なぜブラック・ジャックは火山の山小屋で「ハヤシライス」を食べたのか?

神奈川
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

一休さんは端を渡らず真ん中を渡る
タイの一休さんは虹を渡る

ギャグや言葉遊びは難しい。
自身のセンスをこね回して至高の言葉を想像する。

ああ我がセンスの素晴らしさ、
抱腹絶倒、場は歓喜の巷!

そう確信して口腔から発するものだろう。

 

だが肝心の受け手が、同じ知識や価値観を共有していなければ…
面白くない。そもそも伝わらない。

 例えば一休さんのとんち話。

「このはしわたるべからず」
 ↓
「端を渡らず真ん中を渡りました」

 「端」も「箸」も発音は「はし」。
日本語話者には常識だ。それゆえに、とんちとして通じる。
反対に日本語を介さない文化圏に伝えるならば…どう訳したものやら。

 日本以上に敬虔な仏教国であるところのタイ国でアニメ「一休さん」が放映された。
その折、件の場面は「橋を渡らず『虹』を渡りました」と紹介されたという。

 虹の橋…

ディズニーの
「イッツァスモールワールド」で世界の子どもが渡る橋。
愛情を注ぎ込んだニャンコが死出の旅に渡るのも虹の橋。

 

だが史実の一休宗純が生きた室町時代の日本に
「虹の橋」などという意識があったものやら。

 とにかく、ギャグやとんちは同じ文化圏であるからこそ通じる。
文化が違えば通じない

火山灰が舞う山小屋
ジャックが食べる「灰ライス」 

さて、本日の本題。

平成元年のことだから、33年も昔
その年に60歳で、現代から見れば若死にの還暦で物故した漫画家・手塚治虫
漫画の神様、と称される彼の名作を一つ選べ、と命じられたら悩むだろう。
火の鳥、アトム、どろろ、アドルフに告ぐ…甲乙つけがたい作品群から白眉を選び出すなど、平成の30年を費やしても語り尽くせない問題だ。

 

だが、その「白眉」の候補に間違いなく秀作の一つといえば『ブラック・ジャック』だろう。
天才的な技量を有しながらも心は暗黒、金の亡者。
それでも患者は引きも切らない、

それでも孤高を貫く闇医者であるところのブラック・ジャック。
人心の葛藤や国家の欲望を鮮やかに切り裂くメス捌き

 さて、今回の記事のテーマである「ギャグ」が登場するのは
第66話 「火と灰の中」である。
(秋田書店単行本 11巻集録)

 画像はamazonから

舞台は活動中の火山。
その火口に青年が飛び込んで自殺を図る。
山小屋の主人は身を挺して青年を救助し、とりあえず山小屋に収容する。
だが青年は足に重い火傷を負っている。
このまま放置すれば命の危険もありうる。

ここでブラック・ジャックがメス捌きを披露するのだが…

 青年の正体は有名企業の御曹司だった。
だがその企業は悪徳企業だった
青年は会社の悪徳ぶりを世に知らしめるべく自殺をもくろんだ。
一方、悪徳社長である父は…

 ここで親子のドロドロが展開されるのだが、ここにツッコんだらネタバレというもの。

 さて、青年の足を治療して一息ついたブラック・ジャックは、山小屋の主人から食事を振舞われる。

メニューはハヤシライス

 活動中の火山の山小屋の食卓。
ハヤシライスにも火山灰が舞い込む。

ジャックは言う。
「これは『灰ライス』だな」。

 料理、
それもキャンプで料理をした人ならば、多少疑問がきざすであろう。
何で、ハヤシライスを食べる必要があるのか、
それも、こんな不便な場所で、と。

アウトドア向きではない料理
それがハヤシライス

 そもそもハヤシライスは「難しい料理」である。
肉と野菜を刻んで炒め、ドミグラスソースで煮込む。

そのソースを炊きたての飯にかける。

 原理こそ簡単だが、問題はドミグラスソースだ。
小麦粉をフライパンで茶色くなるまで炒る。

野菜くずと牛骨から採った出汁で練り伸ばす。
その上で半量になるまで煮詰め、赤ワインで味を整える。

複雑な工程。

それゆえ高級レストランでは修行の一環としても仕込まれる。

それがドミグラスソース。

 「野菜と肉を炒めて煮込み、カレー粉を入れる」
カレー粉さえあればそれなりの味にはなるカレーならともかくも。
なんで不便な山小屋で、水も燃料も乏しい環境で
ハヤシライスを供する必要があったのか。

疑問のヒントは作者の出身地
兵庫県・宝塚市

そんな疑問の解決は、作者・手塚治虫の出身地がヒントになる。
手塚治虫の出身地は兵庫県宝塚市。

 ハヤシライス。
関西方言では「ハイシライス」
略して「ハイライ」

 だから「ハイライス」!
だからこそ火山灰が舞い込んで「灰ライス」!

 関西方面でなければウケない
全国展開では内輪受け
これがギャグの難しさ。

 

ここで趣向を変えて作者の出身地・北海道でしか通じないギャグを考えてみよう

 日清の即席めん「ラ王」にお湯を注がない。
そのまま生で食べて

 「生ラ、まずい!

 …本州方面でいうところの「チョー」「めっちゃ」が
「北海道限定の若者言葉」では「なまら」という。

その知識がなければ通じない。
だが「なまら」も「チョー」「めっちゃ」に押され、死語となりかける令和4年。

 

※「ラ王」はお湯を注げば本当に美味いです!念のため

 冒頭写真はwikiコモンズ、©円周率3パーセント

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
1974年、北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドア、グルメ、北海道の歴史文化を中心に執筆中。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)。執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP