映像2024.08.07

吉田修一とアイデアを交換し作った映画『愛に乱暴』。「主人公の桃子は愛と怒りの両面があり、滑稽で面白かった」

Vol.66
『愛に乱暴』監督
Yukihiro Morigaki
森ガキ 侑大
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不穏な出来事により居場所を奪われ壊れていくヒロインを軸に、登場人物の内面をリアルに描いたサスペンス映画『愛に乱暴』。吉田修一の同名小説を森ガキ侑大監督が人間ドラマに昇華して映画化した。

結婚して8年になる初瀬真守(小泉孝太郎)と、真守の母親・照子(風吹ジュン)が住む実家の敷地内に建つはなれで暮らしている桃子(江口のりこ)。何事にも興味のない夫に対し不満を持ちつつ、手の込んだ献立やセンスのある装いなどで毎日を充実させていた。そんな桃子の周辺で不穏な出来事が起こり、桃子の日常は少しずつ乱れ始める…。

映像化が続く吉田修一の原作小説をどのように映画化しようと考えたのか、江口のりこをはじめとしたキャストの役へのアプローチに対して感じたことなどを監督に話を伺った。

ギミックに凝った演出より登場人物の心の機微や葛藤を大切に描きたかった

監督が原作本の映像化を熱望したと聞きましたが、どこに惹かれたのですか?

原作を読んで、生産性や効率化が求められる今の時代、ムダをなくしていくために社会のシステムが発展していく以外にも、もっと大事なこともあるのではないかと感じ、強く共感しました。生産性ばかりを求める社会に馴染めない人たちもいて、その人たちも必死に今を生きてもがいていることをきちんと伝えられればと思ったんです。

そしてもう一つ、人間って表裏一体だなと思いました。主人公の桃子は愛と怒りの両面が交互に出てきて、そこが滑稽に見えて面白かったんですよ。どこか人間の愚かさにも通じるものがあって…。その辺りが、今の時代にマッチしていて、共感してもらえるのではないかと思い、ぜひ映像化したいと思いました。

原作は叙述トリックがあり、映像化するのが難しいと言われていましたが…。

もちろん飽きさせないギミックなど演出は非常に大事だと思うのですが、それ以上に、桃子をはじめ登場人物たちの心の機微や葛藤を丁寧に描きたいという気持ちが強かったです。だから今回は、登場人物も原作より減らして、それぞれの関係性に注目して描いています。

脚本を作る段階で、原作者の吉田修一さんとはどのようなお話をされたのですか?

吉田さんからは「小説に囚われずに、森ガキさんたちが思う『愛に乱暴』を新しい形で思い切り描いてください」と言われました。私たちは、私が最初に原作から感じたような魅力を、どうしたら映画として観客のみなさんに届けられるかを意識して話し合い、脚本を作っていきました。自分たちなりの脚本を書き、吉田さんからアドバイスをいただいて直していくという形で進めさせてもらって。吉田さんから本当に素敵なアイデアをいただいたので、それらを組み込んでキャラクターを作れたのは本当によかった。みんなの知恵を集めた感じです。吉田さんが私たちチームを信じてくれたことで、納得のいく作品になったと思います。いい形で伴走をしていただきました。

吉田修一さんの作品はこれまでも多数映像化されていますが、魅力はどこにあると思いますか?

作風の幅が広く、このようなテイストもあるんだと毎回驚かされています。人間の愚かさが描かれることが多く、愚かな中にも人間味あふれる個性的な登場人物が多く出てくるのも吉田さんの作品ならでは。ユーモラスな登場人物に毎回惹かれます。

現場で、役が体に入ってエンジンがかかっていく様子は、江口のりこさんらしかった

居場所を奪われ、追い詰められていく主人公の桃子を江口のりこさんが演じていました。どのようにして桃子像を作っていったのですか?

脚本を書いている段階で、人間くさいリアリティあふれる桃子を演じられるのは江口さんしかいないとなり、すぐにオファーしました。撮影に入る前に江口さんといろいろ話し合って桃子像を作っていったのですが、現場でディスカッションできたのが大きかったです。江口さんも現場に入ってから桃子像をリアルに掴めていったようで、「桃子ってこういうこと言いますかね?」「桃子ってこういう行動をとりますよね」とお互いにアイデアを出し合いながら一緒に作っていった感じです。やはり現場に入って体を動かすことでより桃子になっていったというか…。もちろん事前準備はしていたけれど、実践になるとエンジンがかかるんですよね。江口さんが桃子になっていく姿はあまりほかの役者さんにはないアプローチの仕方だったので勉強になりました。

今回は順撮りだったとのことですが、役を作る上で影響は大きかったですか?

撮影を通じて役は体に馴染んでいくものなので、順撮りで進めることで役がより濃く作られていったと感じています。今回、順撮りは江口さんの役へのアプローチとうまくハマりましたね。きっと順撮りでやった方が役者さんたちはやりやすいと思うんですよ。どんどん役が体に入っていってエンジンがかかっていくので。現場のスタッフさんもやりやすさを感じているようでした。今、何を撮っているのかが明確ですから。やりやすい現場を作るのも演出の一つなので、今後も可能な現場では順撮りで撮影していきたいと思いました。

桃子の夫・真守を小泉孝太郎さんが演じていました。小泉さんのパブリックイメージとは真逆のキャラクターに驚きました。

バラエティー番組とかに出ている素の小泉さんって、どこか愛らしさがあるんですよ。だからこそ冷酷な役を演じるとハマるではないかとキャスティングの段階で話していました。これまで見たことがない小泉さんを引き出せたら、この映画は成功するのではないか。実際、観た方からは「どこに小泉さんがいたの?」という感想もあり、狙いどおりになったのではないかなと思います。真守は何を考えているのかわからないミステリアスさがある男性なので、髪の毛は下ろして表情があまり見えないようにする…などスタッフ一丸となり真守を作っていきました。

真守を常に気にかけている母親・照子を風吹ジュンさんが演じ、純粋さゆえのエゴが全面に出ていたのも面白かったです。

風吹さんにお会いして最初に言ったのが、「これまで演じてきた役の中で一番悪い人になって欲しいです」でした。風吹さんはいい人なのでどうしてもいい人オーラが出てしまう。そのいい人オーラを逆手にとって何を考えているか分からない悪い人に映ればいいなと思いました。直接的に訴えるのではなく、気づかないうちに人を追い込む不気味さみたいなものを照子から感じていただきたいです。

風吹さんともいろいろお話をさせていただきました。風吹さんはそれをすべて細かくメモされるんですよ。風吹さんの台本を見せていただくと、自分の役の変化について非常に細かくメモされていて…。その準備の細かさにも驚かされました。

三者三様の役へのアプローチだったんですね。

江口さん、小泉さん、風吹さんとみなさん異なっていて、だから面白かったです。それぞれが作りあげたキャラクターが、絶妙なバランスでハマった感じがします。

フィルムで質感を、音でリアルさを出して、桃子の人間性を映していった

フィルムで撮影されていますが、どのようなこだわりがあったのでしょうか?

生々しい人間の質感を届けるにはやはりフィルムでないと出せないと思って、最初からフィルムで撮影したいと考えていました。床下に入ったり、チェーンソーを振り回したりと日常的でないこともよりリアルに、日常の続きとして映ればと考えてフィルムで撮影しました。それはうまくいった気がします。また、何度も撮り直せないため一発勝負が多くなるんですよ。その緊張感が現場から出てきて、それが役者に伝わり、演技に反映されていく…。緊張感がつきまとう作品でもあったので、空気感はピッタリでした。

同時に音楽も多用せず、息づかいや生活音などが聞こえてくるのもリアルでした。

音楽も気をつけた点です。フィルムでの撮影を含めて、脚本の段階からリアルさを表現するためにはどうすればいいのかを考えた結果です。音楽も、桃子の感情が盛りあがるところなどピンポイントで入れるくらいで、あとは生活音を大事にして。物語全体の不協和音を音でも伝えられたらと思いました。

五感で桃子が感じるズレや生きづらさ、人間性をリアルに伝えていたんですね。

桃子の人間性が表われているシーンと言えば、真守の不倫相手にスイカを持っていくシーンです。桃子は不倫相手のことを殺したいと思うほど恨んでいる、けれど彼女の体を心配してしまう、人間として優しさが垣間見られる場面です。その行動こそ愛と怒りの表裏一体。桃子はとても人間らしくて愛らしいんです。それをよりユニークに伝えるためにどう表現するかを考えていたときに、ちょうどロケ地の裏にある畑で作業していた近隣のお母さんからスイカのお裾分けをいただいたんですよ。これはこの作品で使えるなって思いましたね。人の家を訪ねるときにお土産を持っていく桃子の生真面目さも描かれていて、桃子らしさが伝わるいいシーンになりました。

あのシーンは、映画を作っている最中にアイデアが浮かんだんですね。

今回は、いろいろ要素が組み合わさって化学反応が起きて、できあがった映画だと感じています。初瀬家の嫁姑の関係のいびつさを含めて、あの場所でないと生まれなかったことも多かったはずなので。だから映画って面白いんです。

探究心を常に持ってモノの裏側にいる人間のことを考える

そもそも監督は、いつ頃から映画監督になることを意識されたのですか?

