作・演出の三谷幸喜が4度の代役出演、ピンチ頻発の作品を地で行った「ショウ・マスト・ゴー・オン」
「ショウ・マスト・ゴー・オン(show must go on)」。「ショウは最後まで続けなければならない」、つまり開演後どんなトラブルがあっても予期しない出来事があっても、スタッフやキャストの動揺を観客に悟られることなく最後のシーンまでショウを続けなくてはいけないということだ。実際のステージでの不文律でもあり、ショウや演劇など生のエンターテインメントにかかわる人々の心構えとして世界中に浸透している精神である。日本を代表する劇作家・演出家の一人、三谷幸喜は主宰している(劇団は充電中なのでいまだ主宰ではある)劇団「東京サンシャインボーイズ」で1991年にこの言葉を冠した舞台を初演しているが、その三谷が1994年の再演以来28年ぶりに新たなキャストで舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」を今年11~12月に再演したのだ。次々に襲い掛かるハプニングにもめげず、芝居を最後まで完遂していくいわゆる「楽屋もの」「舞台裏もの」の傑作のひとつなのだが、この世紀の再々演、まるで芝居を地で行くように、次々とトラブルが襲い、まるでそのトラブルまでもが芝居の一部なのではないかと思わせるような展開を見せたのだ。(写真は舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」とは関係ありません)
今回の舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」はリニューアル版で、時代に合わせてさまざまに工夫が凝らされている。劇中劇として演じられているのはシェイクスピア屈指の名作「マクベス」。主演の宇沢(尾上松也)は客入りを始めようという時間なのに姿が見えない。通常、それは開演の30分(コロナ禍では45分)前なので、これがどれだけやばい事態かお分かりだろう。それに加え、外国人演出家が道に迷ってしまい到着が大幅に遅れそうな様子。演出部の若いスタッフは無断でお休み。
てきぱきと働く舞台監督の進藤(鈴木京香)と舞台監督助手の木戸(ウエンツ瑛士)もさすがに困惑の極みだ。
宇沢は大道具のわきで寝込んでいるところを発見したものの、昨夜の酔いが残っている様子で開演までにどこまで戻せるか不透明。ところが開演すると、恐ろしいほどのすごみを発揮する怪演ぶり。破天荒でも帳尻を合わせてくるのだ。
しかしそんな演劇の奇跡に感動している暇がないほどトラブルは次々発生。足りなくなった音楽スタッフを急遽女優が担ったり、とんでもない場面で天井からの吊り下げ物を下ろしたり、小道具を壊してしまったり。切羽詰まり度がマックスになる後半では、間を埋めるために女優が即興の演技をしたり、そのせりふをたまたま来ていた脚本家が考えたり。
客席に来ている元常連の俳優に舞台裏の助太刀をしてほしいことを伝えるために舞台上でパフォーマンスするシーンも大きな見どころだ。
舞台上では舞台監督の機転や、居合わせた人々の奮闘によって次々と危機を切り抜けていくが、実は三谷自身にもとんでもないピンチが迫っていた。
舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」は11月に福岡と京都で、11月末以降は12月27日まで東京・三軒茶屋で上演されたが、まず福岡公演直前に、万城目充役の小林隆がけいこ中の「左足筋損傷」のためしばらく休演、京都公演は無事乗り切ったものの、東京公演では、あずさ役のシルヴィア・グラブが体調不良で、鱧瀬役の浅野和之が新型コロナウイルス感染で相次いで休演。いずれも三谷本人が「代役」を務めたのだ。
作者であり演出家であるから、この舞台を最もよく知っている人物ではあるが、演出するのと実際演じるのは全くの別もの。東京サンシャインボーイズ時代には俳優として活動していたし、近年の自作舞台にはレギュラーキャストとして出演もしており、演じることには問題はないはずだが、とっさの判断を下すあたり、さすがの三谷幸喜である。これこそが演劇。しかもトラブル対処の裏方を描く舞台だけにそういう異常事態さえ作品の一部だと考えたのだろう。
芝居の神様がさらなる試練を三谷に与えたのが、12月21日の主人公の舞台監督役、鈴木の新型コロナウイルス感染。初演・再演での男性役を鈴木に合わせて女性役に書き換えた役を三谷が男性役として演じる不思議な展開となったが、これも見事乗り切った。
後に、福岡公演ではせりふがうまく出てこない瞬間に共演者から絶妙のアシストがあったことを明かしており、やはり舞台裏ではさまざまなことがあったこともうかがわせるが、三谷は奇跡を起こす男。またまた演劇の世界の伝説を作った。
「show must go on」は今も生き続けている言葉なのだ。
舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」の公演はすべて終了しています。