ドラマ・映画『【推しの子】』スミス監督が明かす制作秘話“アイ役の齋藤飛鳥”は、日本に数名の逸材
漫画、アニメで社会現象を巻き起こした『【推しの子】』がついにドラマ&映画化されました。Prime Videoで世界独占配信中の全8話のドラマシリーズ、そして、その続きを描く映画『【推しの子】-The Final Act-』(大ヒット上映中)を手がけた映像演出家のスミス監督は、自身のミュージックビデオ制作の経験も糧に、オファーを「前向き」に受け止めたと明かします。
アイドルや芸能界の裏側にも迫る人気作品。原作【推しの子】を忠実に再現するために、どんな部分に情熱を注いだのか?そのほか、注目されたキャスティングの背景などを、スミス監督のキャリアと共に聞きました。
「自分の経験を発揮できるのでは」【推しの子】ドラマ&映画化までの背景
漫画やアニメが大ヒットした『【推しの子】』ですが、作品のオファーを受けた当時、どのような心境でしたか?
当時は地上波のアニメが放送されておらず、シーズン1の主題歌だったYOASOBIの「アイドル」も世に出ていませんでした。原作は芸能界の裏側も明かす攻めた内容で、オファーを受けた際は本当にやりきれるか不安もありました。ただ、自分はこれまでに多くのアーティストやアイドルのミュージックビデオも手がけてきたので、【推しの子】という作品であればその経験を発揮できるのではないかと思い、前向きに受けとめました。
撮影期間は、いつ頃だったのでしょう?
2023年11月〜2024年3月末です。ドラマと映画の二本柱となるのはオファーをいただいた当初から決まっていて、台本決定時どころか撮影終了時にも原作は完結しなかったので、結末が分からない状況でのスタートでした。ただテーマははっきりしていたので、8話分のドラマと1本の映画で、原作の魅力を「描ききれる」と撮影に臨みました。
物語の鍵を握るアイ役を齋藤飛鳥に委ねた背景
ドラマ&映画化の第1報を受けて、キャスティングも大きく注目されました。思い入れあるファンも多い作品で、キャスティングの難しさもあったのではないでしょうか?
基本的には、プロデューサーの井元隆佑さんとの話し合いで候補を決めて、僕らが純粋に「この人が演じるなら見たい」と考えた方々にオファーしました。奇跡的に素晴らしい人たちが揃い、配役が決まった時点で「絶対に成功する」と手ごたえを得られました。
アイ役は、卒業した乃木坂46でエースとして活躍していた、齋藤飛鳥さんを起用されています。
アイという役が一番映像化しにくいとは思っていました。脚本の時点で誰をも魅了するアイドルとして歌い踊る姿が書かれておりこれをどうやって現実に落とし込むかという無理難題にぶつかりました。そんな役をこなせる人間が誰なのかを井元プロデューサーと何度も話し合いました。
俳優にお願いするべきなのか、現役のアイドルにお願いするべきなのか。CGキャラクターを駆使して、声とビジュアルを分けて考えてみるという案までありました。そんな中で、乃木坂46を卒業されたばかりの齋藤飛鳥さんが適役ではないかと。
原作では、完璧なアイドルとして描かれているアイですが、実写化するにあたってはそこにもう少し人間としての闇や葛藤を入れたかった。ミステリアスな魅力をもっている齋藤さんならば、きっと現実に存在するようなアイを演じられるのではないかと思い、オファーしました。
ドラマ第1話の序盤、劇中に登場するアイドルグループ“初代B小町”のライブパートでは、齋藤さんの現役アイドル時代の面影を感じられました。
ご本人に確固たる実力があるのはもちろん分かっていたので、僕らは、いかにストレスなくパフォーマンスしてもらえるかに重きを置いていました。音楽業界での映像制作で培った経験も活かして、実際にアイドルのステージを支える裏方の人たちにも協力を求めて、徹底してリアリティにこだわりました。
ドラマとして、アイの活躍は雰囲気だけで伝える…という方法もあったかもしれません。でも、アイの存在を真正面から真剣に描かないと、作品の核となる部分が失われてしまうと思い、観客として2000人以上のエキストラを集めて、実際のライブと変わらないライティングをし、通常ライブ収録をするカメラやクレーンで撮りました。
結果、皆さんが現実世界で見ているアイドルのライブ映像になり、B小町が存在するような錯覚を覚えてもらえたかと思います。
難役に挑戦した櫻井海音と素の魅力で演じた齊藤なぎさ
アイの息子であるアクア役に抜てきされたのは、23年の大ヒットドラマ『VIVANT』への出演でも注目を集めた、23歳の若手俳優・櫻井海音さんです。
櫻井さんは、さわやかでありながら、年齢を超えた大人っぽさもただよう不思議な雰囲気があり、大人から転生したアクアの印象とも重なりました。俳優部として、作品に向かい合う姿勢も素晴らしく「作品のために自分のできることは全てやりたい」と言ってくれて、現場にはいつも一番乗りで、周囲を引っ張ろうとする気迫が伝わってきたんです。撮影当時は原作がまだ完結しておらず、ゴールが見えないままキャラクターの感情の波を表現するのは難しかったと思いますが、原作と照らし合わせながら話し合いを重ねて、アクアを見事に演じ切ってくれました。
アクアの妹であるルビー役は、アイドルグループ・=LOVEを卒業されて、ステージ経験もある齊藤なぎささんです。
齊藤さんは顔合わせから元気いっぱいで、人懐っこさがルビー役にピッタリでした。素の状態で明るさがにじみ出ていたので、悩まずに「どんどん演じてください」と自由さを大事に演出しました。元アイドルとしてのバックグラウンドも物語に生きていたし、何より現場をめちゃくちゃ楽しくしてくれました。
劇中アイドルグループ“B小町”メンバーを演じた原菜乃華とあの
ルビーもメンバーとして在籍する劇中のアイドルグループ“B小町”のキャスティングも話題になりました。インフルエンサーのMEMちょは、かつて、アイドルとして活躍されていたあのさんです。
今の時代に作られるべき作品には今まさに“時の人”とされる方に出演してほしいと思っていました。あのさんは撮影現場では本当に器用で、アドリブ力に驚きました。間ができれば自分なりに埋めて、セリフにも面白さを足してくれますし、カメラを通して「もっとMEMちょを撮りたい」と意欲が湧く存在感でした。完成した今では、現実での活躍とドラマでの活躍が重なって見えて、MEMちょは彼女以外に考えられなかったです。
B小町として、ルビーとMEMちょと活動を共にする元天才子役の有馬かな役には、原菜乃華さんを抜てき。齊藤なぎささんやあのさんと異なり、アイドル経験がない女優の原さんを起用された理由は?
演技力です。有馬かなは思っていることがつい表に出てしまうキャラクターです。恋をしたり、怒ったりすねたりと、劇中で色々な感情を表現することが求められる。ともすれば大味に見えてしまうところを、嫌味なく演じられるのは、原さんしかいないと思いました。アクアとルビーとの掛け合いのシーンでは、アクアには甘えた声を出すのに、ルビーにはぶっきらぼうに返すコミカルさを見事に演じていたし、B小町のライブのシーンでは、葛藤や喜びを素直に表現していて、どの出演シーンでも軸となる人でした。ダンスも歌も人一倍努力していて、まさに「有馬かな」でした。
有馬かなに並び天才女優として描かれる黒川あかね役に茅島みずきさんを起用された理由はいかがでしょうか?
B小町の三人とは違った空気を持った方にお願いしたいと思っていました。茅島さんには、冷静で美しい雰囲気があり、ドラマの世界にまた違った一面を入れることができました。黙っていても魅力が溢れてくるし、皆と声のトーンも違って、素晴らしい演技をしてくれました。キャラにしっかりと違いが作れたので、かなとのライバル関係も最高に魅力的に描けました。
物語の核となる“アイの刺殺シーン”撮影秘話
原作を彷ふつとさせるシーンの数々にも引き込まれて、物語が大きく動くアイの刺殺シーンには涙をこらえきれなかったです。
一番難しいシーンでした。狭い空間での長尺の芝居、いかに視聴者を引き込めるかは僕らの手腕がもっとも問われると思っていたし、齋藤飛鳥さんも、人生で一番悲しい瞬間と最高の瞬間を同時に表現し、アクアとルビーに何かを残そうと、語り続ける演技は難しかったはずです。監督としても、クランクインしてからずっと悩み続けていた部分でした。
撮影は2日間にわたり、実際にあるマンションの一室と、スタジオに組んだセットで撮影して…と、完成までの工程も複雑でした。撮り終えた瞬間、アイ役を齋藤飛鳥さんにしてよかったと心から思いました。複雑なはずの感情が理解を超えてはっきりと伝わってくる迫真の演技にスタッフも涙を浮かべていました。
息絶えるアイを見守っていた幼少期のアクア役の岩川晴さん、そばにいたルビー役の斉藤柚奈さんも、子役として強い存在感を放っていました。
書類選考の上、子役オーディションに参加したのは100人ほどでした。そこでアイの刺殺シーンを演じてもらったときから、岩川晴さんと斉藤柚奈さんの2人には光るものがあったんです。撮影本番では、「サービス精神を出さなくてもいい」、「思ったとおりにやればいいんだよ」というこちらの演出をくみとり、上手に演じてくれました。
ミュージックビデオとの違いに気がつきドラマの世界へ
芸能界の裏側も描く『【推しの子】』では、昨今取り上げられる、原作者側と実写化を手がける側の関係性に迫ったエピソードもあります。映像業界の1人として、現実にある“原作者と実写化”の議論についてはどのような見解をお持ちですか?
