映画は妄想から生まれるものなので、妄想の種をくれる人は本当にありがたい存在です
中井貴一と佐々木蔵之介がバディを組み、幻の茶器をめぐり世紀のコンゲーム(騙しあい)を繰り広げる映画『嘘八百 京町ロワイヤル』。大人のエンタメとしても楽しめる本作を手掛けた武正晴(たけ まさはる)監督に、『嘘八百』シリーズの誕生秘話や撮影現場の魅力、映画を作るうえで大事にしていることなどを教えていただきました。
ツッコミ満載な内容はテンポよく見せていかないと粗が出てしまう
『嘘八百』シリーズが生まれた経緯を教えてください。
映画『百円の恋』を見たプロデューサーが一緒に劇場映画を作りたいと言ってくれたのが始まりでした。そこで提案されたのが、いわゆる映画『スティング』のような詐欺師のバディもののストーリー。そういうのならできるかなと思って話を聞くと、物語の舞台が大阪・堺ということも決まっていて……。そこからどうやっていこう?と悩んだんですが、堺と聞いて、僕の好きな安土桃山時代を舞台にした大河ドラマ『黄金の日日』を思い出し、シリーズ1作目は千利休などの“骨董”を題材にすることにしました。シリーズ2作目もその設定を踏襲し、骨董がテーマになっています。
千利休から陶芸というキーワードができてテーマが決まったとのことですが、陶芸に興味はあったのですか?
正直、特になかったですね(笑)。小学校の図工の時間に粘土を触ったきりですよ。でも歴史は好きだったので、茶器を作りはしないけど“骨董”と呼ばれる茶器の裏側にある時代背景などに興味はありました。調べていくとやはり歴史は面白く、作品の方向性は“骨董”で決まりましたね。前作は企画から製作に入るまでにそれなりの時間があったので、何度もシナリオを書き直して作りましたが、今作は時間が全くなかったです(笑)。
『嘘八百』シリーズはテンポの良さも魅力のひとつですね。
実は、隅々までちゃんと見せない方が得だと感じることがあって……。だって、しっかり見せたら観客はじっくり考えちゃうでしょ。そしたら色んなところからほころびが出てウソがバレる(笑)。なので、観客に今起こったことをあえて振りかえらせないよう、テンポよく次から次へと進む展開にしています。そういう手法ってどこか昔の作品に近いのかもしれないですね。ツッコミどころ満載というか、そんなバカな!?ということがたくさん起こるという。ただ、最近だと、そういう勢いだけで突き進むと怒っちゃう人がいるんで、また難しい。なんか喜劇はつくりにくい時代になったと思います。人を笑わせるって一番難しいですから。あと役者さんたちのスキルもかなり重要になってきます。
続編は前作と似てしまいがちで、新作を作るよりも大変だと思います
前作公開中から続編が決定したという本作。どのようにして作られたのですか?
多くの方が見てくださって続編となったわけですが、やはり続編となると予算も上がるのかな?と思うじゃないですか。なので、オープニングは海外からスタートして……なんて、勝手に夢を膨らまして打ち合わせに行ったら、「今度は京都あたりでどうですか?」と言われて、もう「えーーーーー」でした(笑)。そんな失意の中、京都を舞台にして何ができるか考えたのですが、どうしても前作と同じような話になってしまう。試行錯誤しているうちに“古田織部”というキーワードが出てきました。僕はマンガ『へうげもの』の主人公くらいしか知識がなくて、まずはマンガを読むところから始めました。
今回の物語の鍵となる茶器を作った“古田織部”のことをまったく知らなかったんですね。
そうですね。ただ1カ月くらい色々調べていったら鉱脈が見えてきたので、織部焼をテーマにすることにしました。とはいっても、扱う骨董は違えどキャラクターは前回と同じなので、あまり動きが出ず代わり映えがしないんですよ。そこで女性を入れてみたら、急に話が動き出し広がりが出ました。続編を作るとなると、前回と違うスパイスを何か入れないと変わらないんです。
やはり続編を作るのは難しいですか?
僕にとっては新作よりも難しいと思います。新鮮味がないと、観客のハードルも上がりますから。でもシリーズものはキャラクターができあがっているので、物語の道筋を作れば、魅力あふれるキャラクターが勝手に動いてくれる面白さがあります。これに関しては中井(貴一)さんと(佐々木)蔵之介さんのおかげです。彼らが演じる則夫(中井)と佐輔(佐々木)のやり取りは面白いですから。
前作も本作もタイトな期間で作品を作られたとお聞きしましたが。
中井さんと蔵之介さんをはじめとした素晴らしいプレイヤーがいたからできたと思います。どんな演技も自由自在ですから。よく“監督冥利に尽きる”と言いますが、これこそまさにという感じです。ただ製作期間や予算が少ないのは本当に大変ですよ。もう笑い事じゃない(笑)。でもそんな状況でも、やっぱり映画はつくっていきたいですね。あと数年はとことん頑張りたいです。
人が考えた妄想を、どう面白く自分らしくアレンジできるか挑戦しました
そもそもどういうきっかけで監督になられたんですか?
子供のころから映画は好きで、できればずっと映画を観ていたかったので、どんな形でもいいから映画に携わりたくて……。小学生の将来の夢で、「映画の仕事」と書いたのを覚えています。大学に入ってもその気持ちは変わらず、映画ばかり見て映画研究部に所属していました。とはいっても映画製作はしていなくて……。東京の大学生は自分たちで映画を作るんだ、すごいなって、どこか人ごとのようでした。そんなとき先輩からアルバイトを紹介してもらって、それが東映撮影所のアシスタントの仕事でした。当時の現場は罵声が飛び交ったり殴り合いがあったりして、なんだここは?という感じで(笑)。めちゃくちゃ嫌でしたが、紹介された手前、逃げ出すこともできず……。次第に色んな才能を持った人や面白い人と出会うことができ、毎日が楽しくなりました。つらかったけど面白かったですね。
工藤栄一さんや崔洋一さん、井筒和幸さんらそうそうたる監督の助監督を務められて、監督になりたいとより強く思うようになったのですか?
逆ですよ。初めて助監督して、監督はムリだなと思いました。こんな人にはなれないって。よっぽど修行しても追いつけないと感じ、3、4年やってみてムリなら見込み無いだろうと思っていました。ただありがたいことに、だんだん色んな人が現場に呼んでくれるようになって。それで今がある感じですかね。監督って自分がやりたいと思ってもできるわけでなく、スタッフや周りの人たちがいないとできないんですよ。今回の『嘘八百』シリーズもそうですが、人が考えた妄想をどう面白く自分らしくアレンジして話を広げて映画にするかが大事で。もちろんスタートが自分の妄想ということもありますが、僕自身、あまり妄想を持っているタイプではないので。そこは悩みの種ですが、そうやってヒントをくれる人がそばにいたことで、監督になれたんだと思います。
もともと、どのようなジャンルの作品を撮りたかったんですか?
『アラビアのロレンス』や『ゴッドファーザー』のような骨太の作品を作りたかったです。でも作り方さえもよく分からないし(笑)。それに映画のもととなる妄想は、自分自身を掘り起こして見つけていかなければならない。これは結構しんどい作業です。そして出てきたものが、人が見て楽しいのか?と思うものばかりになってしまったりして……。なので、プロデューサーが“詐欺師”や“堺”といったキーワードをくれたほうがよっぽど面白い作品が作れるんじゃないかなと思います。だって、僕を掘り起こしてもそういう部分は出てこないですから。でも、そのキーワードをもらっても、ボーっとしていたら討ち死にです。そうなりたくないので、そのキーワードと自分の発想をうまく組み合わせて面白いものを作っていく……。やるからには、自分を含めてみんなが面白いと思うものを作らなければいけないと思っています。
一流の監督の現場は役者もスタッフも一流で、学ぶことが多い
大変な現場をいくつも経験されていますが、逃げ出そうとは思わなかったのですか?
