結婚を機に東京から仙台へ。ひとの暮らしを豊かにするデザインを目指して。
- 仙台
- デザイナー 松井 愛 氏
- Profile
- 1987年千葉県生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、紅茶好きが高じ国内大手お茶ブランドでパッケージデザイナーとして商品開発に携わる。2015年、結婚を機に退職し、仙台へ移住。現在は、仙台のデザイン事務所『株式会社enround』にて、デザイナーとして多様な業種のクライアントと関わる中で活躍の幅を広げている。
夢中で働いたお茶ブランドでのパッケージデザイナー時代。
これまでのキャリアを教えてください。
高校卒業後、桑沢デザイン研究所でビジュアルデザインを学びました。在学中、就職について考えたとき自分の好きなことにデザイナーとして携わりたいと強く思いました。そこで、ずっとファンだったお茶ブランドについて調べたところ学校のすぐそばに本社があることがわかり、アルバイトで雇ってもらえないかとお願いに行ったのです。当時募集は出ていなかったのですが、熱意を買ってくださり、学生ながらアルバイトとして商品開発の仕事に触れました。自分のデザインが商品化されたこともありました。卒業後に社員登用となり、商品開発部の専属パッケージデザイナーとして6年間勤めました。その後、結婚を機に退職し、仙台に引っ越して今のデザイン事務所に勤めデザインに携わっています。
前職のパッケージデザイナーは具体的にはどんなお仕事だったのでしょうか。
全国に展開するお茶ブランドなのですが、デザインは全て社内で行っていました。商品開発部の社員がパッケージデザインを行います。当時は複数のデザイナーがそれぞれにプロジェクトを担当しており、社内コンペを経て商品化が決まっていました。商品化されると、パッケージの予算をもとにコスト管理を行い、包装資材や印刷関係の業者さんと打ち合わせを重ねます。実際にデザインが決まってからも工場視察や印刷立ち会い、納品された資材の検品など、商品化するまでの品質を管理し、最終的には店頭に立って販売することもありました。大きな会社ですが、プロジェクト担当制なので何役も任せてもらえます。全国での催事も多く、出張で地方を訪れることができるのも刺激をもらえるいい機会でした。毎日があっと言う間に過ぎましたが、商品ができるまでのプロセスを学ぶことができて、とても楽しくお仕事をさせていただきました。
結婚を機に退職、仙台へ。生活面でも仕事面でも不安があった。
お仕事が順調な中、仙台に移住することになった時の心境は。
当時交際していた現在の夫は、すでに転勤で仙台に暮らしていましたが、結婚の話が出たときは、まだしばらくは仙台勤務が続くと決まっていました。ですから何度も話し合い、最終的に私が退職して仙台に引っ越すことにしました。正直なところ会社にも仕事にも愛着があり、退職しなければならないことがとても残念でした。当時勤めていた会社の店舗が仙台にもあり何度か出張で訪れていたので、仙台に少しだけ土地勘はあったものの、生活面では頼れる人がいないこと、仕事面ではずっと自社商品の開発だけに携わっていたので、自分の力がどこまで通用するのかわからないことなどに漠然と不安を抱いていましたね。
実際に仙台に引っ越されて不安は解消されましたか。
いえ、当初は不安ばかりでした。特に仕事が決まらないことがストレスで……。デザインや制作系の人脈が全くありませんでしたので、ハローワークや転職サイトで仕事を探しました。これまでずっと自社で内製の仕事をしていたので、制作会社やデザイン事務所の方とお仕事をした経験がなく、自分の実力がわからない中での仕事探しは不安ばかりが募りました。仙台の求人票にはWeb系の仕事が多く、ハローワークの方にはWeb制作や印刷会社の営業職を勧められましたが、自分にはまったくそのスキルがない……。仕事探しに2ヶ月ほど悶々と悩み、仕事が決まらないことへの焦りが強くなってきた頃に、Webアプリケーション開発の職業訓練を受けることに決めました。半年間という期間があったので、そこで交友関係が広がり、こちらの生活にも次第に慣れることができました。
現在のデザイン事務所に勤めることになった経緯を教えてください。
職業訓練で出会ったキャリアコンサルタントの方に「フェローズという会社があなたに合った仕事をマッチングしてくれる」と勧めてもらったのです。クリエイター専門の派遣会社があるとは全く知らなかったのですが、早速フェローズに連絡して、エージェントの方に自分のやりたい仕事を伝えたところ、「松井さんだったら大丈夫です」と当時の私にはとても心強い言葉をいただきました。その後すぐに現在勤めているこの事務所を紹介していただき、最初は派遣社員として、現在は社員として働かせていただいています。
小さなデザイン事務所で再発見した「ひとを支える仕事は無限にある」ということ。
現在のお仕事の内容について教えていただけますか。
クライアントのニーズに応じて、マーケティングや商品企画、ブランディング、CI、前職の経験を生かしたパッケージデザイン、職業訓練で学んだWeb制作などを行っています。クライアントは、北海道の農園、東京の洋服お直し専門店、その他美術館、飲食店、水産加工会社、弁護士事務所など、業種や業態も多岐にわたります。実際にデザイン作業をする時間は短く、打ち合わせや企画の立案、リサーチなどにより多くの時間を充てています。この仕事に就いてしばらくして、前職では自分自身が紅茶という商品のターゲット像に合致していたため、仕事がしやすかったのだと改めて気づきました。多様な職種のクライアントとお仕事ができることは、人間的に学ばせていただくことが多く刺激を受けています。
デザイナーという職業について、新たな発見はありましたか。
企業内デザイナーとして勤めていた頃には、デザインの価値を改めて考えることがありませんでした。社内的には必要とされていましたが、対外的に自分の価値がわからなった理由でもあると思います。しかし、今の仕事をしている中で「デザインにはどれほどの力があるのか、その対価がいかほどなのか」という、根本的な商業デザインの本質やその価値を深く考えることができるようになりました。自分が携わったデザインの価値を客観的に自覚できるようになったこと、よりコスト意識が強くなったことで、クライアントへ提案できることの幅は広がったと思います。
自然を身近に感じ緩やかに流れる時間。仙台生活の充実度がデザインにも表れる。
現在の仙台生活はいかがですか。
とても充実しています。仙台は自然がほどよく身近にあり、食べ物も美味しくて、日々穏やかに過ごしています。東京に戻れるかと逆に心配になります(笑)。慌ただしく東京で暮らしていたころと比べて時間にゆとりができたので、人の生活や営みについて考えることも多いです。
地方で仕事をしたいと考えている方へアドバイスはありますか。
私の転職は八方塞がりでした。でも、人のつながりによって就職先のご縁が結ばれたと感じています。私の場合は職業訓練校で交友関係が広がり、「仙台」という土地や住んでいる人を深く知ったことがきっかけでした。地方に行くとこれまでの自分の考えや価値観が標準ではないことに気づきます。自分の物差しや先入観にとらわれず、何事にもチャレンジしていくことが大事ではないでしょうか。
取材日:2017年10月30日 ライター:門馬祥子
松井 愛(まつい あい)
千葉県出身。桑沢デザイン研究所卒業後、大手お茶ブランドで企業デザイナーとしてパッケージデザインに従事。現在は、結婚を機に仙台に移住し、個人デザイン事務所にてデザイナーとして籍を置く。ひとの暮らしを豊かにするデザインを目指して、持ち前の好奇心と行動力を磨き精力的に活動している。