映像2023.08.17

鳥山明原作『SAND LAND』の魅力は「悪魔の王子の清々しさ」と「葛藤する保安官の人間性」

Vol.54
映画『SAND LAND(サンドランド)』監督
Toshihisa Yokoshima
横嶋 俊久
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世界的な人気を誇る漫画「DRAGON BALL」で知られる漫画家・鳥山明先生が、2000年に週刊少年ジャンプで短期集中連載した「SAND LAND」。同作品を原作とするアニメ映画が2023年8月18日(金)に全国公開をむかえます。
映画『SAND LAND』は、人や魔物が水不足にあえぐ砂漠の世界で、人間の保安官ラオ、悪魔の王子ベルゼブブ、魔物のシーフが、砂漠のどこかにある“幻の泉”を探して旅をする姿を描く冒険ファンタジーです。映像化にあたって“鳥山作品”の偉大さを再確認したという横嶋俊久監督は、幼少期から鳥山明先生の大ファンだったといいます。公開が迫る映画について魅力や制作秘話、“鳥山作品”に教わったという仕事へのスタンスについてうかがいました。

監督のオファーを受けなければ必ず後悔する

本作の監督にとオファーがきた経緯をお聞かせください。

サンライズさんからお声がけいただいて、集英社さんに本作の映像化を検討していただくためのパイロット版を手がけたのがきっかけでした。
僕は鳥山明先生がキャラクターデザインを務めたゲーム「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」(09年)などのアニメーションムービー制作を手がけました。その実績を認めていただけたのだと思います。
その後、「SAND LAND」の映像化が正式に決定して、あらためて監督のオファーをいただきました。

横嶋さんは1980年生まれだそうですね。小学生の頃から、鳥山先生の「DRAGON BALLがお好きでしたか?

はい。ご多分にもれず僕も鳥山先生の作品の大ファンでした。「DRAGON BALL」を読むためだけに毎週嬉々として「週刊少年ジャンプ」を買い、家族で外出した時なども、水曜日であれば「ドラゴンボール」のアニメが放送される「夜7時までに帰りたい!」とよく駄々をこねたものです(笑)。

それだけ憧れを抱いていた作家である鳥山先生の作品の映像化に関われることになり、胸中はどのようなものでしたか。

プレッシャーはもちろんありましたが、「この話を受けなければ必ず後悔する」という思いが重圧に勝りました。「せっかく自分にチャンスがめぐってきたのに、ほかの人に任せるわけにはいかない!」と。

横嶋さんはプレッシャーを原動力に変えられるタイプなのですね。原作漫画を読んでの感想をお聞かせください。

鳥山先生ご自身が「老人と戦車が描きたくなって描いた」というようなことをコメントされていたと記憶しています。まさにそのコメントどおりの作品であると感じました。かわいい女の子なんて、ほとんど出てこない(笑)。

古い雑誌の切り抜きとしてのみ登場する往年の女優、セクシーテリアくらいですよね。

あとは、水を独占している国王がプールを満喫しているシーンで、1コマだけ小さく描かれている水着姿の女の子とか。本作のそういう無骨なところは、僕にとってはチャンスでもあると感じました。女の子をかわいらしく描くなら、僕より上手な人が大勢いますから。

“鳥山作品”の主人公は葛藤しない清々しさが魅力

本作には、人と悪魔の奇妙な友情、幻の泉を探して旅をするロードムービー感、戦車戦、ベルゼブブの格闘シーンと、さまざまな要素が見どころとして存在します。横嶋さんは「SAND LAND」という作品をどう解釈し、映像作品としての見どころをどこに見出されましたか。

僕は、映画『SAND LAND』を「スーパーヒーローではない普通の人間ラオが何を思ってどのように行動し、悪魔の王子ベルゼブブがラオの行動や思いに対してどう動くか」を描いた作品だと解釈しています。そんな2人の姿や交流、そして戦車戦を大きな見どころとし、最後はラオを活躍させたい…とも思いました。

