映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第37回『侍タイムスリッパー』
『侍タイムスリッパー』
▶タイムスリップ要素だけじゃない!映画製作を描いた作品や時代劇が好きな人にもおすすめ
武士道精神に痺れる度100
映画の仕事は宝探しみたいだ。たくさん公開される新作映画の中から自分にとって忘れられない宝物を見つける。だからこそ、映画との出会いを求めるのは価値があるし楽しい。
最近思いがけず出会ったのが、この夏の思わぬ拾い物。
幕末の武士が京都の時代劇撮影所に出現する「侍タイムスリッパー」だ。
(あらすじ)
時は幕末、京の夜。
会津藩士・高坂新左衛門は、密命のターゲットである長州藩士と刃を交えた刹那、落雷により気を失う。
眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。
行く先々で騒ぎを起こしながら、江戸幕府が140年前に滅んだと知り愕然となる新左衛門。一度は死を覚悟したものの、やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と、磨き上げた剣の腕だけを頼りに撮影所の門を叩く。
「斬られ役」として生きていくために…。
これがインディーズ映画とは・・・。拍手を送りたくなりました。
泣いて笑っての、あっという間の131分。完璧な娯楽映画でした。
これ、今年押さえないといけない1本であることを約束します。
時代劇であり、映画を製作する人々の映画であり、タイムスリップ映画としてもパーフェクトに面白い。
意外性のある秀逸な脚本。スタイリッシュな映像。人情味あふれるキャラクター。手に汗握るチャンバラシーン。武士道精神が現代にもたらす笑いと緊張と涙の見事なバランス。
無名の監督作品という前情報を大きく覆(くつがえ)す作品の完成度の高さに、SNSではインディーズ映画から全国区となった『カメラを止めるな』を想起させるという書き込みが続出しているそうですが、今回メガホンをとった安田監督の人物像がなんとも興味深い。
『拳銃と目玉焼』 (2014年)『ごはん』 (2017年)に続く未来映画社の劇場映画第三弾が今作『侍タイムスリッパー』とのことですが、安田監督は監督業だけでなく、本作にて脚本・照明・編集も担当。「自主映画で時代劇を撮る」という挑戦、安田監督のものづくりの壁と向き合うチャレンジングな姿勢…。なんだか聞いているだけでも前向きになれる背景ですが、映画実現までのエピソードもまた印象的。コロナ下、資金集めもままならずこの映画の企画を諦めかけた監督に「脚本がオモロいから、なんとかしてやりたい」と救いの手を差し伸べたのは、他ならぬ東映京都撮影所だったそうです。
10名たらずの自主映画のロケ隊が、時代劇の本家である東映京都で撮影を敢行する前代未聞の事態。半年に及ぶ製作期間を経て、なんとか映画を完成させました。
初号完成時の監督の銀行の残金は7000円と少しで、監督は「地獄を見た」と語っていたそう。まさに度重なる奇跡が生んだ傑作!!それにしても、7000円はパワーワードですよね・・・。
1967年生まれの監督は大学卒業後、さまざまな仕事を経た後、幼稚園の発表会からブライダル撮影、企業用ビデオといったビデオ撮影業を始め、イベントの仕事では演出、セットデザイン、マルチカム収録・中継 をこなしてきたそうですが、2023 年にお父様が亡くなり、実家の米作り農家を継ぎ、赤字に苦しみながらもどうにかこの映画を完成させたんだとか。誕生秘話まで映画のよう…。
今作は想像し易い”武士が現代にタイムスリップする物語”とはまた異なるものになっていた。タイムスリップ映画に求める、”タイムスリップした先での時代間のギャップ”だけではない。
プラスαの惹きつけられる要素がいくつもあった。
礼儀正しく、質素で、倹約的で、鍛錬を怠らず忠誠心を持ち…
そんな武士道精神をそのままに、現代に溶け込んでいく様子。
ただただ朴訥(ぼくとつ)と、ただただ真面目に、日々を大切にこなす高坂新左衛門を演ずる山口馬木也の佇まいは、幕末の武士が本当に現代に舞い降りたように想像させるリアリティーがあった。
現代人が忘れがちな武士道の格好良さを、再び思い出すことができた。
価値観や文化の違いを乗り越えて、自分の知らない時代を武士がリスペクトしていく様子を、笑いあり・優しさありで表現していて、発見に満ちた日常を送る新左衛門の姿は、見ているだけで愛おしい描写にあふれている。
そしてまた、時代劇の歴史・現況・知識を垣間見れる作品になっていたこともシンプルに勉強になる。時代劇の現在地と全盛期だった頃との比較が数字を交えて説明されていたり、チャンバラ練習シーンでは刀を振り上げた時、後ろに立つ役者に刀が当たらないよう配慮するパフォーマンスの仕方が登場したり、今後時代劇を見たときに「おっ!」となりそうな豆知識も多く、純粋に興味深い。
さらには、同じ志を持つものの青春映画のような体感まである。
武士は映画の仕事をどこまでも愛する。
そして映画というエンタメもまた、数は減少傾向にありつつも侍を求めている。
サムライと映画の相思相愛の関係性がこの映画の中では物語の形で昇華されていた。
最後に、私が涙したところは劇中に登場する風見恭一郎の熱いスピーチだ。
この映画は映画作りの映画でもあるが、
なぜ時代劇が減っていく時代に時代劇をつくりたいと思うのか。
これがはっきりと言及されている点に拍手を送りたい。
───あの時代、精一杯生きた者たちの想いを何とか残したい。
こんな言葉が登場する。時代劇の枠に留まらず、歴史モノを作り続けたいと考える人々の心に触れられた気がすると同時に、観る人が減少していると言われているものを生み出す環境にいる人が、もう1度心を奮い立たされる姿が描かれ、広義では映画作りの人に届く話であるとも感じた。
どんな終わり方になるのかはお話しできないけれど、今作のラストは心温まるものになっている。
「時をかける少女」(1983)、「サマータイムマシン・ブルース」(2005)、「サマーフィルムにのって」(2021)、「四畳半タイムマシンブルース」(2022)など。
夏になると恋しくなるタイムスリップ映画の新たな傑作、ぜひ夏休みに劇場でご覧になってみてくださいね。
『侍タイムスリッパー』8月17日(土)より池袋シネマ・ロサにて公開
出演:山口馬木也 冨家ノリマサ 沙倉ゆうの
監督・脚本・撮影・編集:安田淳一
殺陣:清家一斗
撮影協力:東映京都撮影所
製作・配給:未来映画社
宣伝協力:プレイタイム
©2024未来映画社
公式サイト:https://www.samutai.net/
公式「X」: @samurai_movie