ひどかったですが面白い!という気持ちが強かったです。撮影所に行けば、黒澤明監督や市川昆監督が普通にいる。スタジオの前でウロウロしたり、あいさつするだけですごく幸せな気持ちになりましたし、すごくワクワクしましたね。そして、一流ってすごいと感じました。もちろんピンからキリまでという言葉通り、キリ(最低)の人もいるんですが、現場で強く思ったのは、ピン(最高)の監督の現場で仕事をしたいと。一流の監督の現場は役者さんもスタッフも一流で、学ぶこともたくさんあります。自分で選択できないにしても、会いたい人やこういう監督のもとでやりたいという意志をはっきりさせておくことが必要だと感じ、よく誰に会いたいのかハッキリと口に出していました。そうするといつかそういう現場に誰かが紹介してくれるんですよ。僕は井筒監督と仕事をしたいと声に出していたら、ちゃんとできましたから。夢はかなうもんですよ。
最後にクリエイターに向けてメッセージをお願いいたします。
こういう業界には、メイキングする人とクリエイトする人がいると思います。今回のような続編を作るというのはどちらかといえばメイキングで、新しいものを生み出すというのはクリエイトに近いかも。クリエイトすることはすごく難しく、生きているうちに評価されるものを作るのは相当大変です。ただ、もしそういう作品がひとつでも生まれたら、それは自分が死んだ後も残り続けるはず。その点、メイキングで生まれたものは消費されていきやすい。メイキングが悪いとは言いませんが、ぜひクリエイトしたものをひとつは作ってください。よく観客動員何万人突破といいますが、一人が100回見てくれるような映画を作れたら最高です。それを世界の人たちは“マスターピース”と呼びますが、そういう作品を作れるかどうか。作れない人の方が多いだろうし、もしかしたら僕も作れない側の人かもしれない。ただ、やってみないと分からないから、やれる機会があるなら必死になってあがいたほうがいいと思います。
『嘘八百 京町ロワイヤル』の中でも、則夫が売れない陶芸家の佐輔に「もうちょっと頑張っていれば作品が理解される。長生きしろよ」と語りかけていますもんね。
よっぽど才能がある人なら1作目で作れるんですが、私や佐輔のような人間には寿命が足りないんですよ。でもそういうときに助けになるのはよい仲間だと思います。映画は妄想から生まれてくるものなので、妄想の種をくれる人は本当にありがたい存在です。映画はひとりでは作れませんから。色んな才能をかき集めてひとつにできるのが映画の良いところ。できるだけ多くの人を巻き込んで、自分しか作れない“マスターピース”を作ってください。
取材日:2019年11月20日 ライター:玉置 晴子 ムービー(編集):村上 光廣
『嘘八百 京町ロワイヤル』
©2020『嘘八百 京町ロワイヤル』製作委員会
2020年1月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
出演:中井貴一 佐々木蔵之介
広末涼子 友近 森川葵 山田裕貴
坂田利夫 前野朋哉 木下ほうか 塚地武雅/竜雷太/加藤雅也
監督:武正晴 脚本:今井雅子 足立紳 音楽:富貴晴美
配給:ギャガ
ストーリー
贋物仕事から足を洗った古物商・小池則夫(中井貴一)と陶芸家・野田佐輔(佐々木蔵之介)。京都と堺でそれぞれ再出発したのも束の間、あるTV番組に過去をスッパ抜かれて開運人生に暗雲が。そんな則夫の前に現れたのは謎の京美人・橘志野(広末涼子)。千利休の弟子にして「天下一」と称された古田織部の幻の茶器を騙し取られたと聞くと、堺から佐輔を呼び寄せ、愛と正義の贋物作戦。ところが、その茶器の背後にはとてつもない陰謀がうずまいていた・・・。