映像2023.05.24

初プロデュースの白石和彌氏とアイデアを出し合っていくのが非常に楽しかった

Vol.51
『渇水』監督
Masaya Takahashi
髙橋 正弥
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河林満の芥川賞候補作を30年の時を経て映画化した『渇水』。根岸吉太郎、高橋伴明、相米慎二、市川準、森田芳光、阪本順治、宮藤官九郎ら錚々たる監督作品で助監督を務めた髙橋正弥が監督を務め、『孤狼の血』シリーズの白石和彌監督が初プロデュースした。
貧困や格差社会による人と人との関係が希薄になった現代社会に、真の絆を問いかける本作。
二人きりで家に取り残された姉妹(山﨑七海、柚穂)と出会った市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は自らの心の渇きに気づき、最後のライフラインである水を止めてしまってもいいのかと葛藤する。
小説を映像化することについての考えや監督とプロデューサーという仕事について、クリエイターとして大事だと思うことなどを髙橋正弥監督に語ってもらいました。

結末を変えて希望につながる物語にしたかった

1990年に発表された原作小説との出合いは10年以上前とのことですが。

亡くなった河林さんのご友人から「この小説が映画になるのであれば検討して欲しい」と言われて原作小説を渡されたのが始まりでした。その時、初めて読ませていただき、小説として非常に優れた作品で、映画にしたいと思いました。結末が非常に悲しい衝撃的な終わりになっているので、結末を変えさせてもらえるのでしたら……とお話しいたしました。

主人公の岩切が悲惨な現実を知り呆然として終わる小説とは違い、映画はどこか未来を感じさせる結末になっていましたね。

もちろん原作小説のような非常に悲しく衝撃的で胸に刺さる終わり方の映画があってもいいと思います。僕が撮る映画としては小説のように岩切がある事件に対して呆然として終わるのではなく、姉妹と出会ったことによって変化した彼の人生を描きたいと思ったんです。そうなると映画の時間内では、彼のその後をていねいに描くことができなくて……。であれば結末を変えて希望につながる物語にして、姉妹がそれからどう生きていくのかを描くことで映画を観てくれる方たちに何かを伝えることができるのでは、現代で描くべき作品になるのではと考えました。もちろん原作者側にOKをいただけるかどうかが大きな問題でした。それで、僕が手がけるのであれば結末を変えたいという強い意志を伝えました。ダメなら僕でない監督を考えていただくことも念頭にいれていただきたいと思って……。ありがたいことに、“小説は小説、映画は映画”と考えていただき許諾を得られました。

同じテーマを扱うにしても映画ならではの結末を考えたのですね。

やはり映画は2時間ほどで物語をまとめる必要があるんです。そうであれば、小説で伝えたかったことをどうわかりやすく構成していくかが大事です。今回は、結末こそ違えど物語の本質は変わらない作品になったと思います。

時が経っても描かれている問題やテーマは色あせなかったのですね。

小説自体は90年代のバブル期が舞台となっています。あれから30年以上経っても貧困やネグレクトの問題は常にあって……。むしろ震災やコロナウイルスのことがあり、より災害や貧困による格差や差別が顕在化してきたと思います。ただこういった問題は、これからも変わらないのではという危機感が僕の中にあって。そして誰しもが同じような危機感を持っている気がするんですよ。ただそれについて表立って話をする人は限られているので、今回は映画で物語として多くの方に見ていただくことで、現代の問題について考えるきっかけになるのではと思いました。

白石和彌さんとアイデアを出し合っていくのは楽しかった

監督が思いを持って書かれた脚本が、映画として形になるには10年ほどかかったとのことですが、それだけ時間がかかったのは、なぜですか。

「脚本としては素晴らしいし、映画にするべきだ」という声はたくさんいただいたのですが、僕が無名で、お話の内容が地味なこともあり、商業、ビジネスとしては成り立ちにくいという話になりました。もちろん低予算でつくることも考えましたが、いい俳優さんとつくりたいという気持ちが大きかったので、岩切を演じてくださる方を探しながら形にする方法を探っていました。

そうした状況の中、白石和彌監督がプロデューサーとして参加された経緯を教えてください。

いろんな方に脚本を読んでもらいましたが、その中に長谷川晴彦プロデューサー(株式会社KADOKAWA)もいらっしゃって。最初は「難しいかも」と言われましたが、1年くらいして、「白石監督に脚本を読んでもらってもいいですか?」という提案がありました。白石さんは昔からこの脚本の存在を知っていたようで、「絶対に映画にした方がいい」という言葉をいただき、応援団長みたいな形で企画プロデューサーとして協力していただくことになりました。そこから、「白石さんがプロデュースする映画ってどんな作品だろう」という興味を持たれる方も多く、資金繰りやキャスト決めなどいろいろなことが好転していきました。

実際、白石さんはどのような形で関わられたのですか?

