がんばれミナミ

宮城・仙台
ライター
KIROKU vol.08
佐藤綾香

 

ここ2〜3ヶ月、懐かしいひとたちからの連絡が続いた。

「最近どうしてる?」 「なんとなく、元気かなと思ってさ」 「こっちはこんなことがあってね」 「こんど会いたいな」。

連絡の内容はさまざまなのだが、ほとんどは環境が変わったタイミングのなかで、なにかしらのきっかけがあってわたしのことを思い出してくれたのだという。

 

そのひとの人生のたった一瞬通りかかっただけにすぎない自分を思い出してくれて、さらにひとつハードルを超えて連絡をくれるのは、すごくうれしい。

 

いつも気にかけてくれる人から連絡をもらうだけでもうれしいのに、離れて何年も経っているような人の日常に自分が少しなりとも爪痕を残していることに感動すら覚える。

 

 

連絡をくれた一人、ミナミさんはわたしが3〜4年前にライターとして働いていた会社の先輩だった。

ミナミさんはわたしの向かいの席にいて、当時は新型コロナウイルス感染対策もあり、お互いの席は透明プラスチックのパーテーションで区切られていた。

 

ミナミさんの第一印象は、新種。

なんと言えば正解なのだろうか。

身近にはいないタイプで、補足すればこれまで出会えなかったタイプで、ミナミさんのやること為すことがわたしには理解不能だった。

 

 

まず、そのいち。

ミナミさんのデスクはすごく汚い。まじで汚い。フォローする気も起きないくらい汚い。

ものが多いのはいい(だけど、ここで一つ言わせてほしい。パーテーションがなかったらどれだけのものたちがわたしのデスクに侵入してくるんだろう、と常々思っていた)が、そのなかに紛れて使用済みのティッシュも無造作に置かれていた。

わたしは割と本気で 「使ったティッシュはすぐに捨ててくださいよ!」 と注意したのに、笑いながら 「うるせぇほっとけ!」 と返され、こちらもつられて笑ってしまったので、それ以降もそういうやりとりが一つの芸みたいになってしまった。

 

そのに。

ミナミさんは、小銭を拾うのが大好きだ。

そもそもミナミさんはお金が大好きで、何かを安く買うことにも並々ならぬ情熱を注いでいた。

「ねぇあやかちゃん聞いて! 今朝、10円拾ったの!」

「ねぇあやかちゃん聞いて! 今朝、100円が落ちてたんだよ!」

小銭なんてそんなに落ちてるもんかね、と思いながら 「よかったですね」 と小銭トークを聞いていたある日、ミナミさんが普段からとんでもない行動をしていることを知った。

「ねぇあやかちゃん聞いて! 昨日、自動販売機の下を覗いてみたら100円が落ちてたんだよ!」

思わず 「なにしてんの!?」 と年上の先輩にタメ口をきくほど驚き、相当心が乱れたのか「それ中トトロ探してるひとしかやっちゃだめだって!」 と的外れな注意をしてしまったことを覚えている。

なんかもういいやと何かが吹っ切れたわたしは、なぜそんなに小銭を拾うのが好きなのかと問うてみたら、ミナミさんはこう答えた。

「だって、小銭ってかわいくない?」

え、それはわかんない。

わたしは懲りずにまた先輩に向かってタメ口をきいてしまったのだ。

 

 

そのさん。

ミナミさんが集中モードに切り替わると、震源地になる。

いわゆる 「ゾーン」 というやつに入ったミナミさんは、人間を超越するのだ。

ライティングのスピードは当たり前に速いし、内容も正確で、記事の中身によっては許される範囲のちょうどいいユーモアまで利かせる。

しかし、周りへの影響が凄まじい。

ある日、わたしが仕事をしているとデスクがユラユラと動き、唐突な揺れを察知したのだが、震度2くらいの揺れに動揺している人は誰もいなかった。

その様子をみて冷静さを取り戻したとたん、地震が起きたカラクリをすべて理解した。

震源地は、目の前のミナミさんだった。

ゾーンに入るとキーボードのタイピングに力が入りすぎて、周辺のデスクにまで振動が広がっていく。

それが「震度2」の正体だった。

わたし以外の周辺のひとたちは何が起きているのかすでにわかっていて、これが普通だよ?とアイコンタクトで教えてくれた。

このひと地震に似た揺れも起こせんのかよ、と人間を超越した圧倒的な力を思い知ったのである。

 

