映像2024.07.17

「モノノ怪」シリーズの生みの親が紡ぐ「情」と「業」の人間ドラマ、劇場版で再来!

Vol.65
『劇場版モノノ怪 唐傘』監督
Kenji Nakamura
中村 健治
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2006年にフジテレビ「ノイタミナ」枠にて放送され、驚異の視聴率を記録した「怪 〜ayakashi〜」の一編「化猫」。2007年にはその「化猫」から派生したテレビアニメシリーズ『モノノ怪』が放送された。

浮世絵のような極彩色・和紙風のテクスチャ・畏怖を増長させるようなカメラワークなど独特の世界観が話題になり、人間の内面に渦巻く「情」と「業」を描く物語は、多くのユーザーから共感を呼んだ。

「化猫」から18年、「モノノ怪」放送から約17年。ついに2024年7月26日に『劇場版モノノ怪 唐傘』が公開される。今回はシリーズの生みの親である中村健治監督に、「化猫」の誕生秘話から、なぜこのタイミングでの映画化に至ったのか。自身の死を覚悟したというキャリアについて迫っていく。

「化猫」の作風は、綿密な調査と深い解釈により生まれた

2006年に「怪 ~ayakashi~」の一編「化猫」が放送されました。当時はどんな流れで放送が決まったのでしょう?

実は、初めから具体的な企画があったわけではなく、「深夜アニメ」「怪談物語」「タイトルは化猫」というシンプルなオーダーをノイタミナのプロデューサーさんから貰ったのがきっかけでした。

「ハチミツとクローバー」、「Paradise Kiss」と続いていたノイタミナの枠では、「化猫」の作風はかなり異色だったと感じています。

ですね。ただお話を貰ったときは、テーマ的にアニメに向いていないんじゃない? と思っていました(笑)。

アニメに向いていない?

「化猫」は江戸時代末期をモチーフにしているのですが、歴史系をアニメで表現するのには限界があるんじゃないかと考えていたんです。アニメーションは、空想・SF・ファンタジーと、現実にはないものを描くには合っているけど、歴史上の生々しさとの相性は悪いと考えていました。

言葉を選ばずに言うと、アニメは絵でしかありません。だからこそ綺麗に映るけど、一方で残酷なシーンさえ美しくなってしまう。悲惨な状況に対しても感情移入がしにくく、「死」という重厚なテーマがある種、情報としてしか受け取れなくなってしまうんです。だから「化猫」の話を受けたときもあまり前向きではありませんでしたね。

怪談というテーマに関してはどう考えていましたか?

『怪 〜ayakashi〜』のプロデューサーである梅澤(淳稔)さんから、「海外のホラーは化け物をモンスターとして扱うけれど、日本の怪談は、ストーリーが進んで物語の背景が見えていくにつれ、化け物に視聴者が感情移入できるような構成になっている。そこを踏み外しちゃいけないよ」と言われて、怪談そのものを考えはじめたんです。

絵柄や世界観など、かなり独特ですが、どんな着想を得てこの作風になったのでしょう?

『十二人の怒れる男』、『犬神家の一族』、『エクソシスト』等の映画や、小説「魔性の子」(※1)などいろいろな作品からインスパイアを受けつつ、「化猫」に落とし込んでいきました。

※1魔性の子:1991年に刊行された小野不由美作のロー・ファンタジー・ホラー小説。「十二国記」の序章。さまざまな怪奇現象を化学の力で解決していき物語が進んでいく。

例えば「化猫」に登場する怪異が起こす心霊現象には理由があり「形(かたち)・真(まこと)・理(ことわり)」(※2)を紐解かないと退治できない。そこにいろいろな人の思いや背景を交差させ、最後はバトルシーンで締めくくる…。そのフォーマットをベースに発想を広げつつ、会議を通してストーリーや構成に対して一つ一つ名前を付けていきました。

※2 形・真・理:モノノ怪を退治するには、モノノ怪の「形」と「真」と「理」を明らかにする必要がある。形はモノノ怪となりし妖(あやかし)の名、真はモノノ怪が生まれるきっかけとなった事件の伏せられた真実、理はモノノ怪となってしまうほどの深い情念・晴らしたい恨み・届けたい気持ちを指す。

