映像2024.09.04

カンヌでも評価を集める山中瑶子監督の初の長編映画『ナミビアの砂漠』「私たちの世代ならではの“今”が描かれている」

Vol.67
『ナミビアの砂漠』監督
Yoko Yamanaka
山中 瑶子
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第77回カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞した山中瑶子監督の初の長編映画『ナミビアの砂漠』。19歳のときに自主制作した『あみこ』が史上最年少でベルリン国際映画祭のフォーラム部門に出品され世界にその名をとどろかせた山中監督が、本作で再び、今を生きる1人の女性を描いた。
主人公は、東京で暮らす21歳のカナ。やり場のない感情を持て余したまま、優しいけれど退屈な恋人のホンダ(寛一郎)と同棲生活を送っていたカナは、自信家の映像クリエイター・ハヤシ(金子大地)に乗り換えて新生活を始める。しかし次第に退屈な世の中と自分自身にカナは追い詰められていく…。
カナには『あみこ』を観て女優を目指したという河合優実が扮し、先の見えないことにもがき、暴れるカナを圧倒的なパワーとエネルギーで見事に体現した。
山中監督に、どのようにして作品が作られていったのか、今後のキャリアについて語ってもらった。

自分1人の脳みそから出てくるものに限界を感じていた

河合さん主演というのは決まっていたとのことですが、どのようにして作られていったのですか?

はじめは別の原作モノの映画を撮る予定でしたが、撮影時期は変えずにオリジナルの脚本で撮影をするという形でシフトチェンジし、スタートしました。いざ始まってみると、どのようなことを描きたいかを考えたとき、私はあまりストックがあるタイプでもないし、やりたいことが溢れて仕方がないみたいなことがないから困ってしまって…。ただ予算は決まっているので、この中で何ができるか? を考えると、設定は現代、場所は東京、そして河合さんが主演なので、世代的にも20歳前後を撮るしかないとなっていきました。ですから、特別“Z世代の女性の今”を撮ろうとして生まれた作品ではないんです。

監督は『あみこ』のときも1人の女性の“自分でも理解できない心情”を見事に表現していましたが、今回のカナももがき、あらがっていましたね。

私は、女性がきちんと自我を持っている作品に惹かれるんですよ。なぜそう感じるのかを考えたら、自我のある女性が主人公の映画がそもそも少ないということもあって。やはりこれまでの映画界は男性の監督が大半を占めていたこともあり、登場する女性像もどこか物語にとって都合がよかったり、面白くてもこんな人いるか? という面では疑問を感じるキャラクターが多くて。だからこそ、私は自分が惹かれる実在感がある女性を描きたいという気持ちが強くあります。

脚本は河合さんをはじめ、同世代のスタッフたちとお話をして、そのエピソードを反映させて作っていったとのことですが、なぜそのような作り方をされたのですか?

作品に普遍性を持たせたかったのと、撮影まで時間もないし、自分1人の脳みそから出てくるものに限界があると感じていたのも大きいです。もう既に年下の世代の考えることがわからなくなってきていますが、でもみんなの話を聞いて、自分が今の日本や時代に関して感じていることはそう変わらないと感じました。
例えば、社会に閉塞感があるというのはずっと同じで。だからこそ自分はやりたいようにするという人もいれば、怒っている人もいるし、生きづらく感じている人もいてさまざまなのですが、根底にある肌感覚は一緒だなと気づかされました。あと、世の中が消費を促しつつ消費されている感覚もあるし…。その辺りを詰め込んだ、私たちの世代が感じる“今”を描けたかな?とは思います。

情報量を減らすために画像サイズをスタンダードサイズに

カナを演じた河合さんとは、撮影前にどのようなお話をされたのですか?

脚本を書く前や悩んだときに何度かお会いしてざっくばらんに話をしました。そのときにかなりコミュニケーションは取れた上で河合さんを当て書きしていますし、脚本に書いてあることで既に深く理解してくれていて、現場ではとくに説明はしていないです。そもそも私は脚本を渡したときに俳優に細かい説明はしないんですよ。もし分からないことがあれば言ってください、というくらいで。あとは現場で違ったら声をかけるくらい。今回も同じような感じで現場に入ったのですが、河合さんはカナのことをたくさん考えてきてくれたんだと感じました。脚本には書いたけど「これは成立するのかな?」と思っていたシーンとかも、河合さんが成立させてくれて。現場には私が想像していた以上のカナがいました。見ていて楽しかったし、何度も驚かされました。

特に河合さんのどの部分に驚いたのですか?

