ぜんぶ正解。ウチら最高。

宮城・仙台
ライター
KIROKU vol.06
佐藤 綾香

 

過去の恋人は、わたしの目がすきだったらしい。

出かけるまえに化粧をしていると、彼はわたしのすぐ後ろでぼやけた素顔がどんどんハッキリしていく様子を観察しながら鏡越しに「女の人ってマスカラ塗るときにへんな顔になるよね」と言った。

彼の一言にすこしだけむっとしたわたしは適当に「うん」と返して、それ以上の会話を続けなかった。

 

 

「女の人って誰のことよ」と嫉妬したわけでも、わたしの顔をばかにされたと思ったわけでもない。

彼は相手の気持ちを不安定にさせることで自分への愛情の深さをはかろうとするひとで、わたしはそれをされることに疲れていた。

たとえそのときの彼にそんなつもりがなかったとしても、何気ない会話で「これは試されているのかな」という思考一辺倒になってしまうほど、たくさん駆け引きされてうんざりしていたし、自分自身にしか興味がなくなった彼をかわいそうで残念なひとだと捉えはじめていた。

しかし彼にそうさせてしまうわたしにも原因はあるだろうから、どうしたもんかと一人で考えて、一人で解決すればいいとも思い込んだ。

 

言ってやりたいことやわかってほしいことはたくさんあったけれど、なにも言わない。

これからいっしょに出かけるのに我慢してきた本音をぶちまけてケンカになったり、ほんとうは言わなくていいことまで言い散らかして彼をブルーな気分にさせたりするのは避けたかったから、自分の疲労も黙って流した。

後ろでのんきにニコニコしている彼の顔をみて(あー疲れたなぁ)と思いながらも、ただただ、もともと濃くて長めのまつ毛にマスカラを塗って、さらに濃く、さらに長く伸ばしてわたしは最強の目を仕上げるのみ。

一心不乱に最強の目をつくる間だけは、彼の存在と言動に疲れていることもどうでもよくなるくらい、わたしは無敵なハッピー人間だと信じられた。

 

 

 

彼とのお別れからずいぶん時間が経った。

相変わらず最強の目をつくり続けるわたしは、帰りの電車を待つホームで無性に泣きたくなっている。

最強の目を2つも装備しているのに日々積み重なる疲労には抗えず、そんなのする必要もないとわかっていながらも、些細なことがトリガーとなって「あの人はああなのにわたしはこうだ」と周りと比べて、自分で自分の首をしめた結果がいまだ。

翌日、なんとか気持ちを前向きに持っていかねばと悩んだわたしは仕事を終えてもまっすぐ帰らず、お散歩がてらと何気なく寄った雑貨屋の化粧品売り場で、あるものに釘付けになった。

それは、「シンプルイズベスト」なんて言葉を「何それ見たことありません聞いたことありません知りません」と早口でザクザクとぶった切ってしまいそうな、不必要にゴテゴテした派手な見た目のマスカラだった。

でもその不必要と思われる派手さにはそれなりの理由がきっとあって、哲学を漂わせる雰囲気がものすごくクール。

それよりも、いろんなことに疲弊していたわたしのハートを射抜いたのは、キャッチコピーや商品の説明文である。

意訳だけれど、「自分が選んだことはぜんぶ正解だし、正解は自分が決めるもんだ。下がったまつ毛は濃く長く上げてけ。軽やかに生きろ。ウチら最高」というメッセージを受け取った。

「ぜんぶ正解」
「ウチら最高」

疲弊している自分にド直球のメッセージが響き、瞬時に胸がボワッと熱くなる。

すっかり感化され心が燃え上がってしまったわたしは、言うまでもなくゴテゴテのマスカラを即座に購入した。

その日以降、わたしはゴテゴテのマスカラの威力をまつ毛に宿し、無敵な全知全能ハッピーモードで毎日を過ごしている。

 

 

ただし、日々ご機嫌に過ごしていくには、自分の弱さとも向き合わなければならない。

目的地にまっすぐ向かえばいいのに、気づけばいつも遠回りをして、グルグルと同じ道を辿りながらジタバタもがき、失敗と後悔を繰り返す。

言いたいこともぜんぶその場で言ってしまえばいいのに、いろいろと考えすぎて言葉にだすチャンスを逃し続け、しまいにはほんとうの気持ちを相手に伝えられず誤解されたまま関係が終わる。

じょうずに生きられない自分がもどかしくて苦しい。

しかし「ぜんぶ正解」「ウチら最高」とエンパワーするゴテゴテのド派手なマスカラは、じょうずに生きられない不器用な自分にも「いえ〜い!」と底抜けの明るさでハイタッチしてくれる(気がする)。

当然、明るい励ましにも副作用はあって、肝心なことをじっくり話し合えずに終わった彼との時間も、ないものを周りと比べる自分も、すべてが薄っぺらく、幼く思えて恥ずかしくなった。

だけど、そんな薄っぺらいことにも、ゴテゴテのド派手なマスカラは「そういうこともあるよね〜!」とハイタッチして受け入れてくれる(気がする)。

あのときも、いまも、不器用なわたしとハイタッチしながらエンパワーするマスカラは力強くてやさしい。

もしかしたら「最強」と「やさしさ」はニアリーイコールなのかもしれない。

日々の疲労も忘れてハッピーになれるなら、いつだってへんな顔をしながら濃く長いまつ毛をつくってたくましく生きてやろう。

 

 

後日、史上最高のハッピーマスカラを施したわたしは、お気に入りのワンピースに身を包み友人に会いに行った。

お互いがお互いのファッションを褒め合って撮った写真を送ると、友人からのメッセージが続いた。

「ウチら爆かわいすぎる」

つまりは(ぜんぶ正解。ウチら最高)ってことだとおもう。

そんなメッセージを送ってくれた友人を、わたしは頭の中で勝手にゴテゴテのマスカラと結びつけた。

彼女は世の中のはやりに安易に流されることなく、いつも自分のすきなものや思い入れのあるものを身にまとい、彼女だけのスタイルを確立させている。

そこに、凛としたかっこいい生き様と美しさが透けて見える。

まさに(ぜんぶ正解。ウチら最高)を体現しているひとだ。

だからわたしは彼女に吸い寄せられるように会いにいきたくなってしまうのだろう。

 

わたしもいつか、じょうずに生きられるだろうか。

いつになるのかはわからないけれど、いまのところは「ぜんぶ正解」「ウチら最高」と発信する無敵な全知全能ハッピーモードたちの生き様や在り方に救われ、強い人間のふりをしながら恥をしのんで生きている。

 

 

 

 

プロフィール
ライター
佐藤 綾香
1992年生まれ、宮城県出身。ライター。夜型人間。いちばん好きな食べ物はピザです。

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