突発的な発想ではなく、少しずつ「化猫」の形を作っていった

作風が特徴的で突然の思いつきで作ったように思われるかもしれませんが、綿密な調査と話し合いで作り上げた作品です。人間のディープな部分や、怪談のあるべき姿を自分なりに解釈した結果、視聴者の心に残るような演出とフォーマット、作風になったんだと思います。そこから『モノノ怪』へと繋がっていったんです。

18年越しの映画化『劇場版モノノ怪 唐傘』トレンドと技術のバランスを慎重に

「化猫」放送から18年の時を超え、『劇場版モノノ怪 唐傘』の映画化に至りました。映画化までの経緯について教えてください。

これはひとえに、ツインエンジン代表の山本幸治の執念ですね。山本さんはもともとフジテレビのビジネスサイドで作品に参加しており「モノノ怪」については「このまま短編アニメで終わるのはよくない」と言ってくれて、今回の映画化に至りました。映画の話は2020年くらいから進んでいたのですが、「化猫」が放送されていた時期は業界的にも権利関係の部分はグレーなことが多く、その辺りを整理するのに凄く労力がかかるんです。そういった煩雑な部分を彼がしっかり整え、もう一度「モノノ怪」が作れる環境を用意してくれました。

試写を拝見しましたが、演出や、デザイン面のアップデートなどもありました。ここ数年で映像技術やトレンドも変わってきた中、どんな点に気を付けて制作に臨んでいますか?

今のアニメーションは、派手なアクションと実写のような演出がトレンドだと思います。ただ『モノノ怪』は、数十年経っても古さを感じないコンテンツにしたいと思いながら作っていたので、トレンドは最小限にしました。流行りばかり取り入れると逆に古くなってしまうんです。

古くなるというのは?

流行りものは話題にもなりますが劣化も早いので、旬が過ぎた演出は後々ダサくなってしまいます。今は配信プラットフォームが普及して誰でも昔の作品を見られるようになりましたが、多分どこかで皆さんも感じていると思います。「古っ!」みたいな(笑)。自分が過去に携わった作品は基本的にタイムレス・不変性という部分を大事にしています。

とはいえ、質感の面では今のアニメーションの技術レベルはとても高いので、そこは存分に投入しました。必要な技術は入れつつ、時代にマッチさせすぎない。そのバランス感覚を大事にしながら作りました。

今回は「大奥」という舞台で物語が展開されます。どんな点を意識して制作に臨んでいますか?

まずは「大奥」をしっかり理解するために、専門の方に監修してもらいつつ自分たちでも勉強しました。ちなみに、「大奥」と聞くとどんな物語が思い浮かびます?

こう…女同士のバチバチな闘い!みたいなイメージです。

そう。「大奥」をテーマにした作品って、ドロドロした争い! みたいなワンパターンの作りが多いんです。でも、本当にそれでいいの? という点をしっかり検証しました。

調べて見ると、色恋やドロドロとした部分はワンポイントとしてありますが主ではなく、基本的には官僚機構なんです。諸国から来た陳情を中央に吸い上げ、内戦がおこらないように女性同士でコミュニケーションをとる。そこでできた法案や予算におじさんたちがサインしていた…という流れが、300年ものあいだ続いていたそうです。

自分的には官僚機構としての「大奥」を主にして描くほうが面白いので、その世界観をベースにしつつ、『モノノ怪』特有のなんちゃって時代劇にアレンジすることを意識しました。「大奥」の資料は少ないのですが、安易に「大奥って多分こうだよね」と早合点しないところからはじめました。

「死」を覚悟した20代。それでも、好きなアニメを作りたい

中村さんは最初、アニメ業界ではなく広告代理店に入社されていますが、どんな理由があったのでしょう?

小さい頃からアニメは大好きでしたが、業界には絶対入りたくなくて(笑)。お金もない、人もいない、夜も帰れないというブラックなイメージがあったので、アニメは見ているだけでいいやと思っていました。

しかしその後、会社を退職し代々木アニメーション学院に入学した後、アニメ業界で働きはじめることになります。どんな心境の変化があったのでしょう?

働くのが本当に大変で、同じ苦労をするなら好きなことがいいって考え方が変わったんです。それでアニメ業界で働いてみると、昔は根暗だった自分がたくさん笑って、喋るようになってきました。学生時代の僕を知っている人には、人格が違うって言われるようになりました。やはり好きなことやっていると、多少つらくても楽しいんだなって。

アニメ業界が楽しいと思えた理由は何だと感じていますか?

