寝ころびスマホから世界の頂点へ、TikTokトップに伊在住セネガル人コメディアン

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだからSNSはやめられない
阪 清和

米国時間2022年6月22日、動画アプリ「TikTok(ティックトック)」に革命が起きた。西アフリカ・セネガル生まれで22歳のイタリア・ミラノ在住コメディアン、カベンネ・ラメ(Khabane lame)が、それまで1億4230万人でフォロワー数のトップを独走していた18歳の米国人女性ダンサー、チャーリー・ダミリオ(Charli D’Amelio)を60万人あまり上回ってトップに立ったのだ(日本時間6月30日時点では1億4490万人にまで増加)。このラメの動画の革命的な点は3つある。まずは、はやりのダンスやマジックのようなありきたりのジャンルの映像はほとんどないこと、ネットにあふれる生活術の披露動画「ライフハック」をネタにして突っ込んでいる批評精神あふれるスタイル、組織が付かない個人での運営、そして何より、ラメは手振り身振りと豊かな表情だけですべてを物語る無言の動画が多いことだ。(写真はラメの動画とは関係ありません。単なるイメージです)

 

 

ラメはコメディアンだが、それはまだ「自称」で、TikTokでのコミカルな動画投稿だけで「職業」として認定してよいかどうかは意見が分かれるところ。まずはその謎に満ちた経歴から探っていこう。

2000年にセネガルで生まれたラメは両親と共に翌年、わずか1歳でイタリアに移住。何の変哲もない青春時代を過ごし、高校卒業後はトリノ北部の都市で機械オペレーターとして働き始めた。やがて新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)によってイタリアは世界に先行して深刻な状況に。ラメは2020年3月には勤務先を解雇され、イタリア北部キバッソにある両親の家に引きこもって職探しをするはめになった。

ところがこれからが人生の面白いところ。外出もできない状況だったため、世界中のほとんどの若者がしているであろう、ベッドに寝ころがっての「暇つぶしのためのスマホいじり」に没頭したのだ。アプリをダウンロードしてTikTokへの動画投稿を始めたが、まさかこれが世界トップヘの道につながっているとは本人は予想もしていない。

最初は著名人いじりの動画が中心だったが、2021年には現在のスタイルに近いものに移行し、徐々にフォロワー数が増え始めた。2021年4月にはイタリアのティックトッカーでトップに立ち、今春には欧米の著名メディアのインタビューも受けるようになっていたが、世界的には「無名」のまま、「TikTok」のランキングを駆けあがっていった。

 ★カベンネ・ラメのTikTok公式アカウント=TikTok

 

実はラメが嘲笑の標的にしているライフハック(生活の効率化テクニック)動画は、真に生活に役に立つものも多いが、一方では「こんなこと知ってんだぜ、すごいだろ?」というような自慢系のものや、簡単なテクニックでアクロバティックな画像が撮れるだまし動画の種明かし系のものも少なくなく、「裏技で他人を出し抜いて楽な人生を生きよう」という思惑も透けて見えて、あまり気分の良くないものも含まれているのが現実。

ラメはその「なんだかなあ」という気持ちを巧くすくい取り、一種の文明批評として動画を構成。とは言え、全否定したり糾弾したりするのではなく、徹底して笑いの種にすることで、そのライフハックにも注目を向けさせる効果もあげている。

 

なかでも最高の独自性を発揮するのが「無言」という部分。ユーチューバーの饒舌さに辟易している人や音楽に頼り過ぎて映像に生命力がないティックトッカーが多い中で、これは間違いなく新鮮に映ったことだろう。

かつてのチャプリンの無声映画時代の面白さや、シンプル英語と手振りで世界の若者を虜にしたピコ太郎の例を挙げるまでもなく、身体表現によるパフォーマンスは言語や世代の壁がゼロ。国境などないに等しくなる。

 

ラメには動画制作の際に自分に課していることがある。批評の対象となるライフハック動画探しには最低でも3時間以上かけて厳選することや、動画で「誰も怒らせない」ようにすること、「気さくな感じ」でジョークを言うことなどだ。「戦略」というには可愛らしいルールだが、ユーチューバーにも通じる動画制作の際の三大原則としても参考になるだろう。

 

「ハリウッドに進出したい」という野心を利用しようとする「悪い大人」や、最近ではややお金と手間がかかり始めたことが分かるシンプルさが薄まった動画を批判する「いじわるなファン」、元ネタを利用するスタイルにパロディーを超えた著作権的な法的疑問の存在をさしはさもうとする「あやしげな専門家」ら、素朴な思いだけで世界一のティックトッカーに駆け上がったラメにはさまざまな手が伸び始めている。英語を猛勉強中だというラメの語学力やコメディアンとしての成長も逆に作用しないか気がかりなところ。

 

「革命」がラメとTikTokに何をもたらすのか。世界の人々は固唾をのんで見守っている。

プロフィール
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阪 清和
共同通信社で記者として従事した30年のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。円満退社後の2014年にエンタメ批評家として独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。放送メディアや雑誌などの出版物でのコメンタリーやパンフ編集、大手メディアのデータベース構築、メディア向けリリース執筆、イベント司会、作品審査も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、広報アドバイスや文章コンサルティングも。音声YouTubeも準備中。活動拠点は渋谷・道玄坂。Facebookページはフォロワー1万人。noteでの「スキ」は3000を突破。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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