監督・齊藤工×脚本家・倉持裕が3度目のタッグ「俳優として言われてうれしかったことを、監督として伝えました」
第13回小説現代長編新人賞を受賞した、家が発端となって次々と巻き起こる恐怖を描いた神津凛子によるホラーミステリー「スイート・マイホーム」が映画化。監督を務めるのは、俳優であり初長編映画監督作『blank13』(2018年)で上海国際映画祭アジア新人部門賞を獲得した齊藤工(さいとうたくみ)。また映画ならではの世界観を広げる脚本は、倉持裕(くらもちゆたか)が担当した。
舞台は、極寒の地・長野県。冬でも寒さ知らずの“まほうの家”と謳われる理想のマイホームを手に入れた清沢賢二(窪田正孝)は、妻・ひとみ(蓮佛美沙子)と2人の娘と共に幸せを噛みしめながら新居生活をスタートするが、ある不可解な出来事をきっかけに日常が少しずつ変化していく。
これまで2度タッグを組んでいる齊藤監督と倉持氏に、お互いの印象や映像化する上でこだわった点、俳優を経験している齊藤監督ならではの演出について語っていただきました。
齊藤監督はセリフに頼らず、どのように表現するかをいつも考えている
『ゾッキ』(21年)では監督と脚本家、『零落』(23年)では俳優と脚本家としてタッグを組まれていますが、お互いの印象を教えてください。
もちろん前作『ゾッキ』はマンガ原作で今回は小説が原作と、マンガと小説の違いはありますが、今回のように外から入り込む余地がないような一つの世界ができあがっている活字の作品をどのように落とし込んでくださるか……。倉持さんと神津先生がテキスト上でどのような融合をされるのか、倉持さんのいちファンとして単純に読みたいという期待を込めてお願いしました。
監督は俳優として多くの作品に参加されていますが、俳優の経験が活きていると思われますか?
役者としてこれまで大勢の監督から教えていただいたことを思い出しながらやらせていただきました。例えば、三池崇史監督とご一緒したとき、「役づくりについての話を僕はあまりしないです」とおっしゃっていたんですよ。その理由が、役を演じられると思ってキャスティングをしているのでどう表現するかは役者に任せるとのことで。それを聞いて、俳優として何か大きなボールを監督から渡されたような気がして、自分の中で責任感と共により深くキャラクターと向き合わなければという気持ちになりました。
また『零落』で竹中直人監督にラストシーンの表情を「自分史上最低な顔をしてくれ」と撮影の直前に言われて……。これはすごく腑に落ちました。これまでは、映っていることを意識した上での表情になってしまっていたのですが、この言葉で全てが解除され、感じたことをそのまま表現できたというか。なので、今回の現場ではこの言葉をよく使いました。自分が言われてよかったと思ったことを自分なりにトレースしながら伝えていた感じかな。
これは俳優に限らずスタッフのみなさんもですが、新しい自分に出会える場になったらいいなと思いながら現場に立たせてもらっていました。
倉持さんは齊藤監督に俳優を経験しているからこその目線を感じる部分はありましたか?
ちなみに僕自身、この作品で、セリフについていろいろ学ばせてもらいました。僕は、普段は舞台の戯曲を書いています。大きな舞台だと表情や空気だけでは後に座っているお客様まで状況が伝わりにくいので、セリフには間を表現する“……”をあまり書かないようにしているんですよ。つい不安で、説明とまではいかないですが、セリフを足して間を埋めたりしていて……。
でも今回、ジャンルは違いますが齊藤監督から「このセリフはなくても伝わると思います」という話を何度かいただいて、セリフ以外で状況や感情が伝わることをこれまで以上に意識するようになりました。
監督としてつくる側に集中したいという気持ちが強かった
監督は原作に対してどのような印象を持たれていましたか?
ただ同時に、倉持さんの脚本をもとに生身の人間が演じることで原作を越える瞬間がつくれたらと思いました。これまで『ゾッキ』での九条ジョーさんの表情だったり、『零落』で役者さんが見せた原作に寄り添うだけではなく演じる側のこれまで生きてきて得た何かがにじみ出てしまう瞬間があったことを思い出して。そういった演じることで文字の表現を超える瞬間がつくりたいし、それがないと実写にする必然性が見出せないとも思いました。
そうなるとキャスティングはかなり重要でしたね。
監督は俳優として出演したいという気持ちはなかったですか?
倉持さんは脚本家として、原作を映像化するためにどのような点に気をつけたのですか?
途中で疑われる人物についても、実際は潔白だとしても最初から潔白すぎてもダメ、悪くない人がなぜこんなに悪く映るのか?みたいなことにはしたくないなど、キャラクター1人1人をどう描いていくのかに、かなり悩みました。
原作では語り手が変わるのですが、その方式を採用するかどうかも何度も監督と話しつつ、主人公と犯人の2つの目線で物語を進めていくのもありかな?という案が話題に出たこともありました。本当にいろいろなアイデアを試して現在の形ができたという感じです。
本作は、家という本来落ち着くはずの場所が恐怖の対象になっていく作品ですが、撮影した家はどのように決まったのですか?