制作にあたって、集英社とはどのような打ち合わせをされましたか。

原作を大切に制作するというコンセプトを再確認しつつ、「ほかの鳥山作品の主人公と同じように、ベルゼブブは葛藤をしないキャラクターです」とうかがって膝を打ちました。たしかに、「Dr.スランプ」のアラレちゃんも、「DRAGON BALL」の孫悟空も葛藤しないなと。
確固たる自分の意思や行動の指針となる軸があり、悩むことなく邁進していく。そんな主人公像が鳥山先生の作家性のひとつなのだろうと感じました。
その代わりというわけではありませんが、本作はラオが葛藤を見せます。原作漫画のラオは、鳥山先生としてはめずらしく顔に落ちた影をしっかりと表現されているのが印象的でしたので、アニメはその表現を踏まえ、彼の過去や人間性もフィーチャーさせていただいています。

『SAND LAND』の公式Twitterで、映画冒頭のワンシーンの動画が公開されています。原作の同じシーンではすでに死んでしまっていた魔物のスライムが「死にかけている」状態でした。原作と描写が異なる部分や追加される部分は、どのように決められているのでしょうか。

スライムのシーンについては、「映像作品としては、死をあまり取り扱いたくないのですが」とご相談させていただき、お許しをいただきました。
冒頭でベルゼブブが人間の子供に水を分けてあげるシーンがありますが、その姿がすごく印象的でした。本人は悪魔の王子として悪ぶっていますが、実際のところは魔物も人間も関係なく弱者を見過ごせないのだなと。
彼が種族で対応を変えることなく、常に自分の意思で行動するところを補完したくて提案させていただきました。

スライムの命運が変わったことで、ベルゼブブが「仲間のために貴重な水を惜しみなくあげられる」シーンが追加され、彼の優しさが強調されていると感じました。

ベルゼブブは作中で一番心根が健やかであるとすらいえます。
観客のみなさんに、ベルゼブブの魅力を最大限に伝えたいと思い、映画ではベルゼブブの表情や、シーフとのコミカルなかけあいにもとことんこだわりました。

CGでの再現に苦心した、独自の魅力をもつ“鳥山メカ”

鳥山先生は、どこかコミカルで愛嬌があるメカを描くことでも高く評価されています。本作のメカを描くうえでは、どのようなところに注力されましたか。

鳥山先生が描くメカがもつ独特のフォルムやサイズ感は「SAND LAND」でも健在です。人が乗ると一見窮屈なようでいて、実はまったく狭苦しさを感じさせないのは本当にすごいですよね。
車や戦車のサイズ感が原作漫画と比べて10cm、20cm変わるだけでも印象は損なわれてしまうので、スタッフで綿密に話し合いながら制作に臨みました。
鳥山先生のメカの魅力は、「Dr.スランプ」や「DRAGON BALL」のコミックスの表紙イラストでも存分に発揮されているので、昔から存じていましたが、それをCGで再現するのがどれだけ大変なのか、実際に着手してまざまざと実感しました。

冒頭で登場する王国軍の運搬車両も、一見すると普通の四輪車両のようで実は後輪がありませんよね。

僕も原作を初めて読んだ時は驚きました(笑)。サンドランドには重力を遮断する“反石”という物質が存在しますが、原作をよくよく見ると、ちゃんと車両の後部に反石を積んでいます。そういった鳥山先生の設定の細かさやディティールには原作を読み返す度に唸らされました。

反石は、物語の中盤でラオによって言及されるシーンがありました。そうした細かい設定や描写が、メカをより魅力的なものにしているのですね。

ラオが王国軍から奪った戦車を手際よく操作するシーンもお気に入りのひとつですので、劇場に足を運んでいただく際は注目していただければと思います。

横嶋さんの一番のお気に入りシーンはどこになりますか?

