藻類細胞を電気的に高速形状判断するマイクロ流体デバイスを開発
【概要】
近年、地球温暖化対策を産業によって解決するべく、植物や微生物が行う光合成で二酸化炭素を活用し有用物質をつくる研究が進んでいます。なかでも多糖類を効率よく産生するユーグレナは、健康食品、化粧品、バイオプラスチック、バイオ燃料の原料や、二酸化炭素の処理などで有望視されていますが、より産業で活用するには、より生産性の高いユーグレナ株の選別がその一助となります。効率よく光合成を行うには、光を有効に使う必要がありますが、それにはユーグレナの大きさや、細い・太いといった形状が重要なファクターです。ユーグレナの形状は、ユーグレナ自体の持つ生体時計、代謝、細胞周期、培養環境と密接に関係します(図1(a))。このため、ユーグレナの形状をいかに高速かつ大量、正確に識別できるかが、より生産性の高いユーグレナを得るための重要課題になります。これまで、顕微鏡下での光散乱を用いて画像を取得するなどの光学的な手法で個々のユーグレナの形状を識別していましたが、低コスト化や処理能力の改善、小型化、自動化による培養槽組込みなどが研究において望まれていました。今回開発したシステムは、マイクロ流体デバイスを用いて、連続的に複数のユーグレナの形状を瞬時に判断します。本システムでは電気的に測定を行うため、顕微鏡のような光学的装置は必要ありません。このシステムでは、流路チャネル内に特殊な構造のマルチ電極を配置し(図1(b))、マルチ電極上をユーグレナが横切る時の信号の持続時間、振幅、波形から、ユーグレナの形状を高速で連続して識別できるようになりました。時間あたりの処理能力としては、毎秒1,000細胞の高速で識別することができます。さらに、ユーグレナ以外の藻類や微生物の形状判断に応用可能なことと、小型で、かつ連続して形状を識別することができるデバイスの特徴を生かし、フィールドで使用できる可搬可能なシステム構築や、培養槽での藻類の常時モニタリングへの応用が可能となり、急速に高まっている藻類産業(スマートセル産業)への展開が期待されます。
今回の研究成果は、2021年8月10日(火)にBiosensors and Bioelectronics誌 (Elsevier, Netherlands)にインターネット掲載されました。
【本研究成果の掲載URL】
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0956566321005583
【解説】
緊迫している地球温暖化の対策の一つとして、藻類を用いて大気中の二酸化炭素から有用物質を生産する試みが進められています。様々な種類の藻類は、光合成により二酸化炭素と水から糖をはじめとする有用物質を作り、細胞内に蓄積します。この過程はほかの植物でも見られますが、藻類は増速が速く、有用物質の生産を比較的に簡便に制御できるため、工業生産に向いていると言われています。また、藻類が作った物質をバイオ燃料の原料に用いたり、食品や化粧品に利用する研究も盛んに進められています。様々な種類の藻類の中でも、ユーグレナは稀な構造を持つ顆粒状の多糖であるパラミロンを蓄積します。将来的に、この多糖類に対する需要の高まりも想定され、多糖をより多く蓄積するユーグレナ株を選定・培養するために、迅速かつ簡便に形状識別できることなどが重要となります。
今後の社会の持続的発展には、地球温暖化対策と有用物質生産し産業で活用することの両立が必要で、二酸化炭素を活用により有用物質を効率よく産生し、蓄積するユーグレナ株の作出や培養が期待されています。
【今までの問題点】
これまで、大量のユーグレナの形状を識別するために、顕微鏡で個々の細胞を画像として取得していました。さらに、処理能力を上げる目的で、流路にユーグレナを高速で流して高速度カメラで撮像する方法や、蛍光イメージング、ラマン散乱やミー散乱等の光散乱を用いる光学的な観察手法が開発されています。これらの手法は、複雑な光学システムが必要になり、装置そのものが大型でコストもかかっていました。電気的な形状識別が可能になれば、複雑な光学システムが不要になり、電極と小さな回路基板からなる超小型の形状識別装置が実現できます。従来から、電極間やナノポアーを横切る細胞の平均径とインピーダンス特性に相関があることは知られていましたが、ユーグレナのような細長い細胞の形状計測には不向きでした。
【本研究の目的と得られた解決方法】
