癖や仕草、声質で描き出した38の個性、成河が究極の一人芝居に再挑戦
4人で139もの役を演じる演劇もあるので、役数が多い芝居はいくらでもある。しかし38もの役をたった一人で表現する一人芝居は珍しい。しかもほとんどの役は電話の向こう側にいる人物。その違いを出すのはしゃべり方か形態表現か。それとも声の質まで変えてしまうのか。観客の頭の中を「?」だらけにして、その舞台「フリー・コミティッド」は幕を開けた。演じるのは「演劇の申し子」とも言われる成河(ソンハ)だ。演出は俳優の千葉哲也。(写真は舞台「フリー・コミティッド」の一場面。成河(撮影・西村淳))
劇作家、女優、TVプロデューサーとして知られるベッキー・モードが、劇作家であり俳優のマーク・セトロックの協力を得て創り上げた「フリー・コミティッド」。1999年9月にニューヨーク・マンハッタンの劇場で初演されたところたちまち大評判を呼び、同年度の「タイム・マガジン」誌の演劇トップテンに選ばれた。2018年の日本初演で絶賛された成河が再演に挑んでいる。
簡単に言えば、レストランの予約係であるサム(成河)のところに客からの予約の電話やスタッフからの指示の電話、車の故障で遅れている同僚からの電話、はたまたサムの肉親からののんきな電話もかかってきて、てんやわんやになるというお話。サムは俳優志望で、先日受けたオーディションの結果を知らせる電話も自分の携帯電話にかかってくるはずだ。
予約を受けてくれると思っている強引な常連から、ある程度は満席枠を超える予約を取ることを知っていて駆け引きをしてくる客まで様々だが、サムの窮状を知っているはずなのに内線で妙な指示をしてくる上司たちが最も質(たち)が悪い。
成河はその人物の仕草やしゃべり方、癖まで細かく演じ分け、小道具も使いながら明確に個性を植え付けていく。その違いの出し方が巧みで、同じ人物から再度電話がかかってきても人物ごとの物語を観客は無意識につなげてくれるようになる。
何度も訪れる難局を切り抜け、どの電話も鳴らないゴールに到達するサム。ほんの少しだけ成長した姿を感じさせて、観客は深い達成感に包まれるのだ。
誰でもできるというものではない。高い演技力と表現力の引き出しをたくさん持っている成河だからこそひとつの破綻もなくたどり着けた場所なのだ。
舞台「フリー・コミティッド」は11月13~30日に東京・青山のDDD AOYAMA CROSS THEATERで上演される。