中高は陸上一色で、箱根駅伝に出て、いずれはプロの陸上選手になりたいと思っていました。僕は広島県出身ですが、広島県はオリンピックにも出た為末大さんを輩出しています。県のあらゆる陸上の記録を為末さんが持っているんです。記録会などのプログラムを見たら為末さんの名前ばかり。それを見て、高校の自分のレベルと為末さんの高校時代のレベルを比較して、為末さんぐらいの記録を持たないと陸上でご飯は食べられないかもしれないと高校3年生の時に気づいてしまって…。そしたら急に、以前から好きだった映画に携われる映画監督になりたいと思うようになりました。映画は、日常の嫌な気持ちとか不安な気持ちを吹き飛ばしてくれるんですよ。疑似体験ではないですが、違う時空に連れて行ってくれて救ってくれる存在というか。漠然とですが、映像の世界で仕事に就けたらと考えるようになりました。

映画監督を意識しながらも、最初は広告業界に就職されますよね。

映画監督になるにはどうしたらいいのかわからず、まずは本屋さんに行って、「映画監督になるには」という本を見つけて読みました。現場からアシスタントとして入るパターンと、広告業界で活躍して映画監督になるパターンと、数パターンが書かれていました。そこで初めて広告業界から映画監督という道があることを知ったんです。とはいえどうやって就職したらいいのかわかからず、まずは映画会社に連絡したのですが、演出家は募集していないとのことだったので、広告業界に飛び込んだというのがこの世界に入った始まりです。いつか映画監督になる、という気持ちは常に持っていました。

そこで広告やMVを撮られていくんですね。違いを感じることはありましたか?

最初は映画を意識していたのですが、そもそも映像の勉強を何もしていないので、まずは一度映画のことは忘れて、真剣に広告とMVに向き合うことにしました。違いは、映画を撮るようになって感じることが多いです。広告はやはりクライアントと視聴者のものであって、何をしたら広告主さんのためになるのかというゴールがあるんですよ。対して映画は自分の表現でどれだけお客を呼べるのかがゴールです。表現のアプローチが非常に大切になるので、そこに自分のすべてを注力できるのが映画だと思いました。どのようなことがあってもすべて自分の責任となるのは映画の怖いところですが、それだけ責任感を持って作れるのは幸せだと映画を作りながら日々感じています。

広告業界から入って良かったと思うことはありますか?

現場でスタッフをまとめたり、演者にやりたいことを伝える力をつけることができたので、それはよかったと思います。映画の現場は人が多く、現場で仕切って指示を出して引っ張っていくのは結構大変ですから。あと全体を俯瞰して見れているのも広告を経験した良さかもしれません。

監督がクリエイターにとって大事だと思うことを教えてください。

一番は探求心ではないでしょうか。政治経済、建築物、洋服、器…など、日常のことに対して、この人はなぜそう思ったのだろう? なぜこれを作ったのだろう? という疑問をもつことが大事だと思います。それがなくなったらクリエイターとして新しいモノを作り続けていくのは難しくなると思うので。どのようなモノにも裏側に人がいるんですよ。例えばスクリーンに映るイス一つとっても、ここに座っていた人はどういう人で、作った人はどのような人なのか?と背景があって…。そうした裏にある意図を感じられると、映像は意味を持ってきます。言葉で説明するのは簡単ですが、言葉以外の美術や背景などから、この人がいつも考えていることとか、どういうポリシーを持っているとかを見せることも大切で。それを伝えるためにはまず自分から考え始めることが必要。映像の技術的なことだけではなく、そこに映っているモノからもいろいろ感じ取っていただきたいです。

取材日:2024年6月26日 ライター:玉置 晴子 動画撮影・編集:布川 幹哉

『愛に乱暴』

Ⓒ2013 吉田修一/新潮社 Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会

8月30日(金)より、全国ロードショー

江口のりこ
小泉孝太郎 馬場ふみか
風吹ジュン

原作:吉田修一『愛に乱暴』(新潮文庫刊) 
監督・脚本:森ガキ侑大
脚本:山﨑佐保子/鈴木史子 
音楽:岩代太郎
製作幹事:東京テアトル/読売テレビ
配給・制作:東京テアトル
制作プロダクション:ドラゴンロケット
Ⓒ2013 吉田修一/新潮社   Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会
映画公式サイト:www.ainiranbou.com  
公式X:@ainiranbou
 

ストーリー

夫の実家の敷地内に建つ“はなれ”で暮らす桃子は、結婚して8年になる。義母から受ける微量のストレスや夫の無関心を振り払うように、センスのある装い、手の込んだ献立などいわゆる「丁寧な暮らし」に勤しみ毎日を充実させていた。
そんな桃子の周囲で不穏な出来事が起こり始める。近隣のゴミ捨て場で相次ぐ不審火、愛猫の失踪、不気味な不倫アカウント…。平穏だったはずの日常は少しずつ乱れ始め、やがて追い詰められた桃子は、いつしか床下への異常な執着を募らせていく・・・。

プロフィール
『愛に乱暴』監督
森ガキ 侑大
1983年6月30日生まれ、広島県出身。大学在学中にドキュメンタリー映像制作を始める。卒業後、CMプロダクションに入社し、CMディレクターとして活動。2017年に、『おじいちゃん、死んじゃったって。』で長編映画監督デビュー。海外映画祭での受賞に加え、ヨコハマ映画祭・森田芳光メモリアル新人監督賞を受賞。その後、TVドラマやドキュメンタリーなどの映像作品を演出し、数々の賞を受賞している。近作は、コロナ禍の日本における人と仕事を追ったドキュメンタリー『人と仕事』(’21)などがある。

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