一見すると地味ですが、キャラクターたちが空をバックに並んでいる何気ないカットが一番気に入っています。そのカットを見た瞬間、これこそ自分が目指している絵なのだという実感がありました。

鳥山作品から学んだ“折れない心”が仕事の秘訣

原作漫画は「週刊少年ジャンプ」での掲載当初から短期集中連載として発表されており、単行本一冊で完結しました。アニメ映画にするうえで、尺の長短に悩むことはありませんでしたか。

「単行本一冊は、映画一本の尺としては短い」と思うかもしれません。でも、実際は正反対で、映像にどう収めればいいかを悩むほどでした。『SAND LAND』はセリフの量がかなり多いですし、それ以外にも、原作を読めば読むほど情報を絵に詰め込む技術にうならされました。
たとえば第1話では、ラオたちの車を追い回す巨大な“ゲジ竜”の印象が非常に強いです。ところが、実際は5コマしか描かれてないんです。

ゲジ竜は登場シーンが1ページを丸々使用する大ゴマでしたので、鳥山先生の圧倒的な画力と相まって読者に強い印象を残しました。

そうなんです。ゲジ竜をアニメでも同じくらい強く印象づけるにはどうすればいいか…と、苦心しました。

最後に、クリエイターとして大切にしていることをお聞かせください。

僕は、自分のことを才能やセンスがあるクリエイターだとは思っていません。しかし、唯一他の人より優れていると思っているところがあります。それはメンタルのタフさ――言い換えれば「折れない心」と「嫌なことがあってもすぐに忘れられること」です。
アニメの制作現場に飛び込み、アニメ制作スタッフとして生きていくのは決して楽なことではありません。「覚えておく必要のない辛いことは、寝たら忘れてしまえばいい」というくらいのメンタルでいられれば、長続きするのではと思います。

悩まなくていいことで悩まない。まさに、本作のベルゼブブのようですね。

まったく悩まなくていいわけではありませんが(笑)、翌日には「よし、今日からまたがんばるぞ」と切り替えられる方がいいですね。行動の指針や軸となる“芯”を決めたら、あとは迷わない。それが、僕が鳥山先生の作品から教わったことかもしれません。

取材日:2023年7月13日 ライター:蚩尤 ムービー:指田 泰地

映画『SAND LAND(サンドランド)』

©バード・スタジオ/集英社 ©SAND LAND製作委員会

2023年8月18日(金)全国公開

原作:鳥山明(集英社ジャンプコミックス刊)
監督:横嶋俊久
脚本:森ハヤシ
音楽:菅野祐悟
音響監督:岩浪美和
ディレクションアドバイザー:神志那弘志
アニメーション制作:サンライズ、神風動画、ANIMA
配給:東宝

©バード・スタジオ/集英社 ©SAND LAND製作委員会
キャスト:田村睦心、山路和弘、チョー、鶴岡聡、飛田展男

公式サイト:https://sandland.jp/
公式Twitter:@sandland_pj_jp

 

ストーリー

魔物も人間も水不足にあえぐ砂漠の世界<サンドランド>。悪魔の王子・ベルゼブブが、魔物のシーフ、人間の保安官ラオと奇妙なトリオを組み、砂漠のどこかにある「幻の泉」を探す旅に出る――。

プロフィール
映画『SAND LAND(サンドランド)』監督
横嶋 俊久
アニメーション演出家・監督。2003年に神風動画に所属し、「ファイナルファンタジータクティクス 獅子戦争」(07年)や「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」(09年)などゲームタイトルのムービーやアニメを制作。2009年には初のオリジナル短編アニメーション作品『アマナツ』を手がける。その後フリーランスとして独立し、2017年に監督・脚本を兼任してオリジナル中編アニメーション『COCOLORS(コカラス)』を制作。第21回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門・優秀賞に選出される。2023年公開の映画『SAND LAND』は、初の長編アニメ映画監督作品となる。

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