映像2025.01.24

小泉堯史監督5年ぶりの作品『雪の花 ―ともに在りて―』日本を救った町医者を松坂桃李が演じる

Vol.71
『雪の花 ―ともに在りて―』監督
Takashi Koizumi
小泉 堯史
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小泉堯史監督が、吉村昭原作の小説を映画化した『雪の花 ―ともに在りて―』が1月24日より公開される。江戸時代末期、死に至る病として恐れられた疱瘡(天然痘)から人々を救うため、命懸けで奔走した一人の町医者の姿を映し出す本作。主演の松坂桃李を筆頭に、芳根京子、役所広司と実力確かな俳優が顔をそろえた。黒澤明監督の助監督として数々の作品に携わり、『雨あがる』(2000)で監督デビューしてから24年。小泉監督に新作への思いを尋ねるとともに、映画監督としての長いキャリアの中で、大切にしている考え方について聞いた。

作品選びの観点は「主人公に魅力を感じられるかどうか」

前作『峠 最後のサムライ』(22)の公開がコロナ禍のため延期されたこともあり、実に5年ぶりの撮影となったそうですね(『峠 最後のサムライ』は2018年、『雪の花 ―ともに在りて―』は2023年に撮影)。久しぶりの撮影現場はいかがでしたか。

撮影に間が空いても、現場の空気や僕の中の感覚は変わらないですね。ただ、やっと始められるなという喜びと、同時にやっぱり「大変だな」と(笑)。
 

撮影までの5年という期間はどのように過ごされていたのでしょうか。

僕は作品が公開されるまでは他の仕事をしないですね。公開まではその主人公と一緒にいたいという気持ちで想い続けています。だから『峠 最後のサムライ』の主人公・河井継之助についても、公開までは彼に関する本を読んだりしていました。だから4年でも5年でも、僕はずっとその作品の世界にいたいんです。

では今回も同じように?

ただ、今回は少し違うんですよ。間があまりにも空いてしまったもので、『峠 最後のサムライ』の公開前にプロデューサーの伊藤(伴雄)さんが「次の作品を進めよう」と。そこで、伊藤さんが吉村昭さんの「梅の蕾」はどうかと脚本まで進めてくれていたんですけど、僕が監督することは難しいと感じてお断りしたんです。断っちゃった手前、「これは借りができてしまったぞ」と(笑)。そこで、僕から同じ吉村昭さんの「雪の花」を提案したら伊藤さんが興味を持ってくれて、そこから動き出しました。ただ、僕は『峠 最後のサムライ』が公開されるまでは新しい脚本を書かないと決めていたので、助監督の齋藤(雄仁)くんに脚本をお願いすることにしました。(『峠 最後のサムライ』の)公開前には叩き台としての初稿を書き上げていて、それを読んだ木下直哉さん(※)が映画化を望んでくれました。僕自身が本格的に関わり始めたのはそれからですね。

※木下直哉:株式会社木下グループ代表取締役社長兼グループCEO

小泉監督から「雪の花」を提案されたとのことですが、本作を選ばれた理由を教えてください。

やはり人物ですね。作品において、主人公に魅力を感じられるかどうかが一番重要なんです。これまでも岡田資中将(『明日への遺言』)や河井継之助(『峠 最後のサムライ』)といった人物に惹かれ、作品を通して彼らに「出会いたい」と思って、映画を作ってきました。

主人公・笠原良策にはどういう魅力を感じましたか。

純粋で、無私の精神で行動する、美しい姿です。それをより良く知るために映画を作っているようなもので。原作を基にして映画を作りながら、その人物をさらに深く知るという過程が、自分にとっての喜びなんですね。

映画の人物は親しい友人のような存在

その主人公・笠原良策を松坂桃李さんが演じられましたが、起用の理由は?

脚本の直しをしている中で、自然と「この役は松坂さんだな」と思ったんです。普段テレビや映画で見ていて、「この人ならきっとこの役をつかんでくれる」と。彼はとても自然で、作為的なところがなく、笑顔が素敵な人。芝居じゃなかなかできないことなんですよ。演技の中であっても、やはり本人の品格がにじみ出てくるものなんでしょうね。

実際に現場でご一緒されていかがでしたか。

さらにその良さを実感しました。人物をつかむ力がとても強い。撮影が進むにつれて、ますます良策という人間を深くつかんでいっているのが分かりました。だから毎日の撮影がとても楽しかったですね。

良策の妻・千穂を演じた芳根京子さんは『峠 最後のサムライ』に続いて2度目の小泉作品になります。

5年ぶりですけど、さらに成長していると感じました。芝居はリアクションが大事ですが、彼女はその点が非常に優れているんです。『峠 最後のサムライ』のときに役所(広司)さんとの短いシーンがあり、受けの芝居がとても良くて、またご一緒したいと思いました。今作では初めての立ち回りや太鼓の稽古にも真剣に取り組んでくれて、役に食らいつく姿勢が素晴らしく、根性のある魅力的な女優さんだと思いましたね。

良策を導く存在となる蘭方医・日野鼎哉を演じた役所広司さんとは、『蜩ノ記』(2014)『峠 最後のサムライ』に続いて3度目。小泉監督が信頼を寄せているのが分かります。

役所さんは何の心配もなく、この人がいればきちんとまとまるという安心感があります。まるで豆腐を固める“にがり”のような存在で、現場全体を引き締めてくれるんです。周囲の役者さんたちにも良い影響を与えてくれますし、本当に得難い人。日野鼎哉という人間をしっかりとつかんで、語尾やセリフのニュアンスについても、非常に丁寧に考えてくれる。どんな監督でも一緒にやれたらと願う素晴らしい俳優さんですね。

小泉監督は本作を含め、これまですべての作品をフィルムで撮影されています。今では少なくなったフィルム撮影ですが、どういう点に魅力がありますか。

フィルムには映像を作る難しさがあるんですよ。例えば明かりの当て方やライティングのバランスを一つ一つ丁寧に作り込むことで、映画に独特の質感を与えることができる。黒澤さんは時間を惜しまず照明を作り込んでいましたが、そうして画面ができ上がるのは大きな楽しみなんですよね。

さきほど、「その人を知るために映画を撮る」というお話がありましたが、撮影を終え、公開を控える今、主人公・笠原良策についてどのように感じていますか。

まだまだ(良策と)付き合いはじめたところですね。僕にとって、映画の人物は尊敬する友人のような存在なんです。岡田資中将も、河井継之助も僕の中で生きているし、そういう風に拘らなければ申し訳ない。笠原良策も、自分の中で生きていて、もっと知りたいという気持ちがあります。映画を作る楽しさ観る楽しさは、こうして生かされた人物と深く付き合えることにあるんだと思いますね。

良い脚本には、良いスタッフが集まる─全ては自分で脚本を書くことから

小泉監督は、まず脚本を自ら執筆され、それを映画化してくれるプロデューサーを探すという方法を取っているそうですね。

そうですね、まず自分で好きな題材を見つけて脚本を書く。その本を持って行って、「これを撮らせてもらえませんか」とお願いしに行くんです。もちろんこの時点では対価が発生するわけではなく、純粋に「これがやりたい」という気持ちで始めますね。やっぱり自分が惚れ惚れする人物じゃないと、力がこもりませんから。

その中で、プロデューサーの存在が非常に重要になるわけですね。

本当にそうで、プロデューサーが「これ、いいね」と協力してくれないと、僕の仕事は成り立ちません。実際、形にならない脚本が家には何冊もありますよ。でも、本を書くこと自体が好きなので、別にお金にならなくてもいいんです。書くことで自分自身を知ることもできますし。

