金沢蓄音器館で人が生きた証を聴く
中二の息子が今、どうしようもなくレコードにハマっている。スマホはApple MusicのDLでパンパンのデジタルネイティブで、数年前から頭の中は洋楽三昧、なんちゃらという機械でトラックメイクもする彼がなぜか今、アナログ全盛期を迎えています。
そんな息子にせがまれ、やってきたのは「金沢蓄音器館」。中二の息子とお出かけできるチャンスなんてこのところ激減していたので、喜んで付き合おうじゃないか!
金沢の観光地・ひがし茶屋街と近江町市場のちょうど中間地点にある「金沢蓄音器館」は、3階経ての館内に常時150台の蓄音器がズラリと並んでおり、約4万枚のSP盤やLP盤の豊富なコレクションを有しています。
コレクションの中から厳選されたLPレコードを視聴できるコーナーもあり、ポップスからクラシック、ジャズに童謡までさまざまなジャンルから選んで視聴用のレコードプレーヤーにセットし、自ら針を落として聴けるのです。
息子はそこで何枚もLPレコードを聴かせてもらってご満悦。
金沢蓄音器館は2001年、金沢の老舗レコード店といえば知らない人はいない(1980年代生まれの私はCDショップというイメージが強い)「山蓄(やまちく)」創業者の八日市屋浩志さんが自身のコレクションを金沢市に寄贈したことで開館しました。
開館以降日本中から蓄音器やレコードの寄贈が後を絶たず、中には壊れて音が出ないものやカビの生えたレコードもあるそうですが、一つ一つ丁寧に修復し磨いて出来る限り音が出るよう復元しているそう。
「貴重な音の財産です」金沢蓄音器館の壁に書かれた言葉に、何とも深みを感じるエピソードです。
そんな金沢蓄音器館の見どころとして外せないのが、職員さんたちが交代で案内役を務める1日3回(11時、14時、16時)の「蓄音器聴き比べ」。
私たちが参加した際には、現館長の八日市屋典之さんがエジソンの発明した世界最古の蓄音器からソニー創業者の盛田昭夫さんが愛用し同館に寄贈したという蓄音器まで、歴史や技術の進歩など解説を交えながら順に紹介してくださいました。
これから聴かせる蓄音器の特徴を軽妙な語り口で説明し、「それではお聴きください、クラシックの名曲で〇〇」と言いながら次々とレコードに針を落とす八日市屋館長の進行に引き込まれます。
蓄音器を発明したエジソンと大衆化に成功したベルリナー、日本でも有名なCDショップ「HMV」の由来、電話帳でできた蓄音器のラッパの話まで、まるで何十年も愛され続けるトークショーの名司会者のように、蓄音器の魅力や興味深い雑学を語り継いでいきます。
電気を使わずに音を鳴らす蓄音器からは何十年も前のバンドの演奏が、歌声が、お客のざわめきが、賑やかなホールの雰囲気が、まるでその場に現れたかのように鳴り響く。
音楽はどんどんデジタル化していき、ロスレスやハイレゾなど高音質を求めて技術もどんどん進んでいます。それに対して、アナログと言われるレコードや蓄音器の魅力は何だろうと考えていたのですが、「蓄音器聴き比べ」で本物の音や解説を聞きながらその答えが自分なりに分かった気がしました。
現代のデジタル音源がクリアで美しい「音」を聴くためにあるのなら、蓄音器やレコードは「人間の音」を聴くためにあるのではないか。その時代の、その場所の、そのアーティストの周りに纏う空気や雰囲気もすべて、「人間がそこで生きていた証」が「音楽」となって蓄音器やレコードから再生される。その騒がしさやノイズや温もりこそが、我々人間本来の音なのではないかと。
デジタル音源に慣れ切った耳に、新たな衝撃と感動を与えてくれるアナログの蓄音器とレコード。現代人にも根強い人気がある理由も、納得できます。
こうして蓄音器とレコードにまんまと魅せられた私に、虎視眈々とレコードプレーヤーを買わせようと目論む息子のタスクは現在も進行中なのでした。
金沢蓄音器館
石川県金沢市尾張町2丁目11番21号
TEL:(076)232-3066
FAX:(076)232-3079
E-mail:chikuonki@kanazawa-museum.jp
公式サイト:https://www.kanazawa-museum.jp/chikuonki/index.html