何とも言えないんですが…昔自分が好きだった面白いアニメを、自分でも作ってみたい。自分がアニメを見て感動した体験を視聴者の人たちにも届けたかったんです。自分がこれまで貰ってきたプレゼントを、お返ししたいという気持ちに近いです。

広告代理店にいたときは、そういう気持ちにはなれなかった?

ぶっちゃけると、広告代理店では給料も高く、お金に困ったことは一度も無かったんです。でも、人をモノみたいに扱い平気で嘘をつくような劣悪な環境に嫌気が差してきて。ここでずっと働かないといけないと考えると、毎日楽しくなかったんです。

次第に大好きだった唐揚げ弁当の味が分からなくなるくらいに追い詰められてしまって。それを自分は「唐揚げ弁当ショック」って呼んでいるんですけど(笑)。食が喉を通らず、体重もどんどん減ってしまい、これはもう続かないなって思ったんです。

そこからアニメ業界に入ってみて、どうでしたか?

アニメ業界は本当にいい人ばかりでした。もちろん大変なことやキツいことはありますが、さらにひどい環境を経験した自分にとってはかすり傷にもなりません。やはり、いくらお金を稼げても自分に合っていない場所は、よくないですね。まあ、アニメ業界に入ったら入ったで「稼ぎたい!」って思いましたけども(笑)。

ただ、幸福度の観点では遥かに改善された

幸せというより、「いつ死んでもいい」って思えるようになりました。キツかった時期は生きたいと思っていたんですけど、今はいつ死んでもいいかなみたいな。

死んでもいいというのは?

実は、会社を辞めてアニメ業界に入る際、身体に大きな影が見つかったんです。当時20代半ばで、東京に上京する半年前くらいに大学病院に行って検査をしたら、奥で看護師の方と先生が「若いのにねぇ…」と言っているのが聞こえてしまって。

聞こえていないフリをして検査室に入ったら、「次に来るときは、親御さんを呼んでくれる?」と言われて、ああ、もう死ぬんだなって思ったんです。

大好きなアニメ業界に入る矢先で、ショッキングな出来事ですね…

親にも言えなかったですね。それまでの人生で、自分は本気で泣いたことが無かったんです。でも、その日は夜中から朝まで泣き続けたのを覚えています。それで「神様、あと10年だけでいいから命を伸ばしてください」って必死に祈ったんですよ。

大好きなアニメ業界で、10年だけでいいから働きたい。10年経って一度でも監督ができれば、いつ死んでもいい。そう思いながら祈っていました。

検査の結果は、どうだったのでしょう?

自分の死を覚悟した瞬間でしたが、幸い腫瘍は良性でした。

そのとき、一緒の部屋で検査していた方々は末期症状で、それでも必死に治療されている姿を見ていました。これほど生きたいのに、生きられない人がいるんだって肌身で感じて、そこからいろいろなことが平気になりました。

そして約10年後、神様にお願いしたとおり、35歳のときに「モノノ怪」の監督を務めることになります。だから自分にとって、今は人生のおまけステージみたいなものなんです。

「モノノ怪」15周年サイトで「この1本で監督キャリアが終わってもいいと思って作った」とコメントしていたのは、その経験から出た言葉だったんですね

そうなんです。建前ではなく本当に思って出た言葉でした。当時自分は演出家としての経験も豊富ではなく、絵コンテを2作分くらい描いたことがあるだけ。「なんかやらなきゃマズいな」と思って引き受けたのを覚えています。

今は本当に、いろいろなことがすっきりしています(笑)。ただ作品作りのときだけは、命を削ってもいいと思って向き合っています。いい経験をさせて貰いました。

そういった経験を経て、監督としてご自身が大切にされている価値観や考え方には何がありますか?

少しだけ世の中に、お節介をするような作品を作っていきたいです。

僕は究極、エンタメって世の中に無くてもいいと思っていて。エンタメより、食べ物を作ったり、水を綺麗にしたり、ゴミを回収してくれるような人たちの方が意義のある仕事をしていると感じています。僕らは遊びのような仕事でお金を貰っているので、であればせめて世の中のためになるような、社会性を少しだけ帯びたメッセージを入れておきたいなと思っています。

