怪異もいいけど”ヒトコワ”もね――真夏の熱気を冷やす読書のススメ

福岡
ライター
kosaka
香坂

世の中生きている人間がいちばん怖いんですよ。

 

 

大学時代に師事した教授は、仏教学を専門とする傍ら寺院の住職を務めている関係で、よく「お墓が家にあるなんて恐ろしくないですか?」と聞かれるのだという。そしてそのたび、上記のとおり答えることにしているそうだ。

 

実際、お墓参りに出かけて嫌な空気を受け取ることはほとんどない。

例えば深夜に墓地を訪れたとして、いるはずのない誰かに遭遇したら真っ先に霊的なものより、向こうから危害を加えてくる悪人でないことを祈るだろう。

 

現実の人間に対する恐怖を描いた作品は、一般的に“ヒトコワ”と呼ばれる。

 

身近な友人や家族が実は……というパターンや、知らないところで面識のない相手の恨みを買っていたパターン、ふとしたきっかけで愛が憎悪に変わってしまったパターンなど、巻き込まれ方のバリエーションも様々だ。

 

漫画や小説、映像作品などジャンルも幅広いが、中でも個人的に衝撃的だったのは、平山夢明先生の『東京伝説 死に逝く街の怖い話』である。

 

冒頭には、先生自身の言葉で以下のような内容が記されている。

 

二十世紀までは、主に犯罪は周到に準備を行った上での【プロ】の仕事だった。

しかし、最近はある日突然なんとなく思い立って犯行に至る【アマチュア】が増えている。この本にはそういった狂気に巻き込まれてしまった人々の恐怖の瞬間を詰め込んだ。

 

※参考:『東京伝説 死に逝く街の怖い話』(平山夢明 著 2004年 竹書房)

 

つまり、基本的には「実話」をもとにした作品だというのだ。

ここから既にフィクションであるに違いない、と受け取るかどうかも読者自身の判断に委ねられていると言えるだろう。

 

こちらはすべて短編集となっており、文章も軽快なのでサクサク読み進められてしまう。

しかし、だからこそ油断していると怒涛の勢いで戦慄が襲ってきたりもする。

 

せっかくなので、一話クローズアップしてご紹介しよう。

 

◆30話目「乗り過ごして

 

語り手は「御舟(みふね)さん」という女性。

 

荻窪の自宅に帰ろうとして高尾ゆきの電車に乗り、終点まで乗り過ごしてしまった彼女。外は極寒だし、タクシーは高速代含めて高すぎるし、あたりには一晩過ごせる場所もないし……と途方に暮れていたところ、駅に白いバンが停まっていた。

 

車内には御舟さんからすると父親くらいの年齢の男性がおり、話を聞くと「(仕事で使う)材料を受け取りにきたはずが、いつまで経っても相手が来ない。朝には必要だから、東京の中野までこれから取りに行かなきゃならないみたいだ」と言う。

 

お互いついてない者同士、良かったら車に乗って行くか?と声をかけられ、救世主とばかりに即座に頷いた御舟さん。

 

ところが、男は「ガソリンを入れにいったん家に寄っていく」と不穏な申し出をする。

 

たどり着いた廃墟同然の“自宅”には、一人の女がいた。

 

一瞬ホッとして中に入ると、その女の顔は――。

 

 

「交代でしょう!待ってたのよ!」

 

 

……御舟さんはあくまでも実体験として話している、という一応の安心材料を胸に、気になった方はぜひ結末を確かめてみて欲しい。

 

 

「ヒトコワ」は創作として完成されたジャンルでもあるが、触れているうちに現実における自己防衛の意識も高まっていく、かもしれない。

プロフィール
ライター
香坂
オリジナル会葬礼状のライター業を経て、現在はWEB系のフリーライターとして活動中。漢字とひらがなのバランスに悩むのが好き。仕事におけるモットーは「わかりやすく、きれいに」。趣味はお酒・アイドル・展覧会鑑賞・化粧品。創作は何を書いても不穏な雰囲気になるのが強み、かもしれない。

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