映像2019.09.04

“今”しか撮れないものを、多くの人と出会ってきた経験を使って描いていく

Vol.006
映画『スタートアップ・ガールズ』監督
Chihiro Ikeda
池田 千尋

「映画は今を切り取るモノ」と考える池田千尋(いけだ ちひろ)監督。女性2人が活躍するお仕事ムービー『スタートアップ・ガールズ』を手掛けて見えてきた“今”とは? 今だから描けた映画の魅力と脚本家として他の監督作に携わっているからこそ感じる映画の魅力についてなど、大いに語っていただきました。

“スタートアップ”と映画づくりってどこか似ていると思いました

本作のテーマである“スタートアップ”。映画をつくる前に行ったことを教えてください。

今回、“スタートアップ”を題材することで、まずそのものを知ろうと思いました。物事って中身を知らないとその単語しか頭に入ってこないじゃないですか。私は、“スタートアップ”と聞いて、“起業”ということしか想像できませんでした。それだとドラマが生まれないので……。実際に起業家の方にお会いして取材をさせていただき、“スタートアップ”とはどういうことかを身を持って理解させていただきました。

そこから見えたのはどのようなことですか?

ひとつの何かを新しく始めるために人がたくさん集まって、とにかく成功させるまでやりきって終わったら散っていくという流れは、どこか映画づくりに似ているなと思いました。そしてその起業家の方たちは、世の中に対して貢献したい、変えてみたいという欲求や情熱をみなさんお持ちで……。その感情をていねいに描けたらすごく面白いものになると思いました。

自分の作品の登場人物みんな好きになっちゃうタイプです

そんな情熱やさまざまな思いを観客に伝えるために何を大事にして撮ることにしたのでしょうか?

まず上白石萌音ちゃんに演じてもらった大学生にして起業家・光という人間をきちんと掘り下げることを大事にしました。当初から、もう一人の主人公、山﨑紘菜ちゃんが演じた光をサポートをするOL・希目線で観客はこの物語を見ると考えていて、いずれ物語が進んでいったときに、光が魅力的に映っていけばこの映画で言いたいことが伝わると思っていました。そのために光という人物を観客にちゃんと伝えることで、起業家が秘めている情熱やいろんな思いを表現することにつながると感じました。そこでまず考えたのは、何を食べて、どんなことを考えているのかなど。そういうことを考えてキャラクターを肉付けしていけばいくほどリアリティが出てきて、私はどんどん光のことが好きになっていきました。スタッフが、「最初の方の光はやっぱり好きになれないね」みたいなことを言っていると、「ウソ! こんなにかわいくて魅力的なのに!」と思うほどで(笑)。光の魅力イコール“スタートアップ”することの面白さにつながっています。

監督は作品に出てくるキャラクターを好きになるタイプなんですね。

もちろんそうです。どんな作品に携わっても、基本、登場するキャラクターのことを好きになっちゃうんですよ。やっぱり人間って無骨だったり不器用だったりダメなところっていっぱいあって、そこを知れば知るほど愛らしいなって思っていくタイプで(笑)。そういうところをすくい取りながら作品をつくっていくうちに、自然とキャラクターを心の奥底で受け入れていますね。作品をつくればつくるほど好きな人が増えている状態です。

今回は対照的なキャラクターを上白石萌音さんと山﨑紘菜さんという対照的な女優が演じましたが、どのように演出されたのでしょうか?

実は全く違う方法でアプローチしました。萌音ちゃんはなんでもチャレンジする気持ちを持っていて、ものすごく可能性を秘めたいつ跳んでいってもいいようなバネを持っている女の子。私は萌音ちゃんと一緒に、どれだけ跳べるか、いろいろ話し合いながら役づくりをしていきました。対して紘菜ちゃんは彼女が演じた希と同じで、こうしたいという意志はあるけど不器用で、時々、考え過ぎてしまうところがある女の子。どちらかといえば寄り添いながら、彼女がやりたいという演技ができるまで待ちながら、一歩一歩、一緒に歩んでいくというやり方を取りました。演出ってひとつの方法があるわけではなく、やりながら掴んでいくしかないと思います。今回も2人と出会い、このやり方がいいなと思ってやっていった感じですね。