 

そんなミナミさんが来月には転職で大阪に引っ越すということで、久しぶりにゴハンを一緒に食べることになった。

よく聞けば、大阪に住みたいから転職を決めたのだそう。

そのきっかけをつくったのは、なんとわたしだった。

「あやかちゃんが飛行機で安く大阪に行けるって教えてくれたから、行ってみたんだよね。そうしたら、当時はコロナの時期だったからさ、まち中に “がんばれミナミ” とか “不滅のミナミ” って書いてあって、なんか応援されてる気分になっちゃってさ、わたしのまちだ!って直感したの」。

それからミナミさんは大阪の魅力にどっぷりハマり何度も大阪旅をしていた。

ところが大阪への愛が深まっていくのと反比例して、わたしが働いていた頃とは環境も体制も変わり、いつしか会社の仕事にやりがいを感じられなくなっていったという。

「あの頃が黄金期だったよ」 と語るミナミさんから、わたしが退職するときに 「あやかちゃんがいたから会社にくるのが楽しかったよ」 と直接言ってくれたことが思い出され、涙を誘われた。

この際だからなんでも思っていたことを言ってしまえと、わたしは「あのね」と切り出した。

「実は、ミナミさんがゾーンに入っているとき、タイピングの振動がこちらにまで伝わってきていたんですけど、地震だと思ってたんです」。

ミナミさんはケケケケケっと笑いながら 「でも、もう地震も起こせねぇんだよぉ」 と仕事に情熱を失ってしまった現状を嘆いた。

震源地じゃないミナミさんなんて、ミナミさんじゃない。

いつも何かに夢中で、周りを気にせず好きなことに一途で、簡単には信念を曲げないミナミさんがいい。

転職先は収入面を優先して選んだそうだが、大阪ライフを満喫することに一番の重きをおいたのだとか。

目をキラキラと輝かせて夢の大阪ライフを語るミナミさんは、とても眩く、美しかった。

 

ミナミさんにたくさんの幸せがやってきてほしい。

そう願って、わたしはミナミさんが喜びそうな 「昭和の傑作マンガが集約されたオムニバス」 を事前に手に入れ、餞別に贈った。

するとミナミさんは 「わたしも」 と、保存用に買っておいたという 『太陽の塔のキーホルダー』 をくれた。

大切にしていただろうに、ほんとうにもらっていいのか聞くと 「あやかちゃんに持っておいてほしい」 とのことだった。

ちなみに、ミナミさんからもらったキーホルダーはいま、勝手に 『太陽の塔のミナミさん』 と名付けられ、デスクで仕事中のわたしをおとなしく見守っている。

 

 

食事中、ミナミさんから 「あやかちゃん大阪に遊びにきてよ!うちをホテル代わりに使っていいから!」 と宿泊のお許しがあった。

わたしは 「えぇー、ちゃんと部屋片付けてくれます?」 と念を押す。

ミナミさんは、間髪いれず 「大丈夫、片付けるよ! だってミニマリストになるって決めたから!」 と約束してくれた。

しかしミナミさんは、終始お店のナプキンを使っては丸めてテーブルの端のほうに置く作業を繰り返していた。

そのせいか、テーブルの端は小さく丸められたゴミの山ができあがっている。

 

がんばれミナミ。

プロフィール
ライター
佐藤綾香
1992年生まれ、宮城県出身。ライター。夜型人間。いちばん好きな食べ物はピザです。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP