“カメ止め”クリエイターが3人で『イソップの思うツボ』を共同制作!バラバラの個性だから濃い作品がつくれました
観客動員数220万人以上を記録した映画『カメラを止めるな!』の上田慎一郎(うえだしんいちろう)監督と、同作にスタッフとして参加した浅沼直也(あさぬまなおや)監督と中泉裕矢(なかいずみゆうや)監督。そんな3人が構想3年以上を費やし、共同監督&脚本を手掛けた『イソップの思うツボ』。共同監督ならではの苦労や良かったところ、クリエイターとして大事にしていることを教えていただきました。
3人でつくる怖さもあったけど、ワクワク感が勝ちました
共同で映画をつくることになったきっかけを教えてください。
僕たちは、4人の監督が集まってつくったオムニバス方式の映画『4/猫 ねこぶんのよん』(2015年公開)で商業監督デビューしたのですが、その打ち上げで、上田さんと浅沼さんとまた一緒に映画をつくりたいと話し合ったのがきっかけです。そして、次撮るなら長編がいいねという話になり、自然と共同監督になる流れになりました。
ただよく「実写で3人の共同監督って珍しい」って言われるんですよ。でも戦友なので、そこは上手くいくかなと。この3人なら面白いモノがつくれる!という確信もありました。
もちろん3人で一緒にやるという怖さもありました。周りにも「辞めておけ」「上手くいくわけない」と言われて……。ただ、そう言われるからこそ逆にやってやろう!と思いが強くなりましたね。みんながあまり挑戦してないことをするのはワクワクしますし、どんな形になるか楽しみでもありました。
実際はどのように役割分担をされたのですか?
作品には3家族が出てくるので、亀田家は中泉さん、兎草(とぐさ)家は僕、戌井(いぬい)家は浅沼さんというように各家で担当を決めて監督しました。そして担当でない時は、他の2人が助監督になり現場を走り回っていました。
基本、どんなことも多数決で決めようというのがあったのですが、1人が「強めに反対します!」と言うと揉めるんですよ(笑)。とはいえ、事前の準備や編集中はよく揉めましたが、現場ではそのシーンの監督優先でやっていました。
3年前に集まってこの作品をつくろうと決めたのですが、そこからプロットを出し合って本筋をつくるまでの時間がかかりました。最初は、春夏秋冬に分けた話にするとか、一人の女優を年代で切って撮っていくとか、色んなアイデアを出して話し合ったんですが、たいていはオムニバスと変わらないつくりになってしまって……。今の形になるまでには本当に嫌になるくらい話しましたね。
でもその3年間が通過儀礼だったような気がしていて。そこでみんなの好きな映画を共有したり、こういうことができないのかなど突っ込んだ話ができたので、現場では揉めることはなかった。みんながそれぞれを理解し合ういい時間だったと思います。
とはいえ、一般視聴者の方は3人が共同監督しているというのは意外と気にならないと思ったりします。
ちなみに自分の担当でない時も、現場では他の監督の演出をずっと聞いているんですが、それが結構良かったなと思いました。その人の考え方やイメージが頭にスッと入ってきて。話し合って分かった部分と、現場で感じたことが融合してひとつの作品になったのだと思います。
タイムリミットがあったからこそつくる手を止めなかった
いろいろ揉めることも多かったとのことですが、途中で制作を諦めようと思うことはなかったのですか?
ありましたよ。“カメ止め”がヒットしたこともあって、制作期間が遅れに遅れたんですが、この時期に撮らなければならないというタイムリミットがあったからこそつくれたと思います。もしそれがなければ途中で諦めていたかもしれません。
自主制作映画だったら完成はなかったかも。期限があったから動かざるを得なかったということが逆に良かったです。
今回は、どんでん返しの繰り返し、全く先が読めない物語になっていましたが、最初からあの結末は考えていたのですか?
「イソップ童話」をモチーフにした企画と決まったのは2018年に入ってから。もう本当に撮影に入るギリギリの段階で。結末を考えて途中でどうするかを決めていたのでは?と思われがちですが、もう本当に骨格の部分からずっと悩んで時間が経っていった……という感じでした。
「イソップ童話」と決めてからは、“騙し合い”だったり“出し抜いたり”というキーワードが出て流れがハッキリしました。とはいえ、終わり方については編集中も悩んでいましたよ。あと、やっぱりみんなの思いや意見がたくさん入ったものを一つの作品にするのは大変で……。次やるなら20年後、いや50年後ですね(笑)。
ただ監督を目指している方に“映画をつくるときに監督は1人でなくてもいい”と気づいてもらいたいというのは少しあります。常識にとらわれすぎなくていいんだよというか。
インディーズ映画ならではのみんな一丸となった制作
タイプの違う3家族の物語がいつの間にか絡み合って結末に向かっていく作品ですが、それぞれお好きなシーンを教えてください。
自分が担当したシーンになりますが、冒頭の美羽(石川瑠華)が学校でボーっとしているシーンです。彼女が本当にかわいく撮れていて……。あのシーンがあるからこそ後半が生きるので、すごく大事にしました。
私は小柚(紅甘)が父親をスマホで撮影しているシーン。車で生活をしている2人の距離感をどう表現できるか?と考えたときに、あの撮影方法が浮かびました。実際に紅甘さんに撮影してもらったことで、父子の関係性が映像から垣間見れる気がします。
そうなんですよ。この映画は女の子が本当にかわいく見えるのがポイントです。小柚がカンフーで戦うシーンもカッコよく、アクションから学園モノのような透明感のある映像まで、色んなジャンルが入っているのが特徴ですね。そして、川瀬陽太さん演じる闇組織のおじさん方のいでたちも外連味があってカッコいい。キャストがみんなイキイキしているんですよ。
見直したときに生きてくるシーンで、美羽が自宅に帰宅するシーンも好き。ネタバレになるのですべては言えませんが、ここの照明がカギを握っています。このように、一度だけではなく二度目も楽しめるような仕掛けがあるのもこの作品ならでは。あと、意外に僕らも出ているんですよね。
“カメ止め”のヒット前に作るのが決まった作品なので、製作日数も9日と少なく、制作費も余裕がない中でつくっていて、インディーズに近い体制で撮影したため、自分たちもエキストラをしています。これは、メジャー作品との大きな違いかもしれませんね。
ちなみに皆さんが携わった『カメラを止めるな』は大ブームをつくりましたが、作品が独り歩きしてブームをつくっていく感覚はいかがでした?
本作を撮っているときがちょうど“カメ止め”が公開されて盛り上がっているときで。作品が大きくなってブームをつくっていくことに関しては考える余裕もなく、毎日取材や舞台挨拶でいっぱいいっぱいでしたね。
“カメ止め”はブームになっていったんですが、それはやはり上田さんがブームをつくり上げていったというところが大きいのかな?と思います。『4/猫 ねこぶんのよん』のときと同じでしたが、作品が完成した後もきちんと作品を観客に届け続けたというのが大きいと思います。
ちなみに“カメ止め”はキャストがビラ配りをしたとか、舞台挨拶を何度も行ったことが話題になりましたが、実はインディーズ映画ってそういうものなんですよ。作品をより多くの人に見てもらいたいから、そのための行動をするというか。ただ“カメ止め”は、ある時点からファンの方たちが制作者と同じように盛り上げてくれるようになって……。なんか仲間が増えていく感覚を味わいました。そこには、無名の映画監督と俳優がつくった映画というストーリーが相乗効果になって、より応援しやすくなっていたのかな?と思います。今回の『イソップの思うツボ』は、構造としては“カメ止め”とは全く違うタイプの作品なので、そこに合った届け方を考えていきたいと思います。
なろうとしたのではなく、楽しいことを追い求めたら“映画監督”になっていた
そもそも皆さんはいつごろから“映画監督”を意識されたのですか?