映画をつくるとき「“今”つくるべきものを撮ろう」と常に思っています

若い女性2人が主人公のお仕事モノの作品ってこれまであまりなかったような気がしますね。

そうかも。バディムービーって昔からたくさんありますが多くは男性同士や先輩後輩で、同世代のそれも若い女性のお仕事モノのバディムービーってあまり例がないかもしれません。それだけ今は、年齢や性別も関係なく、起業して世界で戦う時代になっているということなのかもしれませんが。映画って“今を切り取るモノ”だと思っています。映画は芸術であり商業であるのですが、変わりゆく世界をちゃんと捉えていないと、観客が「今、映画を観る」という理由が見つからないと思うんですよ。その価値観って古いよね、と言われるようなことを“今”やってしまうと終わりというか……。“今”の先端に映画という表現は常にあるべきだと思っています。私も映画をつくるうえで、「“今”つくるべきものを撮ろう」ということを忘れずに持っています。

作品中に出てくる、建設中の新国立競技場や東京の風景もその“今”のひとつということですか?

映画って、撮ってから公開までどうしても時間が開いちゃうんですが、今、東京という街がここまでグイグイと顔を変えているならそれを切り取りたいなという思いはありました。今、何を映せるか……。そういうことを意識して場所を選びましたね。とくに今回は“スタートアップ”という時代を映す職業を題材にしているので、この作品も時代を映すモノであるべきだなと考えました。

監督と脚本家の二刀流だからこそ、作品への関わり方が見えてくる

今回は監督をされていますが、池田監督は作品によっては脚本家として他の監督作に参加されたりとフレキシブルな活動をされていますね。

これが本当に不思議なんですよ。最初に映画をつくり始めたころは、当たり前のように脚本を書いて監督もしていてそれが当たり前だと思っていたのですが、デビュー作『東南角部屋二階の女』で脚本を別の方が書いて私が監督するという形をとってから変わりましたね。何か不思議なルートを辿り、自分が監督するときには別の脚本家の方にお願いしたり、他の監督作品には脚本家で参加させていただいたり、ときにはどちらも自分でやったりと……。どのやり方でも映画に携わるという大きな意味合いでは同じですが(笑)。

決定的な違いはあったりしますか?

それはやっぱり、監督が“作品の幹を担う人間である”ということ。脚本家として参加するときはもちろん自分にも軸がありますが、監督の幹に私の考えたことをどう絡めることによって世界が広がっていくのかということを考えます。「私ならこうします」というのはなく、この監督が狙っていることがこうなら、きっとこっちの方向に話をもっていくとより面白くなるだろうということを考えたりして。とはいえ、人のことばかり考えていたらそれはダメなので、自分はその作品に対してどのように感じたかということもはっきり持っておくことが大事になってきます。これがすごく勉強になるし面白いんですよ。それこそ色んな監督とお仕事をご一緒して、毎回私の中の新しい何かが開かれていく感じで……。脚本側からも監督側からも作品づくりを知ることができるのって本当にありがたいです。そして自分にない発想、ない軸に触れることで自分の世界が広がるのが楽しいです。ちなみに監督をする際は、いかに幹として大きく吸収できるか、いかに木を大きくできるかということを心がけています。

どちらも人とのコミュニケーションが大切になってきますね。

これが難しくて。私は昔、「人の話を聞かない池田」と呼ばれていたことがあるほど頑固者で(笑)。昔はどうしても、自分がいいと思うものと、みなさんの言ってくださるアドバイスとのバランスを取ることが本当に下手だったんですよ。でもあるときから、どういう塩梅でみなさんのアドバイスを取り入れるのがいいのかが分かってきました。それはやっぱり経験ですね。私はありがたいことに若いときにデビューさせていただいたのですが、経験値が足りなさすぎてしんどいことが多かったです。でもそれなりにお仕事をいただき、経験を積むことで私は成長できました。私は、スタッフとキャストのみなさんによって成長させていただいた監督だと思っています。

はじめて自分が思っていることを形にしたときの衝撃は忘れられない

そもそも監督を目指したきっかけは何だったのですか?