まずは脚本を書かないと始まらない。

「この映画を作りたい」「この人物に出会いたい」と思ったら、まず脚本を書いてみる。例えば、岡田資中将というキャラクターに惹かれたら、それを脚本にして「これをやらせてください」と持って行くんです。すると、不思議なことに「やってみよう」と言ってくれる救いの神のようなプロデューサーが現れるんですよ(笑)。例えば、今回の作品も、伊藤さんが動いてくれなければどうにもなりませんから。プロデューサーや俳優、スタッフ、みんなが「この脚本ならやってみよう」と思ってくれないと、映画は作れません。賛同してくれないものではどうにもならない。でも、いい脚本ができると、「この本なら」と動いてくれる人が現れる。お金を出してくれる人、汗を流してくれるスタッフが集まって、初めて映画が形になるんです。

巨匠・黒澤明 監督から学んだ、映画への執念

『影武者』(80)『乱』(85)などで黒澤明監督作品の助監督を務め、2000年に『雨あがる』で監督デビューされました。長いキャリアの中で、映画から離れたいと思ったことはありますか。

いや、他にできることがないんでね(笑)。でも、僕は特に映画にこだわっているわけでもないんですよ。黒澤さんには「お前は何やっても食っていけそうだな」と言われたことがあります。これが褒め言葉なのかどうかは分からないけれど(笑)。黒澤さんは映画が全て。天才ですから他のことはできないだろうと思います。僕は、体さえ動けば何をやっても食べていけるという気持ちでしたから。だから自分の好きな脚本を書いて、好きな形でやってこれたのかもしれませんね。

小泉監督の過去のインタビューを拝見すると、黒澤監督のことが本当にお好きだったんだなと伝わってきます。

映画というよりも、黒澤さんという人に惹かれたんですよね。僕は特別映画が好きなわけでもなく、映画をたくさん見ていたわけでもない。ただ、黒澤さんと一緒にいたいから、仕事が終わった後も別荘へ一緒に行って、炊事や洗濯、野菜作りを一緒にしていました。黒澤さんは黒澤さんの映画そのまま、素晴らしく魅力的な人生の師です。

人生でそういう人に出会えるのはとても幸せなことですよね。一方で黒澤監督が亡くなられてからは、監督として活躍されてすでに24年が経ちます。長きにわたり映画監督として活動を続けるには、何が必要だと思いますか。

強い意志ですかね。挫折しても、それが何かの役に立つと信じて続けることが大事です。黒澤さんは「なんとしても映画を作りたい」という強い意志、執念をもっていました。『トラ・トラ・トラ!』で失敗、『デルス・ウザーラ』をロシアで撮影したときは、寒さで過酷な状況に耐えながら頑張り抜いた。帰ってきたときは立てないんですから、膝が悪くなってて。それでも映画を撮ろうとする、その意地こそが大切なんだと思います。

大切なのは「自分に正直であること」

最後にお聞きしたいのですが、現代の映像コンテンツには映画だけでなく、多種多様な表現が溢れています。選択肢が多い一方で、若い監督やクリエイターの中には、自分の進む道に迷いが生じることもあると思うのですが、そういうときには何を大切していけば良いでしょうか?

自分に正直であることが一番だと思います。他人の真似をしても続きませんし、自分の中から素直に生まれたものを大事に、「自分ならこれ」というものを見つけることが大切じゃないでしょうか。みんなそれぞれが心の中に美しいものを持っているはずです。だから我を立てず、正直に心に問いかけ、いいと思えるものに無心に取り組んで、それで勝負するしかない。もしそれが受け入れられなければ、それはそれで仕方がないこと。良策を鑑に、無私の精神を大切にしてほしいと思います。

取材日:2024年12月4日 ライター:堀タツヤ 動画撮影・編集:指田泰地

『雪の花 ―ともに在りて―』
2025年1月24日(金)全国公開

©2025映画「雪の花」製作委員会

監督:小泉堯史
脚本:齋藤雄仁 小泉堯史
音楽:加古隆
原作:吉村昭「雪の花」(新潮文庫刊)
出演:松坂桃李 芳根京子
三浦貴大 宇野祥平 沖原一生
吉岡秀隆 役所広司 
配給:松竹
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/yukinohana
公式X:@yukinohana2025

 

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