脚本を読む力と全体を俯瞰する力の両方を兼ね備えていることです。カナは気分の変化が激しいので、シーンによって全く違う人に見えたりするんですよ。でも河合さんは前のシーンとのつながりを意識して、カナという人物を違和感なく表現してくれる。かなりプランを考えて現場に来てくれ、そして現場ではプランに縛られることなく自由に演技をして、カナになっていたと思います。本当にステキでした。

監督が好きだったシーンを教えてください。

カナとハヤシの都庁デートです。カナが紙パックの小さいジュースをチューチュー吸いながら目線を泳がせているのですが、そこがカナらしくて。都庁なのでスーツ姿の働き人たちがいっぱい歩いている中でのギャップが、とても面白かったです。

今回は、画角が昔のテレビ画面を見ているようなスタンダードサイズを起用したり、ズームを多用したりしていますね。

この作品はカナを見る映画なので、サイズや撮り方にはこだわりました。カナは社会の情報量に疲れて注意散漫になっているのですが、どうしても通常サイズにすると見ている人もカナと同じくらいの情報を受け取ってしまうんです。そうするとカナの状態を適切に見ることができないと感じました。なので、カナの状態を見るには、さらにフォーカスしたサイズが適正だと思い、スタンダードサイズを選択しました。あと冒頭からズームを使用しているのは、カメラが近くで使用できないという環境的な要因もあったのですが、大勢の中からズームしていくと、どこか主人公感が沸いてきてこの人を見る映画なんだとわかりやすいということもあって。ストーリーではなく映像から、カナの状態を伝えられたらと思いました。

町田駅をふわふわと歩くファーストカットが印象的でした。

ファーストカットは毎回よく考えます。ここからこの映画に2時間近く付き合っていこうと思ってもらわないといけないので。あと、今の若者を映すといったら新宿や渋谷を思いつきやすいかもしれませんが、そういう記号化されていない場所をあえて選びたかったというのもあります。町田という場所でよりリアルにカナを感じてもらえた気もします。

常に世界を意識して映画を作っている

今回、監督にとって初の長編作品ですが、脚本を作るうえで意識したことはありましたか?

あまり意識はしなかったです。とにかく時間がなかったので、最後まで書き切るということが一番大切でした。一応、最初に起承転結や構成を浮かべながら進めるのですが、それに則って書き進めていくとどうしても無理に展開させないといけないことが出てきたりするので、それならと構成などにはあまり囚われずに感覚的なところを信じて書きました。でも撮り終わって最初に編集したときは170分とかになっていたので、かなり削っています。全部大事だし、全部ムダでもあるので削るのはかなり難しかったですが(笑)。

全部大事だし、全部ムダなんですね。

もちろん。私の中で、ムダがある映画っていい映画なのですよ。今回もそういう映画になっていると思います。

『ナミビアの砂漠』というタイトルが印象的ですが、どのような思いでつけたのですか?

ナミビアにあるナミブ砂漠に生息している野生動物の様子を見ることができる定点カメラからきているのですが、あれは国立公園内に人工で作った水飲み場なんです。それをYouTubeで流して収益を公園の維持費に当てているという、かなりシステム化されているもので。ナミビアって「何もない」という意味だそうで、砂漠は人間の介入しない、自然そのものというイメージが私にはあるのですが、そういうところにも人は介入するし、経済が回っているというのが現代らしいなと感じていて。そして野生動物の様子を安全圏でいつでも手軽に見ることができるその距離感についてなど、いろんなことがあります。

本作は、第77回カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞しましたが、最初から海外は意識していましたか?

『あみこ』でベルリンに行って映画祭を知り、日本国内の市場だけではなく海外の人が観ても面白いと思えるような作品をいつでも作りたいと考えるようになりました。なので、今回だけではなく常に意識しています。
海外の方にカナがどう映るのか。情報と物質に溢れているのは日本だけではないので、同じような気持ちを感じてもらえるとうれしいです。

これからも“今”の自分にしか撮れないものを撮っていきたい

監督はいつごろから映画監督になりたいと思われたのですか?

高校2年生の進路を決めるときです。高校に入ってから映画を見始めてちょうどハマっていた時期でした。親や先生は驚いていましたね。そんなに映画好きだったっけ?みたいな感じで(笑)。私自身、いろいろなものに興味を持って手を出したりするのですが、すぐに飽きたり次のものに興味が移ったりする性格なのですよ。でも映画は長く続けているのかも。でも映画を作っていない時間は何も考えていないので、継続して向き合っているわけではないですが。

映画を作りたくないと感じるときはあるのですか?

コロナ禍の自粛期間は何もしたくなくなってしまいました。映画も撮れなくて何をすればいいのかもわからず。最初はどうしよう、何をしようと焦っていたのですが、とにかく生きることだけを考えればいいんだと切り替えてからは楽しかったです。今まで映画を言い訳にやってこなかった、料理や整理といった身の回りのことに目を向けていって、自分がどういう人間なのかを知る時間でもありました。

監督は自主制作したデビュー作『あみこ』がベルリン国際映画祭に出品されるなど一気に注目を集めましたが、あのころはどのような気持ちだったのですか?

