ミュージカルが歴史と歴史をつなげる瞬間、稀代の悪女描く「イザボー」
マリー・アントワネットと違って、フランスでは知らない人はいないのに、日本ではあまり知られていない王妃。それがイザボーだ。英仏の因縁の戦いである百年戦争の中期の不安定な時代にバイエルンから隣国フランスに嫁ぎ、自らの不貞や溺愛もことごとく政治に結び付けて国家の運命を揺るがし、愛と欲望のままに生きた王妃。稀代の「傾城の悪女」としてフランス国民に知られる彼女の生きざまと、結果的に連れてきた激動の歴史のすさまじさを描いた日本のオリジナルミュージカル「イザボー」が大きな話題を呼んでいる。
良質な演劇公演を連発してきたワタナベエンターテインメントが、演劇集団「惑星ピスタチオ」を経ての演劇プロジェクトの立ち上げで知られ、近年は「刀剣乱舞」シリーズなどの2.5次元舞台などでも評価の高い劇作家・演出家の末満健一と組んで、日本のオリジナルミュージカルを生み出すプロジェクトとして始動させた「MOJOプロジェクト(Musicals of Japan Origin Project)」の第1弾。
宝塚歌劇団を退団後も日本のミュージカル界のど真ん中を歩み続ける望海風斗をはじめとする人気、実力を兼ね備えたキャストと、世界的なレベルのスタッフらの参加を得て、ヨーロッパでは「稀代の悪女」として知られるイザボー・ド・バヴィエールの壮絶な日々を描く日本発信のオリジナルミュージカル創作に挑んだのだ。
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バイエルン大公の娘として生まれたイザボー(望海風斗)は、1385年、フランスの国王シャルル6世(上原理生)のもとに14歳で嫁ぐ。 6世の愛もあって幸せな時期を過ごしたが、あることがきっかけで、夫は精神的に破綻してしまう。国王の意思をいただけなくなった国政は混乱し、それに乗じて権力を奪おうとする勢力が跋扈する。なかでもシャルル6世の叔父、ブルゴーニュ公フィリップ(石井一孝)は息子のジャン(中河内雅貴)とともに露骨に王政に干渉し付け入ろうとする。この構図の中に杭を打ったのは王の弟であるオルレアン公ルイ(上川一哉)。イザボーはルイと不貞関係になることで権力を手にしていく。イザボーの実の息子で、後にフランス・ヴァロア朝の第5代国王となるシャルル7世(甲斐翔真)は、義母にあたるヨランド・ダラゴン(那須凜)と共に、母イザボーの愛と欲望に彩られた壮絶な生きざまをたどっていく。物語はこの2つの時制を使いながら、イザボーの謎多き人生を解き明かしていくことになるのだ。
とにかくこれまでの翻訳ミュ―ジカルのように整理されたテキストや台本、プロットさえもない。混沌の時代としてしか知られていない時代に生きたイザボーがその混乱の一翼を担っていたことも観客に分からせなければならず、本能のままに生きる彼女の奔放な自由さと逆に不自由さについての苦悩も描写には不可欠だ。
長い歴史、入り組んだ人間関係、内紛を繰り返すフランスの国内情勢や干渉を取り返すイングランドの動きも複雑でこれを「作品」としてまとめるのは大変な作業だったに違いない。それだけに「説明」の色が消えないせりふや歌も多く、展開の速さがきちんと観客にとらえられているのかの不安も付きまとったが、それは再演でこなれていく程度のこと。俳優たちの説得力のあるせりふ術や、振付をはじめとする俳優らの動きも無駄がなく、エンターテインメント作品としての総合的なまとまりを感じさせた。
イザボーの内面の激しさを「女の性(さが)」といったような古くさいキーワードで読み解こうとする人もいると思うが、ことはそんなに簡単ではなく、最後は彼女を「稀代の悪女」あるいは「100%の悪党」としては見られなくなっていることに多くの人は気付く。この延長線上にジャンヌ・ダルクの物語が続くとき、この時代に女性が生きることの意味と苦悩もまた浮上する。歴史と歴史がミュージカルによって結びつく瞬間。終演後、「あの時、思わず立ち上がりそうになった」と話す女性ファンの言葉がとても印象的だった。
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ミュージカル「イザボー」は2月8~11日に大阪市のオリックス劇場で上演される。
それに先立ち1月15~30日に東京・池袋の東京建物Brillia HALLで上演された東京公演はすべて終了しています。