堂本剛と初タッグを組んだ『まる』荻上直子監督「堂本さんの考え方や純粋さがキャラクターに反映されている」
『かもめ食堂』(2006年)『彼らが本気で編むときは、』(2017年)『波紋』(2023年)といったオリジナル脚本作品で国内外の数々の賞を受賞してきた荻上直子監督。2024年10月18日公開の新作『まる』は、27年ぶりの映画単独主演を果たす堂本剛とタッグを組んだ話題作となっている。
人気現代美術家のアシスタントをしている男・沢田(堂本剛)は、言われたことだけを淡々とこなす毎日を過ごしていた。ある日、交通事故による腕のケガが原因で職を失ってしまった沢田は、部屋にいたアリに導かれるように〇(まる)を描く。その画が知らないうちに高値で取り引きされて……。
自分なのに、自分でない──人生が転がってしまった主人公を中心に、日常が〇に支配される不思議な世界が描かれる。荻上監督に堂本剛との制作について、クリエイターとして大事にしていることなどを語ってもらった。
堂本さんとディスカッションしたことが脚本に反映されている
主演が堂本剛さんと決まってから脚本の執筆がスタートしたとのことですが、テーマはどのようにして生まれたのですか?
まずは堂本さんから、「自分が主人公で映画を撮るなら最近のインタビュー記事を読んでください」と言われて。記事の内容としては、理不尽なことをやれと言われても、子どものころは“子どもだから”と言われて、年を取ってくると“大人なのだから”と気持ちを押し込めて無理して仕事をしてきたために、自分が何が何だか分からなくなってしまったと書かれてあったんですよ。そして病気にもなってしまって、精神的にもつらい時期が長く続いた後に、音楽と出会って音楽をつくることでやりたいことを見つけられた、自分自身を取り戻せた……とあって。それを読んで、“自分自身が分からなくなってしまう人の映画”をつくりたいと思いました。
荻上監督は、自分のことが分からなくなってしまうという気持ちは分かりますか?
私は 30歳で映画監督としてデビューして20年以上映画を作ってきましたが、自分を見失うことはなかったです。映画をつくるということは自分自身と向き合うことなので、自分がしたいことや興味を持っていることがクリアになっています。ただ、記事を読んだりお話をして、自分自身を見失ってしまう人の気持ちも分かる気がしました。
堂本剛さんを当て書き(※)した主人公・沢田はどのようにして作られていったのですか?
脚本を書いていく段階で、(堂本さんと)何度かお話をさせていただきました。とにかく忙しく時間がない方なので、奈良のコンサートに向かう移動中の車の中でリモートミーティングを重ねたりして。私が質問してそれに答えてもらうみたいなことをずっとしていました。それにより堂本さんがどういう人なのか、どういう考えを持っているのかを知り、脚本に落とし込みました。今回は、堂本さんの考え方や人となりがエッセンスとなってキャラクターに活かされていった形です。
※当て書き:役を演じる俳優をあらかじめ決めてから脚本を書くこと
堂本さんは20年前にテレビで見かけてから気になる存在だった
現場での堂本さんはいかがでしたか?
堂本さんは自分が想像していたよりもずっと純粋で真面目な方でした。シーンごとにきちんとキャラクターの機微を話し合う時間を設けていたのですが、そこでもより彼の純粋さが伝わってきて……。キャラクターに真摯に向き合う姿を見られて、本当に贅沢な時間を使った制作をしているなと感じました。
印象に残っている沢田のシーンはありますか?
小林聡美さん演じる萌子のギャラリーで、自分が描いたものがすごい価格として売り出されていることを知ったときの、「3万円しかもらってないんですけど、ボクが沢田です」と言ってしまうシーンが好きです。作中では、沢田はずっと受け身なのに、このシーンだけ2ミリほど前に出る感じが面白いというか。沢田がチャーミングに映るんですよ。堂本さん自身もとてもチャーミングな人なので、そこが少し出ている素敵なシーンです。
そもそも堂本さんに興味を持たれたきっかけはあるのですか?
私は1994年から6年ほど海外に留学していたので、堂本さんがKinKi Kidsとして華々しくデビューした姿やそのときのブーム的なものはきちんと見ていないんですよ。ただアメリカから帰ってきて、30歳過ぎて自分のやりたいことや自分の生き方に迷って、自分の中で上手くいっていないと思っているときに、偶然テレビに映る堂本さんを見て、自分よりさらにつらそうな人がいるって思ったんです。もちろん笑っているし、面白いことを言ってみんなを笑わせたりしてエンターテインメントをしているのに、どこかつらそうに見えて。そこから気になる存在になっていき、ラジオを聞いたら彼が疲れているリスナーたちに優しく寄り添っていて。堂本さんの人を惹きつける雰囲気やご自身の持つ雰囲気に興味を持ちました。
完成した映画を見て自分が考えていることに気づかされることもある
沢田は自分が描いた〇が他人によりどんどん意味を持たされて、禅における円相として高く評価されるようになってしまいます。 “〇”を題材にしようと思ったきっかけを教えてください。
近年、子どもの絵がインターネット上で何千万円で売れたみたいな現象が起きていたりしますよね。そんな、「なぜこれが?」というものの価値がどんどん上がってしまう、という物語にしようと思いました。その究極が〇かな?と。誰にでもペロッと描けますから。〇を調べていくと、〇がさまざまな意味に広がっていくことに驚かされました。禅の世界での円相はもちろんのこと、お金という意味もあったり……。面白い題材だなと思います。
前作の『波紋』(2023年)でも枯山水が出てきましたね。
強く意識して描いていないですが、今の時代、禅という考え方がマッチしているのかもしれないですね。そして私自身がどこかしら惹かれているんだと思います。なお今回は仏教の話も多く出てきますが、堂本さんにこういうことなのですよ、とお伝えするとすでにご存じだったりして。奈良県出身ということもあるのかもしれないですが、仏教にも詳しくてさすがと思いました。
『彼らが本気で編むときは、』(2017年)以降、不条理な世の中で生きる人々を描いていますね。
これもそこまで意識していません。多分、自分が年を重ねてきて不条理な世の中を目の当たりにする機会が増えてきたから、テーマになることが多くなったというだけな気がします。毎回このテーマで描こうという感じでスタートしないんです。気になっていることを書いて撮ったら最終的にこういうことを描きたかったのか……となっていることが多くて。自分を映す鏡みたいな感覚で、できあがった作品を観ることが多いです。
自分の想像を超える作品にするには俳優やスタッフの力が大事
なぜ映画監督になろうと思ったのですか?
最初は撮影に興味がありました。大学生のころは写真をやっていたのですが、自分より上手な人が多くいて心が折れてしまって。なら映画をやろうと思い、アメリカに留学して映画学校に入学しました。そこは映画にまつわる全てのことを勉強するのですが、脚本を書いてみんなの前で読んだとき、アメリカの友達が笑ってくれたんですよ。英語があまり上手でないこともありクラスの中でも少しかわいそうなアジア人の女の子みたいな存在だったのに、初めて人として認められて笑ってもらえて。そこから自分のユーモアは日本だけではなくいろいろな国の人に笑ってもらえるかもと思うようになり、脚本を書くようになりました。そうすると今度は撮りたいと思うようになって……。で、今監督をしているという。ただ、これが難しいのですが、監督という仕事、自分に向いているとは思えないのです。できることなら1人でうじうじと脚本を書いている方が好きなんです。
自分の脚本を理想的な形に仕上げることができるから監督をされているのですか?
自分の描いた世界を面白くできる人を集めたり、その人たちとディスカッションをすることで、作品をさらに面白くできるのが監督だと思っています。ちなみに自分の想像を超える作品にするには俳優さんやスタッフさんの力が大事で、皆と話し合いながらアイデアを引き出し、さらに面白くするのが監督の仕事です。ただ一方で、もし自分が絵を描くのがとても上手だったなら漫画家になって1人でうじうじと考えながら作品をつくりたかったという思いもあるんですが(笑)。ストーリーを考えてキャラクターを動かして、ある程度自己完結できるのが漫画家さんだと思っているので。なので漫画家さんに憧れはあります。
本作もディスカッションをしながら撮影していったとのことですが、監督の現場では常に話し合いながらつくっていくのですか?
私の映画はみんなに意見を聞くことが多いです。今回はことさら話し合いに長い時間を設けたと思いますが。やはりみんなで共有しながら丁寧に撮るのは大事だと思います。
カメラワークを含め、映像も面白かったですね。
それこそカメラマンさんやスタッフさんの力で。面白い映像ができたと自画自賛しています。沢田が〇をたくさん描いている姿も、悩んでいる姿も、どれも素晴らしいです。
自分のユーモアを入れてこそ自分の映画だと思っている
荻上さんは映画監督になる前(94年~00年)と2012年に留学をされていますが、海外と日本の映画の現場を見て違うと感じる部分はありますか?