過去の実写化作品でも、必ず原作者と話し合ってきました。僕としては、原作者が見て「面白い」と思ってくださる実写化作品にしたいと考えています。それは漫画の3D化ではなく、原作と同じテーマを持った物語があることだと思います。また今回の『【推しの子】』は、ドラマ&映画化の第一報があった時点でネットでの賛否両論が飛び交っていて、原作でも描かれているような現象が「現実で起きている」というのも、面白いなと思いました。
ご自身のキャリアについて、元々はアーティストやアイドルのMVを多数手がけていらっしゃいましたが、2017年から新たに、ドラマを手がけるようになった経緯は?
音楽業界に入った時に思い描いていた、ミュージックビデオでやりたいことをそれなりにやり切った手ごたえがありました。そこで「これまでに得た
経験をドラマという分野で活かしたらどうなるんだろうか」と考えるようになりました。テレビで流れているドラマと自分が作ってきた映像作品は、テイストも方法論もかなり違っているように感じていたし、そっちの世界に行けば、また何か新しいことに挑戦できるのではないかと思ったんです。
ミュージックビデオでは、アーティストの演奏や楽曲を、どうやって魅力的に切り取るかに力を入れてきましたが、ドラマの世界では自らの考えや表現を俳優に伝えて演技してもらわなければいけません。最初はなかなか理解が及ばず苦労しましたが、ミュージックビデオでの企画力を演技の現場でもうまく落とし込めるようになってきて、新しい表現ができてきました。
クリエイターは自分の「好き」と「得意」を極めるのが大事
今回手がけた映画『【推しの子】-The Final Act-』は、スミス監督にとって初の長編映画作品となりました。スクリーンでご覧になった感想は?
映画は基本的にスケール感が大事ですし、空間の広がりを表現するのが大切だと学びました。「もっとこうすればよかった」と反省が先に立つタイプではありますが、『【推しの子】』ではミュージックビデオでの経験も生かせたし、ドラマも映画も、過去に培ったものを集約できたので充実感でいっぱいでした。
キャリア30年近くとなっても、反省があるとは意外です。最後、映像制作に情熱を傾けるスミス監督から、クリエイターに向けたメッセージもいただければ。
自身が好きなこと、得意なことを見極めることが大事だと思います。他の人がやっていることではなく、自分だけの得意なことは何なのかを客観的に判断していくこと。どんなことにこだわりを持つことができるのか。そういった仕事をしていれば、認めてくれる人がきっと現れます。自信を持って「自分はこれが好きだ」と言えるものをみつけてほしいです。
取材日:2024年10月30日 ライター:カネコシュウヘイ スチール:島田敏次 動画編集:布川幹也
映画『【推しの子】-The Final Act-』 大ヒット上映中!
ⓒ赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・東映 ©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・2024 映画【推しの子】製作委員会
■監督:スミス
■出演:櫻井海音 齋藤飛鳥 齊藤なぎさ 原菜乃華 茅島みずき あの
■企画・プロデュース:井元隆佑
■脚本:北川亜矢子
■音楽:fox capture plan
■配給:東映
■公式 HP:oshinoko-lapj.com
■公式 SNS(X/Instagram/TikTok/YouTube):@oshinoko_lap
ストーリー
地方で働く産婦人科医・ゴロー。ある日”推し”のアイドル「B 小町」のアイが彼の前に現れた。しかも、アイはなんと双子を妊娠していた!!ショックを受けながらも、医師として彼女を支えると決意したゴロー。しかし、アイの出産直前にゴローは何者かによって殺されてしまう。
次に目を覚ました瞬間。なんとゴローはアイの子どもに転生していた!かくしてアイの息子・アクアとして生きることとなったゴロー。【推しの子】に転生する、という事実に混乱しながらも、新たな形で彼女を支えていくと決意する。そして双子の妹であるルビーもまた、誰かの生まれ変わりなのであった。
アイは出産したことを隠しながら芸能活動を再開し、あっという間にスターダムを駆け上がっていった。しかし、B 小町の念願のドーム公演当日の朝、アイはストーカーに刺され、アクアとルビーの目の前で死んでしまう。
「愛してる・・・この言葉だけは、絶対、嘘じゃない・・・」
死ぬ間際、アイが最愛の子どもたちへ伝えた言葉の意味とは—―