かなり多くの家を見たことで、家というものはどこか人間のように、外側の見た目だけでは計り知れないそれぞれに秘めたる顔のようなものがあるなと感じるようになりました。家が持つ力や雰囲気というか……。
最終的にはモデルルームを貸していただいて撮影をしたのですが、家が決まったら今度はその間取りや構造を紐解いて、倉持さんに脚本に落とし込んでいただきました。(最終的に撮影現場となった家の)間取りをきちんと反映した物語になっていたと思います。
この作品は理想のマイホームを手に入れたことで家族が壊れていく様が描かれています。
個人的なこだわりを盛り込まないと自分がつくる意味はない気がする
監督として大事にしていることを教えてください。
本作ではどのような形でフェチシズム的な要素を入れていますか?
例えば、魚のシーンは、海外ではなぜか笑いが起こったんですよ。意図しないことだったので面白いなと感じました。原作がある作品なら特にですが、注力して倣う部分と抗う部分のバランスによって自分らしさというものがはっきり見えてくる気がします。もちろん、映画でも演劇でもグッとくるポイントは人と違ったりするので全員に向けてではないですが、観る人に引っかかる自分らしさを今後も取り入れていきたいです。
倉持さんは脚本家として大事にしていることを教えてください。
こういう思いは振り子のように行ったり来たりしているものだと思いますが、今、僕自身は自分のこだわりというものを出していきたいという気持ちが大きいです。そして自分が面白いと感じることを伝えることが楽しいんですよ。自分の強い意志を大勢に向けて発することは快感でもあるというか。自分で脚本を書く上で個人的な思いをのせることを大事にしています。またそういったこだわりが詰まった作品は観ていて楽しいです。なんだか分からないけど、強いものをぶつけてきていると感じるシーンは面白いんですよ。
これからもお二人の作品にはこだわりが詰まっていくのですね。
取材日:2023年8月14日 ライター:玉置 晴子 スチール:あらいだいすけ ムービー 撮影:指田 泰地
『スイート・マイホーム』
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社
9月1日(金)全国公開
窪田正孝
蓮佛美沙子 奈緒
中島 歩 里々佳 吉田健悟 磯村アメリ
松角洋平 岩谷健司 根岸季衣
窪塚洋介
監督:齊藤 工
原作:神津凛子「スイート・マイホーム」(講談社文庫)
脚本:倉持 裕
音楽:南方裕里衣
製作幹事・配給:日活 東京テアトル
制作プロダクション:日活 ジャンゴフィルム
企画協力:フラミンゴ
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社
公式HP:sweetmyhome.jp 公式Twitter:@sweetmyhome_jp
ストーリー
マイホームを手にした一家に忍びよる恐怖 ——— その「家」に秘められた真実を知ってはいけない。 極寒の地・長野県に住むスポーツインストラクターの清沢賢二は、愛する妻と幼い娘たちのために念願の一軒家を購入する。“まほうの家”と謳われたその住宅の地下には、巨大な暖房設備があり、家全体を温めてくれるという。 理想のマイホームを手に入れ、充実を噛みしめながら新居生活をスタートさせた清沢一家。だが、その温かい幸せは、ある不可解な出来事をきっかけに身の毛立つ恐怖へと転じていく。 差出人不明の脅迫メール、地下に魅せられる娘、赤ん坊の瞳に映り込んだ「何か」に戦慄する妻、監視の目に怯えて暮らす実家の兄、周囲で起きる関係者たちの変死事件。そして蘇る、賢二の隠された記憶。その「家」 には何があるのか、それとも何者かの思惑なのか。 最後に一家が辿り着いた驚愕の真相とは?
齊藤工(Takumi Saitoh)
1981年生まれ、東京都出身。パリコレクションなどのモデル活動を経て2001年に俳優デビュー。『シン・ウルトラマン』(22年)、『THE LEGEND & BUTTERFLY』(23年)、『零落』(23年)など話題作に多数出演。俳優業の傍らで20代から映像制作にも積極的に携わり、齊藤工名義での初長編監督作『blank13』(18年)を発表。国内外の映画祭で8冠を獲得した。『フードフロア:Life in a Box』(20年)では、AACA2020にて、日本人初の最優秀監督賞を受賞。竹中直人、山田孝之と共同で監督した『ゾッキ』(21年)では、脚本家・倉持裕とタッグを組んだ。また、劇場体験が難しい被災地や途上国の子どもたちに映画を届ける移動映画館「cinéma bird」の主宰や全国のミニシアターを俳優主導で支援するプラットフォーム「ミニシアターパーク」を立ち上げるなどマルチに活動している。
倉持裕(Yutaka Kuramochi)
1972年生まれ、神奈川県出身。劇作家、脚本家、演出家。2000年、劇団ペンギンプルペイルパイルズを旗揚げし、すべての作品の脚本、演出を担当。またM&Oplays「鎌塚氏、放り投げる」の作・演出、劇団☆新感線 いのうえ歌舞伎「乱鶯」、カズオ・イシグロ原作「わたしを離さないで」の脚本などを手掛ける。2004年、「ワンマン・ショー」で岸田國士戯曲賞受賞。「弱くても勝てます~青志先生とへっぽこ高校球児の野望~」(14年)などTVドラマの脚本も多く担当するほか、コント番組「LIFE!~人生に捧げるコント~」にも参加、映画『十二人の死にたい子どもたち』(19年) 『ゾッキ』(21年)『アイ・アム まきもと』(22)など手がけている作品は多数。