非対称型電極と採用した細胞インピーダンス計測システムを開発し、ユーグレナの形状を簡便に識別することに成功しました。これまでのインピーダンス計測手法では、電極の間に均一な電場を作り、それを通過する細胞のインピーダンスを分析します。この既存の方法では、対称且つ規則的な形状を持つものを計測対象としており、電場を通過する時間をもってサイズを測定します。しかし、ユーグレナのような、対称性が低く、不規則な形状である細胞のサイズ・形状の測定には不向きであったことから、本研究グループは、通常の電極間に傾斜電極を追加し(図2(a))、電場に進入した対象の流路中の位置情報を信号の振幅で、大きさを信号幅で、形状を信号の立ち上がりと立下りのズレ、すなわち偏心率(Tilt index))として計測しました(図2(b))。その結果として、電気インピーダンス測定だけで細胞形状の情報を得ることができるようになりました。
【本研究の意義】
傾斜電極を追加したデバイスによる電気インピーダンス測定は、ユーグレナの大きさや形状を毎秒1,000細胞の高速で正確に計測することを可能にしました。本手法はユーグレナ以外の藻類にも幅広く応用することで、今後、利用の拡大が期待されている藻類から有用物質を生産することを、研究から産業化へ後押しする技術に育成していきたいと考えています。
【添付図】
図1 ユーグレナの形状変化に与えるパラメーターと本計測手法の特徴
(a)ユーグレナの形状に対して、遺伝的特性以外にも、生体時計、光合成、代謝、細胞周期、培養環境が影響します。遺伝的に二酸化炭素固定と有用物質産生の両面で優れたユーグレナ株を得ることができるとともに、これらパラメーターを制御することによって、ユーグレナの有用物質を蓄積する条件をより精緻に確認することができます。
(b)マイクロ流体デバイスのマイクロチャネルに通常の電極に加えて傾斜電極を配置し、交流電圧(2.6 V,1MHz)を電極にかけ、ユーグレナが電極の上を通過するときの電気インピーダンスの時間変化を測定します。測定時に、ユーグレナの形状により、測定される信号の波形が変化します。例えば、対称型のCell 2では波形は左右対称になりますが、形のいびつなCell 1では非対称の波形となります。ここでは、波形の左右の偏りを偏心率(Tilt Index)として定義し、このときの電気信号の持続時間(w)、振幅(L)、と偏心率(Tilt Index)から、それぞれユーグレナの大きさ、位置情報、形状(細い・太い)を算出します。
図2 ユーグレナの電気インピーダンス顕微観察システムとその原理
(a) マイクロ流体デバイスに幅100μmの直線マイクロチャネルを作製し、その中に三端子交流印加電極と傾斜電極を配置しました。三端子交流電極の中央と両端間に電圧(2.6V, 1MHz)を印加し、両端電極細胞の分極により変化する電圧を差動電圧として読み取ります。
(b)直径10μm のビーズと、10×50μm2 のユーグレナを上記のマイクロチャネルに流し、採集したインピーダンス信号を比較しました。ビーズから採集した信号波形の偏心率はほぼなく(最大で0.03)、ユーグレナから採集した信号には偏心率が0.765と0.579となりました。偏心率が2点得られるのは、電極領域を入るときと電極領域を出る時にインピーダンスが発生するからで、それぞれ偏心率の大きさは、ユーグレナの形状の偏り方によります。
図3 1,100個のビーズとユーグレナのインピーダンス信号偏心率
1,100個の球形ビーズの波形の偏りを調査したところ、偏心率は0.03前後でそろっていました (a-i)。一方、細長い形状の長さ方向に偏りのある1,100個のユーグレナの波形の偏りを調査したところ、偏心率は平均0.24でした(a-ii)。画像を照合したところ、おおよそ偏心率0.113と0.44を境界に、小型で球に近い型、細くて長い型、短くて太い型に分類できました。細長いユーグレナと太くて短いユーグレナの波形偏心率を詳しく調べたところ、細長い型の波形の偏心率は、入り口側電極で0.228、出口側で0.231とほぼ同じで、長軸方向で対称であることが推測できました。一方、短い・太い型の偏心率は0.765と0.579であり、膨らんでいて、頭部と後部には明らかな体積差があることが計測できました。
【説明】
〇ユーグレナ
鞭毛を持ち、光に向かって水中を移動する単細胞生物で、体内に多数の葉緑体を持ち、光合成で水と二酸化炭素からグルコースを産生します。このグルコースから多糖の一種であるパラミロンを産生し、顆粒として体内に蓄積します。高酸素環境下にするとパラミロンからオイルを産生します。淡水のみならず酸性の水や、塩を含む水でも生育します。
〇マイクロ流体デバイス
半導体微細加工技術や精密機械加工技術を用いて作製された、幅・深さが数μm~数100μm程度の流路構造(髪の毛の直径は200μm)を集積してあるチップ状のデバイスです。
〇電気インピーダンス
交流電圧を物質に印加し、流れる微弱な電流を測定し、その際の電圧を電流で割って得られる量をインピーダンスといいます。
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