物語に対して的確な意見を持たれている方なので、台本になかったいろんなアイデアを提案してくださいました。僕も白石さんの映画はいくつも観ていますが、社会的なことに意識がありつつもエンターテインメントして成立する作品が多いですよね。今回のような一見地味に見える物語において、どのような考えをもっているのか気にはなったのですが、お互いにお酒を飲みながらアイデアを出し合っていくのは非常に楽しかったです。

監督もプロデューサーとして作品に関わることもありますが、監督とプロデューサーは違うものだと思いますか?

似ているようで根本的に違う気がします。もちろん脚本に対しておもしろいのはどこで、何をやればさらに面白くなるのかを考えるのは一緒ですが、その先の意識が違うというか。プロデューサーは、金銭面を考えないといけないので全体を見ながら無駄を省き、どうしたら作品を成立させられるのかを考えています。監督は、いい画を撮ることに集中して作品のクオリティを落とさずどれだけ予算を下げられるのか考える。きっと気持ちの消耗度でいくとプロデューサーの方が大変だと思います。ただどちらも映画をつくることを愛している点では変わらないと思います。

今回、デジタルではなくフィルムで撮っているのは、いい画を撮りたいという監督としてのこだわりですか?

フィルムで育ってきたので僕としては質感的にもフィルムで撮りたかったのですがお金もかかるし、最終的にデジタルで撮って仕上げでフィルム的に編集しようかと思っていました。白石さんから「16ミリフィルムで撮りませんか?」と提案いただいて。これで覚悟が決まったというか、後押しになりました。できあがった光と影が交差する滝や公園のシーンを見て、フィルムでよかったと思いました。

生田斗真さんの目が見つめることで、子役たちの演技が引き出せた

世の中に対して諦めている岩切を生田斗真さんが演じられていましたが、現場で生田さんとどのようなことを話されたのですか?

撮影中はキャラクターについて深く話した記憶はないです。初めて生田さんとお会いしたときに、僕の父親が9時5時で生活する公務員だったことや、本当はやりたかったことがあったのに家庭の事情で公務員になったことなどを話しました。決して自らが望んだわけではない人生を生きている人たちがいること。どこか父の生き方が岩切の働いている姿にオーバーラップする感覚があったのです。そうしたら、生田さんは現場初日にはすでに僕が考える岩切になっていて、非常にすてきな俳優さんだと思いました。

生田さん演じる岩切の衝動のカギとなっていく姉妹はオーディションで選ばれたとのことですが、決め手は何だったのですか?

生田さんとの対比があってこそですが、姉の恵子役に関して言えば、大人を見つめ返す目力のある方がほしいと思っていました。演技が上手というより目で語れる方を求めた感じです。実際に百人近い方とお会いした中でも、山﨑七海さんは圧倒的に目が印象的でした。妹の久美子役は、姉との対比で無邪気で天真爛漫、社会に身を置かない子ども本来の感情や心の動きを体現できる方。そして久美子は踊るシーンがあったので、柚穂さんの伸びやかで迷いのないダンス姿がピッタリでした。

生田さんとはキャラクターについて細かい話はしなかったとのことですが、お2人にはどのようなことを伝えたのですか?

実はあまり伝えていないんですよ。脚本を読むことで役について考えるのではなく、フラットな状態で現場に来てほしかったので、なるべく情報を与えませんでした。母親がいなくなるまでの脚本を渡し、大体こういう物語でどういうキャラクターなのかは捉えてもらい、母親がいなくなって以降のシーンは前日やその日に「こういうシーンを撮ります」「こういうセリフを言います」と伝えてライブ的に撮りました。2人とも勘がよく、迷いもなく僕が望むような感情や表情をしてくれたのですごくありがたかったです。

頭で考えずに演じたことで訴えかける演技や表情ができていたんですね。

2人にそれができたのは生田さんの力もあると思います。生田さんの目で語られたら、子役といえども引っ張られます。生田さんの目に対抗する姉妹の表情をこちらとしてはこぼさずに撮ることが大事でした。2人のなんとも言えないその表情がこの映画の中の大きな肝になっていると思います。

俳優の芝居を活かして思い描く映画に当てはめていく

そもそも監督はいつ頃から映画監督になろうと思われたのですか?

