映像2023.12.26

映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第30回『WILL』

Vol.30
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『WILL』

▶1人の人間の心の内側を徹底的にえがきだした、人間の深部にふれる度:100

答えの出ない問いについて思考するのが好きな人にオススメ。

俳優・東出昌大さんが狩猟をしていることは週刊誌からだろうか、SNSからだろうか、耳に入っていた。
しかし、ここまで本格的だったとは!

本作はBiSH、クリープハイプ、藤井風等さまざまなアーティストのドキュメンタリー、MVを手掛ける映像作家・エリザベス宮地監督がメガホンを取り、東出さんの狩猟生活を追いかけた1年間の記録が収められたドキュメンタリー映画。

なぜ俳優・東出昌大が狩猟をしているのか。
どのような思いで東出さんが山に篭っているのか。
この作品は東出さんだけでなくサバイバル登山家として活動する服部文祥さんや、写真家の石川竜一さんなど山で生命と向き合う人たちの声も捉えながら、見る者に生きることについて問いかける作品になっている。
そして東出さんとは長い付き合いとなるMOROHAさんの魂の叫びともいえる楽曲が映画全体に効いている。
そして、純粋無垢な動物の瞳が、命の光を消していく瞬間を何度も写し取り、同時に東出さんが死生観を語っていく。

一言で言うと、圧倒される映画体験だった。
強烈に命を意識するようになる時間だった。

正直な感想を伝えると、普段、コンクリートジャングル東京で生活している私にとって、劇中に何度も動物の解体シーンが登場する本作は、見たこともない動物の臓器とはっきりと対峙する時間となり、少しだけショッキングだった。

しかし、もう1つたしかにわかったことがある。
まだ温かな動物たちの臓器を何度も目の当たりにすると、そこには感想もなにも生まれない。ただそこに命があったという真実がのこる。
「かわいそう」は確かにあるけれど、それよりももっと、強く命の輪郭が浮かびあるような時間を過ごしていた。
カルペディエム(※1)とメメントモリ(※2)、どちらの感性にも触れながら命が有限なものだと意識させられた。

自分がとにかく”生”を痛烈に感じていた。

東出さんは何度も、生きている意味を自分に問いかけている。
自分自身を愛せるかを問いかけ続けている。

そんな姿を見ていると、私はここまで深く考えて、毎日を過ごしているか、わからなくなった。
私はたぶんこの何分の一の精神的なカロリーしか使わないで1日を生きているとおもった。

命を意識しないと、生が薄らいでいく。
喜びも悲しみも命を意識したときに、やはり色濃くなる。
そんな当たり前のことすらも忘れて、最近は、消費するような日々を過ごしていたような気がして終始ハッとする時間だった。

また驚きだったのが、自分の子供たちのことについても言及していること。
子供たちへの想いを画面に向かって語りかけていた。
そして、ここ数年で自分の命を終えることを考えていた事実についてまでも言及している。
正確な表現はこの映画の真髄に当たるところになると思うので避けるが、東出さんの放った「この映画を作る意味」についての、ある一言が鑑賞後にも忘れられなかったし、ここまで切り込んだ内容だったことに、正直な話、衝撃を受けた。

誤解を恐れずに伝えたいが、東出さんは日本中に知られる不祥事を起こしたかもしれない。
しかし、その後彼は自分の内側を見つめて、今も生きることについて問い直し続けている。これはなかなかできることではないと思う。

東出昌大の狩猟生活をテーマにした作品である以上にこの映画には強度がある。
日本全国に名前が知られる俳優のひとりである彼が、有名人が、新しい人生を歩み出す姿やコミュニティに入る時の難しさまで描き、相手の肩書きも、過去も、気にしないで、
‘’いま目の前にいるその人と向き合うこと”がどれだけ難しいか、
目の前にいる人の何を見るのか、そんなことまで見る者は問われた時間でもあった気がする。

もしかしたら自分のことを知るきっかけをくれる1本でもあるのかもしれない。

 

 

(※1)カルペディエム(carpe diem):ラテン語からきた表現。訳語 今を楽しめ;この瞬間を大切にしろ(Weblio辞書 英語イディオム表現辞典より引用)
(※2)メメントモリ:「死を意識せよ」「いつか必ず死ぬということを心に留めておけ」という意味のラテン語の箴言(アフォリズム)である。日本語では「死を想え」「汝死を忘る勿れ」のように訳されることが多い。(Weblio辞書 実用日本語表現辞典より抜粋引用)

 

『WILL』
2024年2月16日(金)より
渋谷シネクイント、テアトル新宿ほか全国順次公開

出演:東出昌大
服部文祥 阿部達也 石川竜一 GOMA コムアイ 森達也

音楽・出演:MOROHA

監督・撮影・編集:エリザベス宮地 
プロデューサー:高根順次

2024年|日本|カラー|ビスタ|140分|DCP|映倫区分:G 製作・配給:SPACE SHOWER FILMS

公式サイト:https://will-film.com/

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。 映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。 映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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