説教臭くならない程度に、メッセージ性を入れるということですね。

今は何か不祥事を起こしてしまうと、叩かれてすぐに無くなってしまうので、その覚悟もしています。そして自分でその種は決して蒔かないよう、日々気を付けています(笑)。

最後に、アニメ業界をはじめクリエイティブに携わる人々にメッセージをお願いします。

周りの人の言うことは気にしなくていいです。以上です(笑)。

いい子ちゃんにならないで、わがままなくらいがちょうどいい。少しのわがままで理不尽に怒る先輩がいるならば、その人は器が小さいだけ。そういうのも無視していいです。自分の道を行ったほうが、絶対に楽しいですから。

取材日:2024年6月6日 ライター:FM中西 動画撮影・編集:布川 幹哉

『劇場版モノノ怪 唐傘』

ⓒツインエンジン

7月26日(金)全国公開

キャスト:
薬売り:神谷浩史 アサ:黒沢ともよ カメ:悠木碧 北川:花澤香菜
歌山:小山茉美 大友ボタン:戸松遥 時田フキ:日笠陽子
淡島:甲斐田裕子 麦谷:ゆかな 三郎丸:梶裕貴 平基:福山潤
坂下:細見大輔  天子:入野自由 溝呂木北斗:津田健次郎

監督:中村健治
キャラクターデザイン:永田狐子
アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一
美術設定:上遠野洋一
美術監督:倉本章 斎藤陽子
美術監修:倉橋隆
色彩設計:辻󠄀田邦夫
ビジュアルディレクター:泉津井陽一
3D 監督:白井賢一
編集:西山茂
音響監督:長崎行男
音楽:岩﨑琢
プロデューサー:佐藤公章 須藤雄樹
企画プロデュース:山本幸治
配給:ツインエンジン ギグリーボックス 制作:ツインエンジン EOTA

主題歌
「Love Sick」アイナ・ジ・エンド(avex trax)
・劇場版公式サイト https://www.mononoke-movie.com/
・十五周年記念サイト https://www.mononoke-15th.com/
・公式 X: @anime_mononoke
  https://twitter.com/anime_mononoke 
・公式 Instagram
  https://www.instagram.com/mononoke_movie_official/

ストーリー

大奥とは、世を統べる“天子様”の世継ぎを産むために各地から美女・才女たちが集められた“女の園”であると同時に、重要な官僚機構でもある特別な場所。独自の掟が敷かれた“社会”でもあるこの異質な空間に、新人女中のアサ(黒沢ともよ)とカメ(悠木碧)が足を踏み入れる。
キャリアアップを図る才色兼備のアサ、憧れの大奥に居場所を求めるカメ。正反対の二人は初日から、大奥で信仰される“御水様”に「自分の大切なもの」を捧げるという、集団に染まるための“儀式”に参加させられる。そこで起きた出来事をきっかけに、二人の間には絆が生まれてゆく。御年寄の歌山(小山茉美)は、大奥の繁栄と永続を第一に考え女中たちをまとめあげるが、無表情な顔の裏に何かを隠している。そんな中、少しずつ、彼女たちを覆っていく“何か”。夜ごと蓄積されていく女たちの情念、どこからともなく響いてくる唐傘がカラカラと回るような異音、取り憑かれたように理性を失っていく女中…。
ついに決定的な悲劇が起こり、薬売り(神谷浩史)はモノノ怪を追って大奥の中心まで進むが、モノノ怪を斬り祓うことができる退魔の剣は「形」「真」「理」の三様が揃わなければ、封印を解き抜くことが叶わない。薬売りが大奥に隠された恐ろしくも切ない真実に触れるとき、退魔と救済の儀が始まる──。

プロフィール
『劇場版モノノ怪 唐傘』監督
中村 健治
1970年生まれ。2006年放送の初監督作品『化猫』(『怪 〜ayakashi〜』内の一篇)で大きな反響を呼び、以降、スピンアウトとなる『モノノ怪』をはじめ数々の作品で監督を務める。作中で扱うテーマは社会派から日常系までと幅広く、色鮮やかな画面と斬新な解釈で独自の世界観を構築する。
≪作品歴≫
『ガッチャマンクラウズインサイト』(TV/2015)監督、絵コンテ
『ガッチャマンクラウズ』(TV/2013)監督、絵コンテ
『つり球』(TV/2012)監督、絵コンテ、演出
『C』(TV/2011)監督、絵コンテ、演出
『空中ブランコ』(TV/2009)シリーズディレクター、絵コンテ、演出
『モノノ怪』(TV/2007)シリーズディレクター、絵コンテ、演出
『化猫』(TV/2006)シリーズディレクター

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