映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第43回『恋脳Experiment』
『恋脳Experiment』
▶可笑しくて愛おしいダメンズムービーを探している人にもおすすめ
複雑なテーマをユーモアたっぷりに楽しく描いた映画度100
<INTRODUCTION>
幼少期から大人になるまでのひとりの女性の恋愛経験を通し、人生で直面するさまざまな“呪い”をコミカルかつ辛辣にあぶり出していく映画『恋脳Experiment』。主人公・仕草を演じるのは、2024年ヴェネツィア国際映画祭出品で話題となった映画『HAPPYEND』での鮮烈な演技も記憶に新しい祷キララ。絵を描くことが好きで夢見がちな仕草を颯爽と好演する。大学時代の仕草の恋人・佐伯を演じたのは、映画やドラマ、MVなど各方面から引っ張りだこの平井亜門。そして社会人になった仕草を優しくフォローする金子役は、近年次々と話題作に出演する中島歩が演じる。
監督を務めたのは、アニメーション制作を中心に活躍している岡田詩歌。2021年、東京藝術大学大学院の修了作品として制作したアニメーション短編『Journey to the 母性の目覚め』が「第43回ぴあフィルムフェスティバル」のPFFアワードで審査員特別賞を受賞。PFFスカラシップの対象者に選出され、本作で実写長編デビューを果たした。
<STORY>
中学生になり、「好きな人ができると可愛くなれる」と聞いた仕草。同じ塾に通う男子に告白するが、その初恋はあっけない結末を迎える。数年後、美大生となった仕草は、同級生の佐伯と付き合っていたが、卒業制作の準備に情熱を注ぐ佐伯に一方的に振られてしまう。卒業後、デザイン事務所に就職し、憧れのデザイナーの下で働き始める。休日にセクハラ&パワハラ上司の自宅に呼ばれ、ホームパーティでもこき使われるが、そこで金子と出会い、距離を縮めていく。仕草は、ついに“理想的な男性”に出会えたかに見えたのだが──。
挑戦的で、面白い映画でした!!
幼少期から思春期、大人になるまでのひとりの女性の恋愛経験を通し、人生で直面するさまざまな“呪い”をコミカルかつ辛辣にあぶり出していくこの映画は、「呪い」という言葉を用いることで、日常の中で私たちが無意識のうちに背負わされている期待や固定観念という無形の枷を、鋭く浮かび上がらせているんです。
映画全体を通して、社会が無自覚に押し付ける規範や価値観が私たちを縛り、自由な考えや行動を制限していたりする「呪い」として存在していることが明らかになっていきます。
まるで鏡の中を覗き込むような感覚に近しいというか・・・。
なぜなら私の中にも、呪いの種類は異なれど、小さな仕草が存在してることに気づいたからです。
秀逸だったのは、主人公の仕草を軸に女の子の呪いが描かれているけれど、それだけじゃなく男性の呪いも垣間見えること。
でも、 振り返ってみるとこの世は呪いがたくさんあることを思い起こさせてくれる時間でもありました。
たとえば「お惣菜はできるだけ避けろ」「一汁三菜を目指せ」という家事の呪い、
たとえば「ともだちをつくれ」「右に倣えで意見に合わせろ」という人間関係の呪い、
「恋愛」や「男女のありかた」だけでなく、この世界には多くの呪いが存在していることに気づけるからこそ、普遍のテーマに通じている作品だと思いました。
また、近年の映画の潮流のひとつとも言える「強く、たくましく進化するヒロイン像」が多い中で、この作品のように「すぐに解放されない」「もやもやを抱え続ける」主人公像をセレクトしているのが、新鮮でリアル!!
大人になっても、なお囚われている仕草。
彼女のもやもやした中々解放されない姿、これこそ等身大の女性そのものじゃないでしょうか。
この映画が面白いのは、そんな仕草の姿を通じて”自分自身が囚われていることを自覚すること”の大切さをわからせてくれるから。
呪いにかけられていることに気付けば、縛られ続けるかどうかも自分次第なんですよね〜!!!
そして、劇中に登場する恋を終えるたびに仕草が制作するアートが面白い。
元カレの部屋や告別式を題材に、自己流に元彼たちを葬っているのです。
観客にとっては、彼女の心の変化を視覚的にも楽しむことができますし、純粋にアートとしても面白い作品たちなので注意深く鑑賞してほしい。
”葛藤”のその先に生まれた作品を鑑賞するのは、とても興味深い時間です。
祷キララさん演じる主人公・仕草についてさきほど”等身大”と言及したが、まっすぐでいて、元彼たちをアートに昇華(消化?)しちゃうような絶妙な計算高さも兼ね添えた、身近に共感できる女の子を演じきってくれていました。
純度100%なキャラじゃないのもまた良いんです。
余談ですが、彼女のファッションやヘアスタイルも可愛く、そのあたりの楽しみもあります。
そして男性陣のキャスティングがもうストレートに、最高!!
平井亜門さん、中島歩さんといえば令和を代表するプロフェッショナル・ダメンズの役をリアリティたっぷりにこなしてくれるお二人!!
(ごめんなさい…これは最高に褒めてます。誰しもが出会ったことのあるダメ男の説得力が妙に高いお二人なのです。)
観客視点だと憎みきれず一抹の愛しさが残るのは、キャスティングのなせる技でした。
特に中島さんとのデートは切なすぎるけど、どうしても笑ってしまうユーモアな感じも良かったです。人間と人間の相性の悪さみたいなのがボロボロ出てくる瞬間って、お互いに必死だけど傍からみると滑稽さもありますよね。その感じがとても良く演出されていました。
そして最後に、忘れられないのがこの映画のラストシーン。
詳細に書けないけれど、身体表現で対話を交わし、魅せるキャラクターたちが素晴らしい。
静かなシーンだけど、とてもエモーショナルで心を奪われます。
今までいろんな作品で別れのシーンと出会ってきましたが、とにかく沁みました。
良いサヨナラとはなにか。
それは赦し、互いへ感謝し、そして相手の未来を祈ることなんだと教えてくれます。
人と人の関係が新しいフェーズに向かう瞬間の特有のきらめき。
人間の面倒くささも全部まとめて愛し抜いていて、なんだかとってもまぶしくて。
うるっときてしまいました。
私も、確かに呪いをかけられている。今でもまだ解けないものもいくつかある。
でも、その呪いを解かずにいるのも自分自身なのかもしれない。
そんな気づきが多い時間でした。
一見すると複雑で重く感じられるテーマをコミカルかつユーモアたっぷりに描いたこの作品、私は大好きです!
『恋脳Experiment』
2月14日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
●監督:岡田詩歌
●出演:祷 キララ、平井亜門、中島 歩
河井青葉 、大月美里果 、佐藤和太 、二見悠、中山雄斗、 門田宗大、関谷翼、小林リュージュ、小野まりえ、川郷司駿平、佐藤京、中島多羅
●脚本:岡田詩歌、岡田和音 ●プロデューサー:天野真弓
●撮影:熊倉良徳 ●照明:大和久 健 ●録音:豊田真一 ●美術:井上心平、園部陽一郎 ●アニメーション:岡田詩歌、農場
●音楽:糸井塔 ●編集:高橋幸一 ●整音:横山大資
●配給・宣伝:ストロール
■第29回PFFスカラシップ作品
■ 2023年/カラー/110分/DCP 英題:Kisspeptin Chronicles
▶映画『恋脳Experiment』公式サイト: rennou-experiment.com