契約書とのつきあい 〜想像と創造の結晶〜

Vol.7 大阪府茨木市
編集・ライター
In and Out of Contracts
うみねこ1120

 

 

本日は、本業である「契約書」のお話。まずは、以下の英文をご覧ください。

©Wiltshire OPC Project/2020/Nigel Chalk

これは、左上の “ This Indenture made the Sixth day of April in the Fifty Ninth year of the reign of our Sovereign Lord George the Third By the Grace of God of the United Kingdom of Great Britain ” から、右下の “ In Witness whereof the said parties to these presents have hereunto set their hands and seals the day and year first above written” まで、1543もの英単語から成る“一文”の契約書である。もちろん詳細は省略するが、1819年4月(注:本文中では1859年4月。表紙の記載を採用。)、大英帝国で締結されたとあり、内容は、年利5%による英国200ポンドの金銭消費貸借および借受人が保有する土地に対する抵当権の設定について定めている。歴史的には、第一次産業革命によって工業化と都市への労働集約が加速し、同時に、資本の流動にともなって契約書の整備・運用が本格化した時代である。

契約書とは、一言でいうと、当事者(原則として2人以上)の間で合意した「約束事」を文字で残したものだ。自分が相手に何をする(しない)義務を負い、何をする(しない)権利が与えられているのか記録に残し、万一争いや疑義が生じた際には、裁判官に代表される中立的な第三者に自分の主張の正当性を訴え、判断を委ねるための大事な証拠となる。

なお、冒頭の契約書が書かれた近代ヨーロッパでは、このどこか気取った書きぶりの本文と仰々しい表紙から見て取れるように、本来の合意文書という役割に加えて、それを必要とするだけの財力と、書き上げるだけの素養を備えた資本家による権威の顕示という意味合いも強かったと言える。

さて、時代は一気に進んで現代社会。大小の民間企業から公共機関、個人に至るまで、商品・サービスの取引に契約書は必要不可欠なものとなった。資本主義の興隆期とはうって変わり、契約書の書式は、一般人でも取り扱える程度にまで規格化され、文面は、平易かつ明示的であることが前提とされる。数千字の長文など ”もっての外” だ。さらに、先進国を中心に、法令・法制度の整備や裁判例の蓄積は進み、紛争や非常事態発生時の解決プロセスの合理性も高まっている。

会社や国・地方自治体など、こと組織のなかで契約書の作成・審査・管理にたずさわる仕事を「契約法務」と呼ぶ。社会人一年目から、私も未熟な契約法務の担い手として、多数の契約書に接してきた。十年と少し経験するなかで、契約書を生業とする人の素質は、“ソウゾウ”力にあると感じている。

一つは「想像」—— 対象となる契約ごとに関連して、条件をどうするか、どんな事態が想定されるか、あらゆる可能性を想定する思考の幅の広さだ。

もう一つは「創造」—— 想像したケースのなかから契約書に盛りこむべき要素を抽出・整理して、他者が読んでも同じ解釈ができるレベルにまで言語化する力である。園芸には疎いので迂闊なことは言えないが、水・栄養(思考の前提となる事実)のバランスを調節して、枝(想定されるケース)を剪定しながら、一本の樹木を育てていくイメージに近いと考えている。

大木を育てるがごとく(イメージです)

 

ここ数十年で、契約法務の世界は、一気に細分化・専門化の傾向を強めている。その背景として、グローバル競争の激しさや未来への不透明感、人権意識の浸透など色々言われているが、良く言えば予測可能性が高い、悪く言えば、小さなリスクすらも見逃さない窮屈な環境が広がっている。一昔前であれば、大手銀行が経営統合する際の合併契約書であってもA4用紙わずか数枚で事足りたそうだが、今なら、諸々の関連資料・添付書類を含めると、厚めのバインダーサイズは優に覚悟せねばなるまい。

技巧や枝葉末節にスポットが当てられ、弁舌達者な者が評価されがちな流れは、契約法務の世界も例外ではない。多少不器用にみえても、想像力と創造力の鍛錬が、物事の理(ことわり)というか、“ 本筋 ” ” 大局 “的な視点を意識しているか、自問自答しながら日々の仕事に邁進していきたい。

プロフィール
編集・ライター
うみねこ1120
横浜市出身。クリエイティブの原点は、学生時代に所属したメディアサークルでの新聞・雑誌・Web活動。 資源・エネルギー企業、法律系出版社、私立大学で法務(契約、商事、知財、訴訟etc)全般にたずさわり、現在は総合電機メーカーの情報法担当。かたわら、法律・特許事務所や業界団体の取材、記事執筆および企業案件のリーガル・コンテンツ作成など。

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