ったり、考えることで自分と向き合う時間をつくってもらえたりすることは大変ありがたいと感じます。

相手を知ろうとする気持ちを大切にみんなが関わる作品をつくりたい

そもそも監督はいつ頃から映画に興味があったのですか?

中学生の頃から小説と映画がすごく好きで、小説家になるのが夢で、それと同時に映画の世界に携わりたいという思いもありました。まだ知識がなかったので、映画に携わることは演者や監督になるということで、監督は脚本も書くものだろうと当時は思っていました。そして見よう見まねで大好きだった短編小説を脚本化しようと試みたのですが、全くうまくいかず。「脚本が書けない私は監督にはなれない」と勝手に断念しました(笑)。とはいえ映画好きは変わらずさまざまなジャンルの映画を観ていました。中でもレオス・カラックスや鈴木清順監督作品が好きで、ビジュアルも強く、内容も含めて見た後に余韻に浸れることも多いので楽しかったです。きっと今の私の作品に通じるものがあると思います。

憧れていた映画の世界には、高校卒業と同時に飛び込んだんですよね。

好きな映画の仕事に就きたいという思いは強く、高校時代にいろいろ調べたんです。その時にボランティアスタッフの募集を見つけて。当時は、高校をサボって現場に行っていました。そのときの映画のスタッフは、高校生の私を受け入れてくれて映画作りのことをたくさん教えてくれました。そこで映画には監督以外にどんな仕事があるのかを知りました。私にとってはこの現場が学校みたいなものだったんです。私は手先を使うのが好きだったので美術が向いていると思い、美術スタッフからキャリアをスタートしました。その後も、人との出会いに恵まれて脚本を書くようになり、今年、『ひとりぼっちじゃない』(23年)で監督になって……。ただどの仕事をしていても映画に携われる楽しさは変わらないです。

監督をする上で大事にしていることを教えてください。

コミュニケーションや相手に想像させる余白をつくることを大切にしていますが、すべてにおいて相手を知ろうとする気持ちが大事にしたいというのが根底にあります。もちろん人と深く関わらず対人関係をあいまいにした方がラクな部分はあると思いますが、それだと面白くない。自分が考えていること、相手が考えていることについて言葉を尽くして話し合い、ひとつの作品にできたら。そして完成した作品について観る側にも、考えてもらえたらうれしいです。自分が関わる作品が、なるべく多くの方たちにとって深く関係のある作品になればなと思います。

クリエイターにとって大事なことは何だと思いますか?

“純度”です。自分の感情を見つめ直すために必要ですし、相手に偏見を持たないようにするためにも必要です。私はどのようなものに対しても“純度”を意識しています。 “純度”は忙しいと濁ってきます。私も監督をしていて忙しさから“純度”を保てていないと感じました。そんなときは、一度、きちんとした休みを取ったり、眠ったり、好きなものを食べたり……。自分を見つめ直す時間をつくることが大事です。意識的に自分を忙しさから開放し、常に新鮮な気持ちで作品に向き合えたらと思います。

取材日:2023年3月27日 ライター:玉置晴子 ムービー 撮影:指田 泰地 

『サイド バイ サイド 隣にいる人』

ⓒ2023「サイド バイ サイド」製作委員会

4月14日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか 全国ロードショー

出演:坂口健太郎、
齋藤飛鳥、浅香航大、磯村アメリ、
茅島成美、不破万作、津田寛治、井口理、
市川実日子
監督・脚本・原案:伊藤ちひろ
音楽:小島裕規 “Yaffle” 
主題歌:「隣」クボタカイ (ROOFTOP/WARNER MUSIC JAPAN)
企画・プロデュース:行定勲
エグゼクティブプロデューサー:小西啓介、倉田奏補、古賀俊輔
プロデューサー:小川真司、新野安行
音楽プロデューサー:北原京子
撮影:大内泰
照明:神野宏賢
録音:日下部雅也
音響効果:岡瀬晶彦
美術:福島奈央花
装飾:遠藤善人
ヘアメイクデザイン:倉田明美
ヘアメイク(坂口健太郎担当):廣瀬瑠美
ヘアメイク:吉田冬樹、高品志帆
編集:脇本一美
VFXスーパーバイザー:進威志
スクリプター:押田智子
助監督:木ノ本豪
制作担当:大川哲史
製作:「サイド バイ サイド」製作委員会
制作プロダクション:ザフール
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2023『サイド バイ サイド』製作委員会

     

 

 

ストーリー
あなたは彼に出会い、彼を知り、彼を想う。

目の前に存在しない“誰かの想い”が見える青年・未山(坂口健太郎)。その不思議な力で身体の不調に悩む人や、トラウマを抱えた人を癒やし、周囲と寄り添いながら、恋人で看護師の詩織(市川実日子)とその娘・美々(磯村アメリ)と静かに暮らしていた。 そんな彼はある日、自らの”隣”に謎の男(浅香航大)が見え始める。これまで体感してきたものとは異質なその想いをたどり、遠く離れた東京に行きついた未山。ミュージシャンとして活躍していたその男は、未山に対して抱えていた特別な感情を明かし、更には元恋人・莉子(齋藤飛鳥)との間に起きた”ある事件”の顛末を語る。 未山は彼を介し、その事件以来一度も会うことがなかった莉子と再会。自らが“置き去りにしてきた過去”と向き合うことになる・・・。

やがて紐解かれていく、未山の秘密。彼は一体、どこから来た何者なのかー?

プロフィール
『サイド バイ サイド 隣にいる人』監督
伊藤 ちひろ
東京都出身。高校卒業後、美術スタッフとして映画制作に従事。2003年に『Seventh Anniversary』で脚本家デビュー。『世界の中心で、愛をさけぶ』(04年)の脚本に抜擢され、『春の雪』(05年)『クローズド・ノート』(’07年)など行定勲監督とタッグを組んでヒット作を発表する。その後、ヴェネチア国際映画祭コンペディションに選出された押井守監督のアニメーション映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(08年)など幅広いジャンルで活躍。また神奈川県立芸術劇場(KAAT)のこけら落し作品、宮本亞門演出の「金閣寺」の上演台本などを手がける。堀泉杏名義で『ナタラージュ』(17年)『窮鼠はチーズの夢を見る』(20年)などの脚本を担当。2023年に自身の小説を映画化した『ひとりぼっちじゃない』で劇場映画監督デビューを果たす。

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