同居する3つの孤独、イザベル・ユペールらの仏制作「ガラスの動物園」日本で上演
映画『ピアニスト』『主婦マリーがしたこと』などでフランスのアカデミー賞「セザール賞」に14回ノミネートされ、米アカデミー賞でも『ELLE エル』で2017年に初ノミネートされたフランスを代表する演技派女優、イザベル・ユペールが、日本の新国立劇場中劇場(東京・初台)でテネシー・ウィリアムズの舞台「ガラスの動物園」を上演。鮮烈な演技を披露した。来日は2度目だが、日本文化への理解が深く、最大限の敬意を払うユペール。上演後のシアタートーク(アフタートーク)では、「注意深く観てくれるから、日本の方々は理想的な観客」とほほ笑んでいた。
舞台「ガラスの動物園」は9月28日~10月2日に東京・初台の新国立劇場中劇場で上演された。公演はすべて終了しています。=写真は舞台「ガラスの動物園」2022年日本公演の一場面。イザベル・ユペール(公演写真提供:国立オデオン劇場 ©Jan Versweyveld)
今回の公演はフランス国立オデオン劇場の制作で、新国立劇場の海外招聘公演として企画が進められ、当初は新国立劇場の「2020/2021シーズン」で上演予定だったが、コロナ禍で来日が中止。2021年秋の延期公演も日本への入国制限などで中止となり、「2022/2023シーズン」の開幕作品として上演されたもの。
「ガラスの動物園」は米国が世界に誇る劇作家、テネシー・ウィリアムズが初期に生み出した出世作。「欲望という名の電車」とともに、現代人の精神の漂流を描いた現代演劇のルーツとも言える傑作戯曲だ。
一見、ごく普通の3人家族(のように見える)をベースに描かれ、過去の栄光を忘れられずにいる母親のアマンダ(イザベル・ユペール)と、単調で面白くない今の仕事をやめて詩人になることを夢想するトム(アントワーヌ・レナール)、足が少し不自由であることにコンプレックスを持っていて毎日自宅でガラス製の小さな動物を磨いている姉のローラ(ジュスティーヌ・バシュレ)が3人で暮らしている。家出中の父親は写真だけだ。
みんな幸せになることはあきらめていないのだが、そのためには自分変わらないといけないのに、一歩踏み出そうとはしていない。そんな孤独な3人の運命が、トムが同僚のジム(シリル・ゲイユ)を家に招待したことで悲劇性を帯びてくる物語。
ウィリアムズの戯曲のせいなのかもしれないが、これほど演出によって作品の雰囲気が変わってくる作品も珍しい。
精神的なものを盛り込んでいるために、登場人物たちをもっと「荒廃した」状態として描き、スリリングなタイトロープ劇のように感じさせる演出もあれば、誰もが陥る可能性がある状態として描いて、普遍性をもたらす場合もある。
欧米で今一番注目されているオランダ人演出家のイヴォ・ヴァン・ホーヴェは、そのどちらかに極端に振れるような演出にはしなかった。
例え悲劇性を帯びさせるのだとしても、それまでの過程にも細かい目を配り、時にはウィリアムズの戯曲の中にある詩情と相まって、優し気な温かい視線も盛り込んでいる。登場人物たちは揺れており、一気に滑り落ちていくわけではない。実に人間的なファジーさがあり、感情が痛いほど観客に伝わる。イヴォの演出が多くの人に感動をもたらしているポイントなのだろう。
家族の喧騒の中に屹立する3つの孤独を同居させることにも成功。ユペールは自然な演技のふるまいの中に、人間というものの矛盾や欺瞞を描き出すことにも心を砕いていた。
日本在住のフランス人にとってもこの衝撃的な舞台はひとつの「事件」だった様子で、シアタートーク中には、興奮して客席で議論を始める若者たちもいたほど。戯曲から飛躍して突飛なことをやっているわけではないのに、舞台装置や小道具の見せ方など、すみからすみまで新しい発見ばかりで、私を含む日本人の観客たちも「こんな『ガラスの動物園』は初めて観た」と感じる人が多かったようだ。