映像2024.09.27

映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第39回『最後の乗客』

vol.39
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『最後の乗客』

▶上映時間55分、時間がなくとも映画館で映画を楽しみたい方におすすめ

世界の映画賞で話題!泣ける映画度100 

人間は不思議な生き物です。自分ではない誰かの大切な記憶に触れたときでも、その出来事をまるで自分の体験かのように自分の記憶とも結びついていく回路のようなものがありますよね。
今回は秋という少しメランコリーなシーズンにより沁みていく、感動の映画を紹介します。

2021年、宮城県出身の映画監督堀江貴氏が「生を受けた故郷のために何ができるか」を自らに問い、その解答として立ち上げた『リバース Tohoku 2021 〜輝く未来へ〜』プロジェクトの最初の活動として制作された映画『最後の乗客』。
世界各地の映画祭で絶賛、数多くの賞を獲得し、いよいよこの秋全国公開の運びとなった。
クラウドファンディングで資金を調達し、コロナ禍による撮影延期などの紆余曲折を経ながら、2022年の3月完成した、上映時間55分の自主映画だ。

 

(あらすじ)
とある東北の、小さな街の駅のロータリー。タクシーが数台、客待ちで駐車している。
タクシードライバーの遠藤(冨家ノリマサ)と竹ちゃん(谷田真吾)は、駅から出てくる帰宅客を眺め、最近タクシードライバーの間で噂になっている話をしていた。「夜遅く浜街道流してっと、若い大学生くらいの子がポツンと立ってるんだって‥‥‥」竹ちゃんの話を一笑に付す、遠藤。竹ちゃんと別れた遠藤はひとりタクシーのハンドルを握り、閑散とした夜の住宅街を流していた。
ふとライトが、人気のない深夜の道路に立ちタクシーを止めようと手をあげる若い女性(岩田華怜)を照らし出す。そして何もない荒廃した路上に突然現れた、小さな女の子と母親の二人連れ。3人と秘密をのせたタクシーがたどりつく先にあるものとは―――。

涙が止まりませんでした。この言葉を使うにはあまりにも短絡的に聞こえてしまうので避けたかったのですが、それでも号泣でした。そしてそれは、あたたかい涙でした。
タクシー運転手の父と、一人娘。
本心が言葉と裏腹だったり、本音がなかなか言えなかったり、父と娘ならではの距離感や愛情の変遷をリアルに描いているんですよね。

そして、ストーリーにも”ある秘密”が。
夜の闇を照らすタクシーライトが”あの日の真実”と人間同士の”魂のむすびつき”をすこしずつ浮き彫りにしていくんです。55分のなかで最適な時間配分で、何が起きたかの輪郭をくっきりとさせていく演出もまたミステリーとしてもよくできているなと感心しました。

主演の冨家ノリマサさんは現在、1館から上映がスタートし、全国の上映館に拡大したことが多方面で話題となっている『侍タイムスリッパー』(2024)において、主人公と密接に関わるキャラクターを演じ、相手役の魅力を引き出す芝居をしていたけれど、今回の作品ではタクシードライバーとして、一期一会の出会いとなるお客さんを乗せ、目的地に誘う役柄を素晴らしい説得力で演じている。
初対面の人と接する機会が多いからであろうやさしい笑顔、語り口。
既視感がある、まるで不思議だ。
私はこの人を知っていると、このタクシーの運転手さんのいるタクシーに乗ったことのある気がした。冨家さんは確かな名優であり、その役を生きる方だと痛感した。

また娘を演じる岩田華怜さんも、たとえ傷ついていたとしても、人間に本来備わっている生命力やバイタリティーある佇まい、随所に垣間見える彼女のキャラクターの優しさから、愛情深い父親に大切に育てられてきたのだろうという背景を感じられた。

もしかしたら寓話的な話に聞こえるかもしれないのに、ふたりの親子としての納得感がミステリアスなストーリーに真実味を帯びさせる。こんな夜があの街にはあったのかもしれない、と。

タクシーという閉じられた空間は、おそらく聖域とも言える。
たくさんのドラマが生まれいるからこそ、つなぎとめたい記憶に溢れた場所なんだと実感する。

父娘が”おにぎり”を通じて記憶を分かち合うシーンはうつくしすぎて、涙が溢れてくる。
おにぎりがもたらす世界一の愛情表現は、にぎってくれた人の手の暖かさが伝わってくるようだ。
ああ、お腹が空いてきた。そして、同時に自分は生きているんだなとあらためて実感した。

 

東日本大震災で多くの人が突然、大切な人との別れを余儀なくされたことは言うまでもない。
どこか非日常のように思っていたものが、誰かの何にも変えられない日常であったことをいまあらためて考える。今日が当たり前じゃないギフトであることを忘れてはいけないんだよな。

今日をどう生きるか。一瞬一瞬をもっと大切に生きるために今必要な作品であるに違いない。

『最後の乗客』
10.11 (fri) よりユーロスペース、 池袋シネマロサほか全国順次公開

出演:岩田華怜、冨家ノリマサ、長尾純子、畠山心、谷田真吾、大日琳太郎

制作・原作・監督・編集:堀江貴
撮影:佐々木靖之
音楽:徳家“Toya”敦

© GAGA Corporation.

公式サイト:https://gaga.ne.jp/lastpassenger/
公式「X」:  @gagamovie

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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