そもそも作っているときは映画館で上映されることも考えていなかったんですよ。なので、何もかもが驚きで。だから逆にそこまで浮かれたりもしなかったです。ただぼんやりとこのままだとヤバいという気持ちだけがあって…。正直、あまりにも急すぎたので、世界で注目を集めたのがまぐれなのかも自分で判断がつかなかったんですよ。映画のつくり方そのものも分かっていなかったですし、その何も分かっていないことが新鮮に映っていて評価されているのならイヤだなとも思っていて。だからここで浮かれず気を抜かず、地に足をつけて頑張っていこうとは思っていました。

あれから7年。短編やドラマ作品などを経験して、長編作品に挑戦。いい流れできていると思いますか?

ありがたいことにそんな気はします。もちろんその時々は大変だったことばかりの記憶があるのですが、終わってみればよかったなと。まぁ基本後ろ向きだけど、最終的にはポジティブになるというは元々の性格もあるので。ただ人生はとても長いのでこれからだと思います。

今後、撮りたいテーマなどありますか?

いつもストックがあるわけではないし気持ちも変わりやすいので、今これ!というのはないです。これからも“今”の自分にしか撮れないものを撮っていきたいです。そしてそろそろ個人映画から離れて、組織とかを扱った作品も撮ってみたいです。あとジャンル映画にも興味があって、ホラーとかもいつか撮ってみたいかも。やはりそのときの興味があるものを撮り続けていきたいです。

クリエイターにとって大切にしたほうがいいことは何だと思いますか?

自分にウソをつかないことです。無理しているなと感じているなら無理矢理進めない。私も過去に少し背伸びした題材に取り組んだことがありますが、やはり最後まで書けなかったです。自分にごまかしとかウソがある状態で取り組むといいことはないですから。
とはいえ、常に自分が納得するものだけを選んでいくのもムリなことで…。何かしらの妥協と譲歩と現実的な問題を天秤にかけて、ここは譲るけど、ここはやらせて欲しいなどバランスを取っていくことが大事かなと思います。

そのためにはコミュニケーションを取っていくことも大事ですね。

もちろん、悩んだり納得がいかないことは声に出していくことも大切。1人で抱えていてもストレスになってしまいますから。以前、ベテランのスタッフと一緒に作っていたとき、どうしてもうまく意思の疎通ができなかったんですよ。「大丈夫」と言っているのに顔は納得していないと勝手に感じたりして。でも最近気づいたのは、人の言葉はその言葉だけを素直に受け止めた方がいいなと。その人の気持ちや言葉の裏側を探ろうとしても真意はわかりませんから。仕事では「大丈夫」と言われたら、“大丈夫”と思えばいい。追い詰められるよりは自分に優しくあることが一番だと思います。

取材日:2024年7月23日 ライター:玉置 晴子 動画撮影・編集:布川 幹哉

『ナミビアの砂漠』

ⓒ2024「ナミビアの砂漠」製作委員会

9月6日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

■キャスト
河合優実
金子大地 寛一郎
新谷ゆづみ 中島 歩 唐田えりか
渋谷采郁 澁谷麻美 倉田萌衣 伊島 空
堀部圭亮 渡辺真起子

■スタッフ
脚本・監督:山中瑶子
製作:小西啓介 崔 相基 前 信介 國實瑞惠
プロデューサー:小西啓介 小川真司 山田真史 鈴木徳至
協力プロデューサー:後藤 哲
撮影:米倉 伸
照明:秋山恵二郎
録音:小畑智寛
リレコーディングミキサー:野村みき
編集:長瀬万里
美術:小林 蘭
装飾:前田 陽
スタイリスト:髙山エリ
ヘアメイク:河本花葉
助監督:平波 亘
制作主任:宮司侑佑
音楽:渡邊琢磨
制作プロダクション:ブリッジヘッド コギトワークス
企画製作・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

ストーリー

世の中も、人生も全部つまらない。やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きている、21歳のカナ。
優しいけど退屈なホンダから自信家で刺激的なハヤシに乗り換えて、新しい生活を始めてみたが、次第にカナは自分自身に追い詰められていく。もがき、ぶつかり、彼女は自分の居場所を見つけることができるのだろうか…?

プロフィール
『ナミビアの砂漠』監督
山中 瑶子
1997年生まれ、長野県出身。独学で制作した初監督作『あみこ』(’17)がPFFアワード2017に入選。2018年、20歳で第68回ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、同映画祭の長編映画監督の最年少記録を更新。香港、NYをはじめ10カ国以上で上映される。その後、山戸結希プロデュースによるオムニバス映画『21世紀の女の子』(’18)の『回転てん子とどりーむ母ちゃん』、オリジナル脚本・監督を務めたテレビドラマ「おやすみまた向こう岸で」(‘19、TOKYO MX)、ndjcプログラムの『魚座どうし』(’20)などを監督。『ナミビアの砂漠』は第77回カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞した。

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