映像2024.02.02

アイヌ文化から読み解く「実写版 ゴールデンカムイ」 アイヌ女性の礼儀作法

北海道
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

北海道ロケが功を奏した
「ゴールデンカムイ」の映像美

去る1月19日より全国公開の映画版「ゴールデンカムイ」。

映画『ゴールデンカムイ』公式サイト (kamuy-movie.com)

早速見てまいりました。

オープニングはゴールデン、砂金がさらさら渦を成しアイヌ文様となり、北海道島、アイヌ語で言うヤウンモシㇼの形を象る。砂金が烈風で吹き飛ばされれば明治期の北海道の地図となり、一面の雪原を歩む杉元の姿と相成る。

回想シーン。

日露戦争、二百三高地の大激戦。

飛び散る砲弾、手投げ弾は四角形、その最中を一方的な突撃命令の元で肉弾を散らせる日本兵は赤い縁取りの軍服。軍服と言えばカーキー色を連想する太平洋戦争以降ではある意味新鮮、と言えるのはこちらがエンターテインメントとして見ているから。

日本兵、不死身の杉元。彼を演じる俳優の顔は泥で汚れる。さすがに無精髭こそ生やしていないものの「イケメン」顔は憔悴している。…殺し殺され、何人ものロシア兵を手にかけた彼。生き残っても、復員したとても彼のかつての恋人は、彼の気配を見出すことも感じ取ることもできないだろう。

場所は変わって戦後(日露戦争後)の北海道。
無事に復員した杉元は北海道のゴールドラッシュの噂を聞きつけ…来道して砂金採集に勤しむ。

寒中の川に浸って川底の砂を掘っては揺り板で流すも…収穫は微々たるものだった。

そこで聞きつけた怪しげな噂。

アイヌが集めた軍資金
囚人の入れ墨に穿たれた埋蔵金の隠し場所
脱獄囚とのっぺら坊

かくて壮大な「ゴールデンカムイ」の世界が始まる…

すばらしい、とにかく素晴らしい。

今まさに雪片を躍らせる…ほどには至らない冬の曇天
溶解と凝固を繰り返して絞まった根雪は陽光を受けて輝くこともなく鎮まる。

その最中を歩むのは、空の白にも雪の白にも交わらぬ復員兵。

周囲を覆うのはブラキストン線以北の植物相。
エゾ松にトドマツ、ミズナラにシラカンバと北海道南西部から道央部に特徴的な「針広混交林」を抱えた雪原での世界観。ここに1本でも松や杉の木が混じればいっぺんで「内地での撮影」が予感され興覚めものだが、監督の熱意が通じ北海道ロケが敢行され、乾燥した寒気が支配する北海道の冬がより冷徹に迫りくる。

そして役柄設定のすばらしさ、生命力が横溢しすぎる杉元はいうまでもなく、清楚と強靭な精神にあえて変顔のアシㇼパ、命の蝋燭ボリボリ齧って脳汁タラリの鶴見中尉、そしてあまりにも本物な天才脱獄囚・白石。無機質な顔立ちにトロリと黒目が光る二階堂兄弟はそろってサイコパス。意外なところでは白石と共に捕らわれるモブ的な入れ墨囚人・笹原勘次郎がマンガそのまま。

冒頭の日露戦争二百三高地の戦いシーンはもとより砂金掘りを襲う熊との格闘、囚われの杉元の頬を刺し貫く小樽花園だんごの串、内臓を盗んで脱走した挙句の馬橇上の戦いとアクションシーンはそれこそいくら語り尽くしても足りないのだが、ここは「実写映画版『ゴールデンカムイ』に見るアイヌ文化」を語ってみたい。

アシㇼパの祖母の仕草には
アイヌ女性の礼儀が込められていた

物語中盤、砂金掘りの中盤で熊に襲われた折、すんでのところで初対面のアイヌ少女・アシㇼパに救われ、チタタㇷ゚をご馳走される。叩く際にチタタㇷ゚チタタㇷ゚と連呼するのはアシㇼパの家の仕来り、ツミレ団子にしたオハウ(汁物)の味付けは味噌がいいだろう、と杉元が提案したところで有名な「味噌とオソマ」の逸話。

https://www.creators-station.jp/areacat/hokkaidoarea/92277

これは以前も記事にしたので、別の観点からアイヌ文化を紹介したい。

アシㇼパが杉元を伴い自身のコタンに帰り着く。

彼女のフチ(祖母)は初対面の杉元を一目見るや、「右手の人差し指で鼻の下を撫でる
この行為には特別な意味がある。

アイヌ女性の「改まった席での挨拶」である。

この場面については、去る令和元年に執筆の一部を担当させていただいた宝島社新書
1時間でわかるアイヌの文化と歴史』のp138-139でも解説させていただいた。(画像、並びにリンクは、去る1月11日に発行された文庫版『知れば知るほど面白いアイヌの文化と歴史』のものです)

『知れば知るほど面白いアイヌの文化と歴史』宝島社

また令和の現在は「ウポポイ」がある北海道白老町、その大正時代におけるアイヌ風俗をつぶさに解説した『アイヌの足跡』(満岡伸一著)では、「改まった場でのアイヌの作法」を以下のように解説している。(原文ママ)

男は両手を揃えて掌を上にし髭をなでる。(髭の無い子供も矢張り髭をなでる真似をする)。神を拝する時又は貴人に対する際は、始め合掌し静かに掌をすり挨拶を述べ、述べ終って前記の様に掌を開いて一廻転させ円を描き髭をなでる。そして手が髭に触る時、口を結んだ儘ウウウーと口中で唸る。女子は左手を出して掌を上に半開き、右手の人差し指で左の掌をなで、その指を直ちに鼻の下、上唇の上を横に一文字になでる。此の時静かに「ハーップ」と云う。これが普通の御辞儀である

文字だけではイメージしにくいので、大正時代に同じく白老地方で撮影された以下の動画をご覧いただきたい。

白老地方特有の、細長く切った布によるアップリケで幾何学文様を描いた晴れ着「ルウンペ」を纏ったアイヌの男女。それぞれの性別ごとの挨拶を実演する。男性は両の手をすり合わせた上で掬い上げるように自分の顔に向ける。女性は人差し指で鼻の下を撫でる。

 

実写映画版「ゴールデンカムイ」におけるコタンのシーンそのまま。

さて、この「フチによるアイヌ女性特有の挨拶」は、実はゴールデンカムイの原作漫画には登場していないのである。少なくとも私が知る限り、「実写映画版」が初見だ。

漫画を描く

アニメ化される

実写映画化される

 

段階を経るごとに、幾多の識者の考察を経てアイヌ文化の描写がより正確に、より深みを増していく
そしてマンガという静止画像ではわからない所作が、動く画像を見ることでスムーズに理解されていく。

漫画版でそのすぐ後に登場する少女が「あたしオソマ」と自己紹介しつつ鼻の下を指で撫でている場面。
アイヌ文化に知識が無いまま読めば、ただ「鼻の下をいじっている」としか見えないだろう。

だが実写映画のフチの仕草を鑑賞した上で、改めてその場面を読めば、「礼儀正しい少女」「大人に憧れ仕草を真似る少女」との予感が膨らんでいく。

そんな意味でも、映画化はまさに成功と言えるのではなかろうか

 

©野田サトル/集英社 ©2024映画「ゴールデンカムイ」製作委員会

プロフィール
フリーライター
角田陽一
1974年、北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドアや北海道の歴史文化を中心に執筆。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)、執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。

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