ピアノ・演技・楽曲を高度なレベルで融合、「不滅の恋人」探る舞台
ベートーヴェンに「不滅の恋人」と呼ばれる想い人がいたのをご存じだろうか。亡くなった翌日に部屋で発見された10枚ほどの便箋。「不滅の恋人」宛てだった。書いたのは15年前。投函できずに持っていたことになる。楽譜や財産のすべてを譲ると記されていたが、実行されなかった。なぜなら、それが誰か分からないから。200年近くたった現代も特定はされておらず、研究と論争は今も続いている。有力候補は4人ほどいるが、ベートーヴェンのパトロンの妻で自らも芸術愛好家だったアントニー・ブレンターノは近年有力度が増している。彼女とする説をもとに日本で創り出された舞台「Op.110 ベートーヴェン『不滅の恋人』への手紙」はステージの中央に置かれたピアノの生演奏が俳優たちの詩のような朗唱や思いを込めた演技と互いに呼応、共鳴しながら物語を創り上げていく格調の高い作品となった。
物語は、ベートーヴェンの弟子のリース(田代万里生)が伝記を書くために、二人のことを知る人々を訪ね歩くかたちで進行する。
アントニー(一路真輝)とベートーヴェンはまぎれもない不倫関係なのだが、アントニーには貴族の娘なのに貴族に嫁げなかった自分が実業家の夫フランツ(神尾佑)に「金で買われた」と感じている屈折した思いがある。もともとベートーヴェンの音楽が好きだったアントニーにしてみれば、ベートーヴェンとの出会いは運命だと感じたのかもしれない。
この舞台にはベートーヴェンは登場しない。人々の口から語られるせりふによってのみその実像が描き出される。アントニーのいとこやベートーヴェンに仕えていた郵便馬車の男、進歩的女性、肖像画の画家などさまざまな人々が登場するが、それはまさしく「証言者たち」。ベートーヴェンの楽曲を奏でながらベートーヴェンのひそやかな秘密を読み解いていく壮大な冒険なのである。
物語が進行するにつれ明らかになるのは、アントニーへの尽きせぬ想いがベートーヴェンの楽曲をさらに奥深いものに、さらに豊かなものにする結果をもたらしていること。
「不滅の恋人」が誰であるかはベートーヴェンだけが知る秘密だが、ピアノ、演技、ベートーヴェンの楽曲をかくも高度なレベルで融合させて、その秘密を語ろうとした演出の栗山民也をはじめとするクリエイティブチームに拍手を贈りたい。
舞台「Op.110 ベートーヴェン『不滅の恋人』への手紙」は11月下旬から12月26日にかけて、兵庫、富山、愛知、東京で上演された。