日本映画をつくるうえで気になるのは、やはり現場のつらさです。少しずつ良くなってきているとは聞いていますが、やはり(日本は)過酷な現場が多いようで。そこは改善していった方がいいと思います。ただ技術的な面に関してはアメリカも日本もあまり変わりないです。上手なカメラマンさんはどちらにもいますし。これからの時代、語学ができるのなら海外に軸を置いて監督をするのも一つの手だと思います。
クリエイターとして大事にしていることを教えてください。
自分のユーモアです。日本の皆さんはシャイなのか劇場であまり笑ってくれないのですが、海外の映画祭に行くとドッカンドッカン笑ってくれるんですよ。それを聞くのがうれしい。ユーモアは自分のカラーだと思っているので、それを遠慮することは絶対にやらないと決めています。例えば、この映画祭はこういうのは多分ウケないから止めよう……とかは思わないようにするという。自分のユーモアを入れてこその自分の映画なので。自分の作風の核は変えずにやり続けることがクリエイターとして大事なもののような気がします。
監督デビューから20年経ちますが、やりたいことは少しずつ変わっていますか?
どうなんでしょう。ただ常にこれを撮りたい、書いてみたいというものは頭の中に2、3個あります。それを形にしていくのが大変で…。映画監督としてこれまでずっと脚本も書いてきたので、他の人の脚本では撮れないと思っています。
オリジナル脚本を書いていて難しいのは、締め切りがあるわけではないので、自分に甘くなろうと思えば甘くなれてしまうという環境で。だからこそ、いつまでには脚本を書くとスケジュールを決めて、そのためには机に向かってうじうじと考えることが大事で。実は昔、ある俳優さんに、「寝転がって脚本を読むな!」って言ったことがあるんです(笑)。もちろん酔っ払っていたのですが、こっちは真剣に向き合って書いているのだから、読む側も真剣に向き合って欲しいと思って。自分勝手なひどいことを言ったと思っています。でも、それくらい真剣に向き合っています。
アイデアが浮かぶ瞬間はあるのですか?
向き合う時間が解決すると思っています。もちろん散歩に行ったりもします。でもその間もずっと考えている。若いときはひらめきでパッと書けるときもあったかもしれないですが、今はしっかり気持ちと向き合っていかないと浮かんでこない。そのための時間は使うようにしています。
その姿勢はどこか沢田に似ていますね。
実は本作は自分のことを表している作品だと思います。カメラマンが「沢田と横山(綾野剛が演じた沢田の隣人で漫画家)は表と裏、陰と陽みたいな存在だね」と言ってくださったのですが、まさしくその通りで。私自身、沢田っぽいところもあるし、うじうじとネガティブなことしか言わない横山な部分もある。実は、どのような人にも当てはまるのではと思っていて。そう思って見ていただけるとより面白いと感じていただけると思います。
取材日:2024年9月9日 ライター:玉置晴子
『まる』
10月18日(金)ロードショー
<ストーリー>
人生が転がり始めた男に襲い掛かる、奇想天外な出来事!
心までぐるぐる回り出す、至福の映画体験。
美大卒だがアートで身を立てられず、人気現代美術家のアシスタントをしている男・沢田。独立する気配もなければ、そんな気力さえも失って、言われたことを淡々とこなしている。ある日、通勤途中に事故に遭い、腕の怪我が原因で職を失う。部屋に帰ると床には蟻が1匹。その蟻に導かれるように描いた○(まる)が知らぬ間にSNSで拡散され、正体不明のアーティスト「さわだ」として一躍有名になる。突然、誰もが知る存在となった「さわだ」だったが、段々と○にとらわれ始めていく…。
■出演:堂本剛
綾野剛 / 吉岡里帆 森崎ウィン 戸塚純貴 おいでやす小田 濱田マリ
柄本明 / 早乙女太一 片桐はいり 吉田鋼太郎 / 小林聡美
■監督・脚本:荻上直子『かもめ食堂』『彼女が本気で編むときは、』
■音楽:.ENDRECHERI./堂本剛
■主題歌:堂本剛 『街(movie ver.)』
■制作プロダクション:アスミック・エース、ジョーカーフィルムズ
■製作・配給:アスミック・エース
●公式サイト:https://maru.asmik-ace.co.jp
●公式X:https://twitter.com/movie_maru2024
●公式Instagram:https://www.instagram.com/movie_maru