白人、黒人、移民。3つの中心で描くアメリカの矛盾と希望、待望ミュージカル「ラグタイム」
世界中の矛盾や混乱を凝縮したような国アメリカ。
だからこそ対立も生まれ、時には取り返しのつかない犠牲も生む。対立が先鋭化し、互いに相いれないこともしばしばだ。しかし「混沌」こそが国の成り立ちであり、国の根本である以上、互いの歯車が国を質的に前進させるという一点で絡み合うこともある。
白人、黒人、移民という3つの代表的な要素が激しい痛みを伴いながらも、アメリカという国を形成していく様をつづったミュージカル「ラグタイム」。初演から実に27年。ついに実現した日本人キャストによる日本初演は私たちに形容のしようのない特別な感動を与えてくれている。
1996年にカナダで世界初演の幕を開け、1997年12月にはブロードウェイで初演。1998年のトニー賞では13部門にノミネートされ、最優秀脚本賞・最優秀オリジナル楽曲賞など4部門受賞。他の賞でもドラマ・デスク賞ミュージカル最優秀作品賞・最優秀脚本賞・最優秀作曲賞 他多数受賞した。
これだけの作品の日本初演が遅れた理由には諸説あるが、よく言われる「人種の対立を扱った内容だから」という理由は、あまり真実をついていないような気がする。日本にも人種や移民の問題はあるし、さまざまな対立がこの社会には渦巻いているからだ。 むしろ、演出の藤田俊太郎が「対立」を超えた「融和」の物語として位置づけたことが日本での上演、成功を呼び込んだ理由かもしれない。
物語には3つの中心がある。
1つはラトビアから渡ってきたユダヤ人アーティスト、ターテ(石丸幹二)。娘連れだが、貧しい暮らしから抜け出せない。街頭で影絵の切り抜きを売って細々と生きている。
もう一つは、ターテが後に友好を結ぶ正義感の強い白人の上流階級婦人のマザー(安蘭けい)。女性の地位向上に力を入れているが、何事に対しても毅然とした態度で接している。
そして最後はジャズの源流のひとつで当時勃興してきていたラグタイムの担い手の一人である黒人ピアニスト、コールハウス・ウォーカー・Jr.(井上芳雄)。彼に愛想をつかし、2人の赤ん坊をマザーの邸宅の庭に捨ててしまう恋人のサラがマザーの家に身を寄せていたため性懲りもなく通い詰めるなど、アメリカを象徴する3つの中心の要素が互いにからみあうようになる。
日本のミュージカル界を代表する、石丸と井上の初共演であり、彼らと数は少ないながらも濃密な作品で共演経験を持つ安蘭が蝶番のようになった奇跡のような作品。若手の成長株、東啓介から元宝塚歌劇団娘役トップの綺咲愛里、EXILEのNESMITH、「レ・ミゼラブル」の敵役、ジャベールで知られる川口竜也、テレビの歌唱対決番組で強烈な存在感を見せた遥海ら、音楽と演技の双方に強みを持つ面々も随所に配置され、すきがない。
音楽的には、「ラグタイム」という音楽がさまざまな方法で裏拍を強調することである種のずれを生み、独特の浮遊感を聴く者に感じさせる手法であることを知る時、「ラグタイム」という言葉が、アメリカの現代史を単にリズムに忠実に描くだけではなく、異質なものも照らし出すことで大きなうねりのようなもの生み出しているこのミュージカルに冠せられていることに深い感慨を覚えるのである。
ミュージカル「ラグタイム」は、10月5~8日に大阪市の梅田芸術劇場メインホールで、10月14~15日に名古屋市の愛知県芸術劇場大ホールで上演される。それに先立って9月9~30日に東京・日比谷の日生劇場で上演された東京公演はすべて終了しています。
(写真提供/東宝演劇部)