映像2024.12.26

映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第42回『死に損なった男』

vol.42
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『死に損なった男』

▶この先の見通しがない、毎日疲れてる…そんな人生に疲れた人におすすめ

沁みる!想像していた映画とは全然違った度100

キングオブコント2021優勝の経歴を持つ空気階段・水川かたまりが映画初主演に挑みます。長編映画デビュー作『メランコリック』にて国内外で数々の賞を受賞した田中征爾監督がメガホンを取った、完全オリジナルストーリー映画『死に損なった男』。天才×天才のコラボレーションはどんな化学反応を起こすのか、と期待が高まっています。

<あらすじ>
構成作家・関谷一平(水川かたまり)は、お笑いの道に憧れ、夢が叶った矢先、殺伐とした社会と報われない日々に疲弊していた。駅のホームから飛び降りることを決意するが、隣の駅で人身事故が発生。タイミング悪く死に損なった一平の前に男の幽霊が現れ、とんでもない依頼をする。「娘に付きまとっている男を殺してくれないか?」男を殺すまで取り憑くという幽霊の脅迫に、一平がとった選択とは?死に損なった男が辿る数奇な運命とはー。

いやぁ、やられました。予測不能な展開が続き良い意味で裏切られた気分です。

働き過ぎの労働環境やストレス社会とも向き合う”現代人”のための映画に仕上がっています。

 

さて、駅のホームから飛び降りることを決意しながらも、隣の駅で人身事故が発生したことで死に損なった主人公の映画と聞いて何を思い浮かべますか?

私はその点だけきくと少々重たい話だと思いました。でも、これが違ったんですね。

生きていたくない男性を主人公にしていながらもシリアスになりすぎず、体温のあるあたたかな映画が生まれている。とにかく全方位に優しくて、ほんのりコメディで、サスペンスもロマンスも全部あった。なにより、この映画は全員を救う救世主のような映画だったんです。

 

映画の中のあの人も、映画の外の私も。きっと救われるだろうな。

人生はいつでも再スタートできることを教えてくれた、悩める大人たちに贈る人生讃歌でした。

「生きててよかった」そんな想いを観る人たちにプレゼントしてくれる作品です。

 

父親の幽霊に”娘を守ってくれ”という理由で殺害依頼をされる、死に損ないの男の話にどうやって説得力をもたせるんだろう!?と当初思っていましたが、キャラクターそれぞれがリアルで、悩みや葛藤でうまくいかない日々をどうにか必死に生きているその姿はリアルでしかなかった。

だから物語に嘘がなく、良い意味で幽霊が出てくる設定という映画の”非日常感”みたいなものを裏切ってくれます。キャラクター造形がすばらしいですね。

ここで、いま大注目の監督の話をします。田中監督の2019年のデビュー作、予算300万円の自主制作として撮られた『メランコリック』は、2018年の第31回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門で監督賞を受賞。ポスト『カメラを止めるな!』的な作品であるとも話題になっていた。そんな『メランコリック』もまた、”高学歴だけど社会になかなか適応できない主人公、銭湯での殺人や死体処理”という題材を扱いながらもサスペンス風コメディになっていた。

 

田中征爾監督は一瞬身構えてしまう苦手な人も少なくない食材を、意外性ある調味料を使って誰も食べたことのない、想像もできないような、おいしい逸品に調理してくれる。そんな映画作家なのかもしれないとひそかに思っています。

 

現在はベンチャーIT企業で動画制作を担当しながら、映画を制作しているとのことですが「13〜14年前にふとメモ帳に書き込んでおいた物語設定が、こんな素敵な座組で実現するとは思っていませんでした。」とコメント。

そもそもこの作品の最初のタイトルは『タイミングについての考察』だったとも話しているが、水川さんのキングオブコントの優勝があったりと、最高のタイミングでの公開になるんじゃないでしょうか。 

 

また、劇中のコントを監修しているのはインパルスの板倉 俊之さん。

水川さん演じる主人公・一平がネタを書いたという設定の「葬式」を題材にした4分程度のこのコントが笑えるのに切なかったり、映画とお笑いの交差点にもなっているし、コントのパートもクオリティがゆるぎなく、一平演じる”構成作家”というキャラクターの説得力を忘れさせません。

 

最後に、もう一つ、私がこの映画をプッシュしたい理由について言及したい。

それは、「人の苦しみやストレスとの向き合いかたは、千差万別であること」を忘れさせない点です。

 

キラキラ輝いているように見える人の苦しみ、「辛い」と誰にもこぼせない人がいるという真実もけっして取りこぼさない。「人生から逃げたいと自分から言えない人がいること・しんどいと言えない人がいること」をちゃんと念押ししてくれています。

 

2024年のデータによると自殺者数が減少傾向にある中、子どもの自殺は増加傾向であるという現実も実際に起きていたりしますが・・・。

 

「どうすれば隣の人の苦悩に気付けるのか」

他者への想像力、相談できる環境の整備、働き方・・・。

その問いを考え続けることは難しいし簡単なことではないけれど、感動しながらもその問題を提議してくれるこの鑑賞体験は、とても貴重で意義ある時間に感じられました。

 

死というモチーフを題材に取り入れつつも世の中のありかたについても考えさせる時間で、とにかく一見の価値ありです。

『死に損なった男』
2025年2月21日(金)、全国公開

●出演:水川かたまり 正名僕蔵 唐田えりか 喜矢武豊 堀未央奈 森岡龍 別府貴之 津田康平 山井祥子
●監督・脚本:田中征爾
●コント監修:板倉俊之 ●音楽:Moshimoss
●撮影:ふじもと光明(JSC) ●照明:江川斉 ●美術:中川理仁 ●録音:高島良太
●プロデューサー:藤本款 宇田川寧 田口雄介
●製作プロダクション:ダブ ●製作幹事・配給:クロックワークス
2024年|日本|109分|シネマスコープ|5.1ch      
©2024 映画「死に損なった男」製作委員会

公式HP :shinizokomovie.com
公式X :@shinizokomovie

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