映画の仕事をしたいと思ったのは中学生です。当時、角川映画が全盛期で、観ているうちに気になっていったという感じ。とはいえ小説が好きで脚本を作る仕事ならできるかも……と監督にこだわっていたわけではなかったです。高校卒業後は今の日本映画大学の前身である日本映画学校に1期生として入学したのですがあまり学校には行かず、助監督が足りないと声を掛けてもらった映画やドラマの現場に行っては演出部の仕事を始めました。

そこから根岸吉太郎監督、相米慎二監督、市川準監督といった錚々たる監督の元で助監督として活躍されたんですよね。

最初はドラマの現場で、森田芳光監督の『の・ようなもの』(81年)の助監督をされていた杉山泰一さんと知り合い、映画の方にフィールドに広げていきました。20代のころは阪本順治監督、森田監督ともお仕事させていただき基礎を教えてもらい、30代になって市川準監督や相米監督、根岸監督とお仕事させていただきました。もちろん現場は監督によってさまざまで同じ現場はひとつもなかったです。現場で学んだのは、派手なカメラワークとか細かい演出方法ではなく、俳優の芝居を見て画をつくっていくという映画のつくり方。このとき学んだことが僕の映画づくりにおいてのベースとなっています。

それは今回の『渇水』で監督が大事にされたことでもありますね。

生田さんをはじめみなさんのお芝居を見た上で、自分が思い描く映画に、編集を含めて当てはめていくことを意識的にしました。これはどの映画をつくるときも同じです。大事なのは俳優なのです。昔から「良い脚本と良い俳優がいれば、監督はただ『よーいスタート』と言うだけでいい」なんて言われていますが、まさしくそのとおりで。今回もみなさんの演技を見て、あらためてそう感じました。

クリエイターにとって大事なことは何だと思われますか?

本来、クリエイターはパーソナルな感性や何かをやりたいという気持ちが非常に大事かもしれません。ただ、僕はクリエイターとしての秀でた才能があるほうではないのでその部分については分かりません。そんな僕が大事だと思うのは、脚本を読むこと。それは良い脚本はもちろん、つまらない脚本も読み、何がつまらないのか、どうしたら面白くなるのかを知っていくことが大事です。それと同時に、監督やカメラマンをはじめとした映画をつくることが楽しいという意識がある方と出会い、話をすることです。もちろん一人で追求してつくり続けることも大事だとは思いますが、僕は先輩を含めて仲間がいたことが非常にありがたかったと思っています。彼らから学んだことはたくさんあったと感じています。

自分の世界や好きなものだけではなく嫌いなものも取り入れていくことも大事なのですね。

好き嫌いを含めいろんなものを見ていくことで、次第に自分が好きなものややりたいことが集約されていくと思います。そしてそのためには人と話したり、形にしたりすることも大事です。インプットしたままアウトプットがされないと、それはいずれぐちゃぐちゃになってしまって、本当に自分が何をアウトプットしたいものかがわからなくなってしまう。自分で感じたこと、考えたことは、何かしらの形にしてアウトプットすることで、本当に自分が何をしたいかが見えてくると思います。

取材日:2023年3月17日 ライター:玉置晴子 ムービー 撮影:指田泰地

『渇水』

ⓒ2020「渇水」製作委員会

2023年6月2日(金)公開

生田斗真
門脇麦 磯村勇斗

山﨑七海 柚穂/宮藤官九郎/宮世琉弥 吉澤健 池田成志

篠原篤 柴田理恵 森下能幸 田中要次 大鶴義丹

尾野真千子

原作:河林満「渇水」(角川文庫刊)
監督:髙橋正弥 脚本:及川章太郎 音楽:向井秀徳
企画ブロデュース:白石和彌
製作:堀内大示 藤島ジュリーK. 徳原重之 鈴木仁行 五十嵐淳之
企画:椿宜和 プロデューサー:長谷川晴彦 田坂公章
ラインプロデューサー:原田耕治 撮影:袴田竜太郎
照明:中須岳士 小迫智詩 録音:石貝洋 整音:劉逸筠
美術:中澤正英 スタイリスト:清藤美香
ヘアメイク(生田斗真):酒井啓介 ヘアメイク:渡辺順子
編集:栗谷川純 音楽:向井秀徳 主題歌:向井秀徳
助監督:山下久義 キャスティング:田端利江 カラリスト:高山春彦
企画協力:佐久田修志 制作担当:土田守洋
  製作:「渇水」製作委員会 製作プロダクション:レスバスビジョン
制作協力:レスパスフィルム 配給:KADOKAWA
©「渇水」製作委員会
2023/日本/カラー/ヨーロピアンビスタ/100分

公式HP:https://movies.kadokawa.co.jp/kassui/

プロフィール
『渇水』監督
髙橋 正弥
1967年、秋田県出身。1985年に日本映画専門学校に入学。在学中から助監督として映画の仕事に従事し、根岸吉太郎、高橋伴明、相米慎二、市川準、森田芳光、阪本順治、宮藤官九郎作品で助監督としてキャリアを重ねる。2002年、映画『RED HARP BLUES』で映画監督デビュー。『月と嘘と殺人』(10年)、ドラマ「マグマイザー」(スカパー!、17年)などで監督を務めるほか、『SPINNING KITE』(13年)『ミセス・ノイズィ』(20年)などでプロデューサーを担当。2023年初夏、監督最新作『愛のこむらがえり』が公開予定。

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