映画レビュー「私はいったい、何と闘っているのか」 哀しくも幸せな男の物語
世の中、声が大きい人も小さい人もいる。いや、聴覚的な声量の話ではない。
心の声、自分の主張や本音をどれくらい内から外に発せられるか。
思ったことをすぐに言える人、自分にとっての正義をストレートに相手にぶつけられる人。そういう人は「声の大きい人」だ。一方、映画「私はいったい、何と闘っているのか」の主人公・伊澤春男は、周囲の雰囲気や相手の気持ちを鑑みることを優先して、自分の本音や要望は外に出さない「声の小さい人」である。
しかし、本当は心の声は人一倍大きくて、「優しい」「お人好し」「都合がいい?」なんて周りからの評価も現実的に受け止めつつ、もっと評価してほしい!もっと自分を見てほしい!かっこいい男でいたい!と叫んでいる。伊澤春男は一生懸命生きているのに努力が報われない、ヒーローになりきれない男なのだ。
だけど、決して伊澤春男は不幸なわけではない。25年勤めるスーパーうめやでは主任として店長や従業員の信頼を背負い、家に帰れば懐の広い妻と年頃の美しい2人の娘、妙に貫禄のある小学生男子が騒がしくも和気あいあいと迎えてくれる。
実は娘たちの出生にはとある秘密があるのだが、伊澤春男にとってもそれは粛々と受け入れてきた事実で、より家族の絆の強さを印象づけている。
では、彼が闘っているのは、いったい何だろう。本当は「ただのいい人」ではない自分。かっこつけたいのにかっこつかない自分。他人のことなんてほっとけばいいのに冷徹になれない自分。本当は自我の塊なのに、「もっと自分のこと考えたほうがいいですよ」なんて言われちゃう自分。
伊澤春男は自分の中いっぱいに悲哀をためて呟く。
「けどさあ、それでもさあ、俺の人生はいつでもこうだ」
しかし、彼は気がつくのだ。家族を守ると決めた日から、変わろうと思った日から、努力は大きく実を結ばなくても自分は一人じゃないと。
自分の内側だけでなく、外に向かって大きく声を発し叫んだ伊澤春男は、今日も家族の中心にいる。職場でみんなに送り出してもらえなくても、たった一人は見てくれる。
努力は必ず報われるなんて言うけど、現実は「スターになれない、裏方の人間」の方が多い。それでも、あなたはあなたの幸せを真っすぐに追いかけ続けるしかない。伊澤春男はきっとそう信じている。私たちもきっと心のどこかで、そう願っているように。
ちなみに、この映画の見どころのひとつとして、ファーストサマーウイカさんの演技にも注目してほしい。
映画が終わってエンドロールのテロップが流れるまで気がつかなかったのだが、「この女優さん誰だろう」と思わせる存在感と目力の持ち主がファーストサマーウイカさんだった。バラエティーのイメージが強いわたしのような人にとって、その女優としての演技力は素敵な驚きがあるだろう。
『私はいったい、何と闘っているのか』
©2021 つぶやきシロー・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会
12月17日(金)全国ロードショー
CAST
安田顕 小池栄子
岡田結実 ファーストサマーウイカ SWAY(劇団EXILE)金子大地 菊池日菜子 小山春朋 田村健太郎 佐藤真弓 鯉沼トキ 竹井亮介 久ヶ沢徹 伊藤ふみお(KEMURI)伊集院光 白川和子
STAFF
監督:李闘士男 脚本:坪田文 音楽:安達錬 原作:つぶやきシロー「私はいったい、何と闘っているのか」(小学館刊) 主題歌:ウルトラ寿司ふぁいやー「今すぐアナタを愛したい」(AMUSE) 配給:日活 東京テアトル
©2021 つぶやきシロー・ホリプロ・小学館/闘う製作委員会
STORY
伊澤春男(安田顕)・45歳は、地元に愛されるスーパー”ウメヤ”の万年主任。
職場では店長の上田(伊集院光)からの信頼も厚く、クールで常に理性的な高井さん(ファーストサマーウイカ)や、やや暑苦しいが真面目な金子くん(金子大地)といった個性あふれる部下たちにも恵まれ、日々楽しく働いている。
一方で家に帰れば、しっかり者の妻・律子(小池栄子)、長女・小梅(岡田結実)、次女・香菜子(菊池日菜子)、小学生の長男・亮太(小山春朋)の5人家族の父親で、典型的なマイホームパパ。
しかし、一見平凡そうに見える春男の脳内は毎日が戦場だった!24時間忙しいその頭の中は休まるヒマがなく、仕事でも家庭でも常に空気を読みムダに気を遣いまくるが、良かれと思ってやったことがことごとく裏目に出てしまう。
「俺の人生はいつもこうだ。俺は…いったい“何と闘っているのか”」
そんなある日、“ウメヤ“に緊急事態が発生。衝撃を受けつつも、「次の店長は伊澤さん!?」という職場&家庭からの期待をビシビシ感じ、すっかりその気になる春男。だが次の店長は、本部からやって来た明らかに年下でやる気なさげな西口(田村健太郎)。
春男は急ごしらえ感の否めない“副店長”の座に収まることに…。
また春男の気遣いもむなしく、全く空気の読めない西口新店長の評判は芳しくない。
さらに追い打ちをかけるように、スーパー内での“内引き”疑惑が浮上したり、娘の小梅からは恋人のガッキーこと梅垣(SWAY)を紹介したいと迫られたり、受難の日々は続く。そんな局面を何とか乗り切りながら、ついに新店長という嬉しい打診が舞い込んできた。
今度こそMAXで舞い上がる春男だったが……。