映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第28回『クオリア』
『クオリア』
▶ユーモアとシニカルの融合した会話劇から、自分の視野の狭さに気づく度:100
自分は誰なのか。社会に与えられた自分の役割を今一度見つめ直したい人にオススメ。
あらすじ
養鶏場を営む田中家に”嫁いだ”田中優子(佐々木心音)は、夫の姉である田中里実(久田松真耶)にいびられながらも、慎ましく日々の生活を送っていた。そんなある日、優子の夫である田中良介(木口健太)の不倫相手、渡辺咲(石川瑠華)が養鶏場の住み込み従業員の募集に応募する形で田中家を訪れる。面接を担当した優子は、咲が夫の不倫相手だとは知らずに採用を決めてしまう。かくして夫の不倫相手を交えた奇妙な共同生活が始まる…
もともとこの作品は、劇団うつろろによる舞台作品だった。
長年俳優としても活躍する牛丸亮監督が長編初のメガホンをとり、2021年に上演した同名舞台を映画化。
牛丸さんはこれまで20年以上、俳優や制作スタッフとして映画に携わってきて、その数はなんと100本以上。この『クオリア』で長年の夢だった長編映画を撮る夢を叶えた。
初⻑編でありつつも、これまでの映画業界で築いた人脈から多くの映画監督たちが制作スタッフとして参加し、クオリティの高い映画に仕上がっている。キャストもそれぞれの配役がぴったりで良い味を出しているが、オーディションではなく、俳優として現場で実際にキャストたちのお芝居を見てきた牛丸さんの審美眼で選ばれた役者陣が揃っていた。
⻑野県飯田市、愛知県豊田市の協力で2022年11月に撮影された『クオリア』は、ちいさな町の養鶏場が舞台となった映画だ。
妻、突如あらわれた夫の不倫相手、何もできない夫、いばりっぱなしの夫の姉、養鶏場で働く男。
拗れすぎた人間関係には不穏な空気が常に張り詰めているのに、それにすら慣れきって、その悲しさや可笑しさにさえ気づかない者たちの会話劇。
どうしようない者同士のお喋りがシニカルでありユーモアもある。そこには人間の可笑しみが含まれていて目が離せない……。皆、生きにくさに気づかぬように、いや、気づいても変えようとすることもなく、ただ淡々と日々をこなしている。どこか、生への渇望を失ったようにも思える。
さて、舞台となった養鶏場とはどのような場所なのか。
そうです、ニワトリたちが人間のために卵を産む場所。
排除され処分されるおんどりと、卵を産み続けるめんどりという徹底して役割の決められたこの養鶏場という場所。
そして、ここを営む家族たちもそれぞれ役割が決まっている。
養鶏場における仕事面だけではなく、生活のすべてに役割が浸透している。
重層的なこの表現が、より物語に奥行きを与えている。
ただ毎日をこなし、卵を生む。
役割という名の檻から逃げられないニワトリと人間の姿がいつしか重なってくるのだ。
現代を生きる私たちもまた、当たり前や常識という透明な檻の中で生きている。
見えない檻の中で、会社員、管理職、、、いろんな職業だけでなく、夫だったり、妻だったり、母だったり。与えられた役割をきちんと生きなければならない。
まるで登場した養鶏場そのものが、息を切らしたり、空気を求めたり、深呼吸をしたり、と”呼吸”し、生きているようだった。
舞台となる場所そのものが主人公のように思える作品は、『ホリデイ』(2007年)、『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)、『オリエント急行殺人事件』(2017年)などジャンルは異なれど、数多くある。
この『クオリア』でも養鶏場という舞台自体が、大きな登場人物であるかのように、色濃く表現されていた。
また、夫の不倫相手を家に迎え入れてしまう優子を演じた佐々木心音さんのお芝居に鳥肌が立った。
本音を言おう。私は、彼女の笑顔にイラついた。
明らかに嫌だと思っていることもしっかり断れない彼女。
でも、何も悪くなくて優しくて、心から良い人なのだ。
しかし、意見一つ言わずただ存在しているだけにも見えてしまう存在。
誰かを傷つけているわけではないのに、自分の気持ちを表せずその場に流され続ける彼女に「反論しなよ、この状況を変えなよ」と私はたしかに苛立ってしまった。
でも、この佐々木さんのお芝居こそが、見る者がいかに真実を見えていないかを写す鏡のような役割を持ったお芝居になっているからすごい。
自分の気持ちが言えるから強い人間というわけでもない。
本当に大切な宝ものを自分の中にちゃんと持っているからこそ、彼女はもう”今起きている小さなイザコザ”なんぞ気にならないで生きていることに気づかされるから、ハッとする。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」星の王子さまの言葉を思い出していた。(※1)
人間の弱さも強さも、目には見えない。
優子の真意を知った後と前では物語が全然違って見えるはずだ。
もっともブレやすい人物にも思える彼女こそ、芯をもった人間に見えるに違いないだろう。そんな彼女の選び取る選択肢は、カタルシスに溢れているから、見届けてほしい。
また、この映画には、不倫相手の妊娠についてある真実が隠されていて、自分の視野の狭さに気付かされることにもなる。いくつもの驚きに満ちた映画だった。
いろんな見方で心を動かしてくれた。
飛べないと思われているニワトリも、ほんとうはある程度の高さなら飛べるそうだ。
私たちの住む社会には生きづらさが根底にある。でも、自由になれる場所が、自分を解き放ってくれる人が、きっとどこかにいるかもしれない。
そんなひとさじの希望も伝えてくれる映画だった。ぜひスクリーンで見てほしい。
(※1)「星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(著)、河野万里子(訳) 新潮社
『クオリア』
2023年秋より全国順次公開予定
【キャスト】
佐々木心音
石川瑠華 木口健太
久田松真耶 藤主税
遠山雄 榎本桜 小林英樹
吉川流光 保坂直希 片瀬直
伊藤由紀 辻夏樹
田村魁成 田口真太朗 窪田翔
芦原健介 木村知貴
川瀬陽太
【スタッフ】
監督:⽜丸亮 原作:越智良知 脚本:賀々贒三
エグゼクティブプロデューサー:⼭本政志、久⽥松真耶
プロデューサー:⽜丸亮、福島拓哉
アソシエイトプロデューサー:榎本桜、有⾺顕
ラインプロデューサー:保坂直希
助監督:⼩池匠、⼩⻄康介
撮影:永⼭正史 照明:上野陸⽣ 撮影助⼿︓遠藤匠
撮影照明助⼿:神⼾郁郎
録⾳:中川究⽮、⻲井耶⾺⼈ 美術:萬造寺⻯希
ヘアメイク:美名⼦、Michi
⾐装管理:深⾒はまる 制作:⻄村信彦
スチール:⼤⽯将平 編集:津⾕まなみ
VFX:東海林毅、中⻄亮太 カラリスト:⽯川真吾
⾳響デザイン:中川究⽮ ⾳楽:トルコ⽯
宣伝:細⾕隆広 儀保俊弥
予告編:石井慎吾
海外セールス:フリーストーンプロダクションズ
製作:シネマインパクト
制作:リアルメーカーズ
配給:D-films
配給協力:リアルメーカーズ
©2023映画『クオリア』製作委員会
上映時間:96分
公式 HP:https://eiga-qualia.studio.site
公式 Twitter:https://twitter.com/DfilmsPab