僕は、映画に出たい、撮りたいという気持ちがあって作品をつくっただけなので、“映画監督”になろう!と思ったことはないですね。僕は映画を撮る現場が一番好きなんですよ。すごく楽しいと思える瞬間が多い場所なので。そのために、現場は必ず楽しくなる雰囲気づくりを心がけています。楽しい方が色んなアイディアも出ますし、動きも早くなる。そういう雰囲気って絶対見る人に伝わると思うので。
僕は中学生のころから友達と映画みたいなものを撮り始めたりしていて、いつかは映画を撮って生活をしていきたいなとは思っていました。ただ、もちろん映画をメインストリームにと考えていますが、それ以外のドラマやCM、舞台なども面白そうなのでやりたいし、実際にやっていたこともあります。映画にだけ固執するつもりはないです。ただ、他の分野でやったことを持ち帰って映画をパワーアップさせたいという気持ちはどこかにあって。あと、人を楽しませるエンターテイナーでいたいなと常々思っています。
僕は子供のころは近所の川遊びが好きだったので魚博士になりたくて。それが小学校に上がり映画『ジュラシック・パーク』(1993年公開)を見て、今度は恐竜博士になりたくて……。そうやって興味が移って、今は人間に興味があるんですよ。だから映画監督をしているのかな?と思ったり。昔から、“映画監督”を目指していた!というのはないのかもしれないですね。
皆さんがクリエイターとして大事にしていることを教えてください。
行動すること。どんなアイデアも自分の中にとどめておくのではなく、他人の目にさらされないとそれが良いのか悪いのか分からないので。クリエイターって自分の中でいろいろ練ることが多いですが、それをまずは形にしていかないと全てにおいて始まらない。そしてその第一歩として、人に宣言するということがあると思います。映画を撮ります! 個展を開きます!などなんでもいいから口にすると、責任感も生まれて次第に形になってくるはずです。
僕は締め切り(笑)。というか、枷ですかね。脚本をつくるにしても編集するにしても、クリエイトって終わりがないじゃないですか。実は映画をつくるうえで一番困るのは、何でもかんでも好きにしていいよ、と言われること。こう言われると頭があまり回らないんですよ。ある程度の枠組みがあるとそこの中で動き回れるというか。それをつくってもらえないなら、自分でつくるしかないと思います。
絶対的な孤独かな……。作品づくりは孤独で、その孤独さがいい作品をつくり上げると思っているので。それも砂漠にポツンといるような孤独ではなく、雑踏中で誰からも語りかけられないような孤独。そこにいても自分の考えを曲げないでつくる強い気持ちが必要というか。孤独がモノをつくらせるということもあると思います。
こうして聞くと本当にみんなバラバラ。だからこそ、色んな方向から意見を出しあえていい作品がつくれたのかも。近かったらケンカしてましたよ(笑)
取材日:2019年6月20日 ライター:玉置晴子 スチール撮影:あらいだいすけ ムービー(撮影・編集):村上光廣
『イソップの思うツボ』
©埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
脚本:上田慎一郎 共同脚本:浅沼直也、中泉裕矢
監督:浅沼直也、上田慎一郎、中泉裕矢
出演:石川瑠華 井桁弘恵 紅甘
斉藤陽一郎 藤田健彦 髙橋雄祐 桐生コウジ 川瀬陽太
渡辺真起子 佐伯日菜子
製作:埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
制作・企画:デジタルSKIPステーション 制作プロダクション:オフィス・シロウズ
配給:アスミック・エース
公式 Twitter:turtle_themovie
8 月 16 日(金)全国ロードショー!
ストーリー
“家族”の仲も良く、カメだけが友達の内気な女子大生、亀田美羽。
大人気“タレント家族”の娘で、恋愛体質の女子大生、兎草早織。“ 復讐代行屋父娘”として、その日暮らしの生活を送る戌井小柚。
騙されるな!!
誘拐、裏切り、復讐、はがされる化けの皮! 予測不能の騙し合いバトルロワイヤル!
映画監督
浅沼直也(NAOYA ASANUMA)氏
1985年生まれ、長野県出身。『HeartBeat』(’13)がファンタスティック映画祭2011正式出品、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2012長編部門に正式ノミネートされ、文化庁委託事業若手映画作家育成プロジェクト2013に選出。2015年、オムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』の一編『一円の神様』で商業監督デビューを飾り、2016年に公開した『冬が燃えたら』が国内外25の映画祭にノミネートされ、10冠を達成した。『カメラを止めるな』(’17)ではスチールを担当。
上田慎一郎(SHINICHIRO UEDA)氏
1984年生まれ、滋賀県出身。2009年、映画製作団体「PANPOKOPINA」を結成。『お米とおっぱい』(’11)『テイク8』(’15)などの映画を監督。国内外の映画祭で、20のグランプリを含む46冠を獲得する。2015年、オムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』の一編『猫まんま』で商業監督デビュー。2018年に公開された初の劇場用長編『カメラを止めるな』は、2館から350館へ拡大公開されるなど大ブームに。2019年10月18日には『スペシャルアクターズ』の公開が控えている。
中泉裕矢(YUYA NAKAIZUMI)氏
1979年生まれ、茨城県出身。役者として舞台を中心に活躍後、2011年に『円罪』で初監督。『母との旅』(’13)では国内3つの映画祭でグランプリを獲得。2014年、『エンドロールを撮りに』を監督。2015年、オムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』の一編『ホテル菜の花』で商業監督デビュー。『カメラを止めるな』(’17)では助監督を担当。2019年には『君がまた走り出すとき』を監督。スピンオフ企画ドラマ「ハリウッド大作戦!」では監督を担当した。CMやWebドラマ、バラエティ番組の演出なども手掛けている。