中学生のころに『トリコロール/青の愛』(’93年、フランス映画)を偶然テレビで観て、何か分からないけどこれだ!と思いましたね。当時の私は、すごく口下手で友達もそんなにうまくつくれるタイプじゃなかったんですよ。でも思っていること、考えていることはすごく溜まっていて……。いわゆるアウトプット先がなかったんです。そんな中映画を観て、言葉ではない何かで人間の感情や思い、ドラマを伝えられるということを知りました。そしてなぜか、私にピッタリだと確信を持ってしまって(笑)。それで高校生から手探りで映画をつくるようになりました。自分で脚本を書き、30分ほどの映画をつくり上げて見てもらったときは衝撃的でしたね。自分の思いだけが詰まったひとつの塊が、人に見られることによってひとつの作品になったというか……。あの感覚は今でも忘れられないです。

映画監督になろうと決めてから努力したことなどありますか?

ひとつは映画をたくさん観るということです。あともうひとつは、人とのコミュニケーションをきちんととるということ。映画は個人でつくることができるわけではなく、他者との作業が生まれてきます。そのためには意思の疎通がすごく大事になってくるんです。わたしは最初はそれがすごく下手くそで。自分が思っていることがあってもどうしたら人に伝わるか、理解してもらえるのかが分からなかったんですよ。そのためにも摩擦を繰り返しましたね。でもそれではダメだと気づいてから、自分がやりたいことはちゃんと言葉に出して、そして相手が言っていることもしっかり聞いて理解しようとしました。今もまだ得意とは言えませんが、そこは気を付けるようにしています。映画をつくるってことは、人のことがどんなに苦手でも、努力して接していかないとつくれないものですから。

ではクリエイターとして大事なことは何だと思いますか?

“一生懸命きちんと生きること”です。作品というフィルターがあったとしても、映画監督も役者さんも、自分の身を晒して生きています。私たちが自分の世界にどのように向き合っているか、人のことをどう思っているのかなど、その人を見ていたらどこかでばれちゃうと思います。なので、きちんと生きているということは大切かなと。あと、もちろん“続けること”も大事。これが実は何よりも難しいことで。続けるためには多くの人と関わりを持って、その人たちとどのように接していくかが大事。クリエティブな職業って、絶対に人との関わりが基本なんですよ。そして人との関わり合いを大事にしていくといいこともたくさんあります。自分の価値観を増やして、自分という人間を大きくして、これからもモノをつくっていきましょう。

取材日:2019年8月20日 ライター:玉置 晴子 ムービー:村上 光廣

映画『スタートアップ・ガールズ』

©2018 KM-WWORKS Ltd., All rights reserved.

監督:池田千尋
脚本:髙橋泉
出演:上白石萌音、山崎紘菜
   大西礼芳、長田侑子、沖田裕樹、三河悠冴
   渡辺真起子、宮川一朗太、神保悟志
   山本耕史
エグゼクティブプロデューサー:ケイシー・ウォール、亀山暢央、松橋祥司
配給:プレシディオ
©2018 KM-WWORKS Ltd., All rights reserved.

ストーリー

無理だと思った瞬間、人はその思考に負ける!

自由奔放で天才的な大学生起業家・光(上白石萌音)と“無難 is BEST”な安定志向をもつ大企業OL・希(山崎紘菜)。
正反対の2人は、光の事業をサポートしている水木(山本耕史)の計らいで、小児医療遠隔操作で診察をする新プロジェクトのビジネスパートナーになってしまう。身勝手な光の言動に振り回される希は、光を信じることができず、仕事にも行き詰まる。
非常識女vs 手堅い女。人生最悪の出会いは、史上最強の新時代を創り出すことができるのか?

プロフィール
映画『スタートアップ・ガールズ』監督
池田 千尋
1980年生まれ、静岡県出身。高校生のころから映画を撮りだし、大学卒業後、映画美学校、東京藝術大学大学院などで映画を学ぶ。2008年に『東南角部屋二階の女』で長編監督デビュー。その後、『先輩と彼女』『東京の日』(ともに’15年)など監督、また『クリーピーの隣 偽り人』(’16年)で黒沢清監督と共同脚本に携わるなど、脚本家としても活躍。映画だけでなく、テレビやミュージックビデオ、舞台など幅広く活躍している。

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