オマージュもクリエイティブに挑戦、チェーホフのDNAを現代劇に
劇作家チェーホフの作品を観ていると、登場人物が100年後の人たちに自分たちがどう見られているかをやけに気にする様子が出て来る。チェーホフの最盛期は1900年前後だから、だいたい現代に生きる私たちがその「100年後の人たち」になる。私たちはその100年前の作品に少しも古さを感じない。むしろそのころは「現代の始まり」とも言え、現代人が抱えるさまざまな問題とも深いところで通じ合っているのだ。そんなチェーホフ劇のDNAを現代劇の中に溶かし込んだらどうなるのか。米国の不条理喜劇の名手、クリストファー・デュラングがそれに挑み、なんと2013年に米国演劇界最高の栄誉「トニー賞」の演劇部門作品賞を獲得してしまう。そんな傑作舞台「ワーニャ、ソーニャ、マーシャ、と、スパイク」が9月24日から、チェーホフ劇を得意としてきた劇団民藝によって上演されている。(写真提供・劇団民藝)
舞台はペニシルベニア州の古びた邸宅。女優として成功している40代の妹が突然帰郷した。それも若い恋人同伴で。この家で両親の介護を終えた兄のワーニャと養女のソーニャはともに50代。退屈な人生を憂いていたが、マーシャの帰郷には嫌な予感しかしなかった。物語は近所にある親戚の家に遊びに来た若い女優志望のニーナや、この家に起きることを次々と予言して当てているカッサンドラも巻き込んで、とんでもない方向へと転がっていく。
演劇ファンなら、チェーホフ劇の登場人物たちを散りばめたこのタイトルだけでお酒が2杯は飲める。さらに女優の帰郷は「かもめ」、メランコリックに窓の外を見つめる様子は「桜の園」、刺激的な人物が家庭をかき乱すのは「三人姉妹」や「桜の園」、生き方に悩むワーニャは「ワーニャ伯父さん」と、チェーホフの四大戯曲のお宝が出るわ出るわ。突然、戯曲の一部を朗唱したり、劇中劇があったりとDNAはそこかしこに。
しかしこの戯曲のすごいところは、それらの仕掛けがファンを喜ばせるだけに終わっていないところだ。介護の問題や「LGBTQ+」などの現代的なテーマにも確かに目を向けていて、それらの中にチェーホフへのオマージュを仕掛け、なおかつ全体を人情喜劇にまとめ上げているのだ。これは観るしかない。
舞台「ワーニャ、ソーニャ、マーシャ、と、スパイク」は9月24日から10月4日まで東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演。