「育成型オーディション」の凄み、才能をめぐる2つのミュージカル上演中

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

※メインビジュアル:育成型オーディションで主人公ビリー役に選ばれた4人=前列(撮影:田中亜紀)

「才能」って何だろうか。それがたとえ天が与えた天賦のものであっても、内的には「始めてみる勇気」と「あきらめない根気」がなくては単なる隠れた才能になってしまう。また外的には、才能に気付いたり見い出したりする鑑識眼や正しく導き育てる手腕がなくては、芽は出せない。演劇ではこうした才能が見出され育てられるドラマチックな出合いを題材にした傑作舞台が多い。中でも、バレエに目覚めた少年が旧弊にこだわる古い世代や保守的な町に囲まれた最悪の条件の中でいかに見出され、自分の進むべき道を見つけていくのかを描き米英の演劇界で絶賛されたミュージカル「ビリー・エリオット~リトルダンサー~」はその代表格。日本ではこの夏から秋にかけて、天才音楽家のモーツァルトが神童と呼ばれた子どものころの自分との生涯にわたるせめぎ合いを描いたミュージカル「モーツァルト!」も再演されるなど、才能をめぐる2つの優れたミュージカル作品が並走するように上演され、話題を呼んでいる。

ミュージカル「ビリー・エリオット~リトルダンサー~」は2000年(日本では2001年)に公開された映画『リトル・ダンサー(英題「Billy Elliot」)』が土台になっており、映画で監督を務めたスティーブン・ダルドリーが演出を手掛けている。カンヌ国際映画祭で『リトル・ダンサー』を見たエルトン・ジョンが感激して、ダルドリーらにミュージカル化を熱望したことがきっかけになっているのだ。

日本では2017年に初演され、演技に定評のある俳優たちが主人公ビリーや町の子どもたちを演じる子役たちの成長をしっかりと支えながら盤石の布陣で大きな反響を得た。中でも注目されたのが、ビリーたちを選ぶ選考が英国での初演から受け継がれた「育成型オーディション」であった点だ。

オーディションと言えば普通は数次に分かれているとはいえ、応募、書類審査、面談、実技審査(映像作品ならこれにカメラテストが加わる)と進んでいくもので、私費でのレッスンや演技教室、劇団・プロダクションでの鍛錬など、オーディションに向けた「準備」をするのは参加者の方だ。

しかし育成型オーディションでは、「原石の輝き」「これからののびしろ」が選考基準になることが多く、特にミュージカル「ビリー・エリオット~リトルダンサー~」の場合、ビリー役に求められるのはバレエ、タップ、アクロバット、歌と幅広いこともあって、それらの訓練の中でどれだけ成長していけるか、どれだけ俳優・パフォーマーとしての可能性を高めていけるかがポイントになる。徐々に人数を絞ってはいくものの、長い時間をかけて参加者たちを吟味していくのだ。

2020年に続く再演となった今回は、2023年3月から公募を始め、1375人の応募総数の中から書類審査に合格した215人を対象にクリエイティブスタッフによるオーディションが開かれ、11人を選び出した。さらにレッスンを続けながら7人に、最終的には浅田良舞、石黒瑛土、井上宇一郎、春山嘉夢一の4人を選んだ。ビリーの親友のマイケル役も最終的には4人が選ばれた。

つまり、才能の出現、発見、成長というこの作品のテーマそのものの過程を経て、ビリーという役が毎回新たに誕生するのだ。

だから上演会場は応援ムードでいっぱいになる。出演者の関係者、作品のファン、ミュージカルそのもののファン、子どもたちの成長を見守っている人たちが一緒になって拍手を送り歓声を上げているのである。こんな温かい雰囲気に包まれる劇場はない。

英国の公演でビリー役を務めた人の中からは英国のスター俳優のトム・ホランド(わき役からビリー役に昇格)を輩出し、日本でビリー役を演じた少年たちからも、バレエの世界的コンクールでの優勝を果たす異才が誕生している。もちろん、この作品への出演で将来が約束されるわけではないので、それぞれの人たちの努力の結果としてである。

育成型オーディションとは関係ないが、おりしも、今年8月は人気ミュージカル「モーツァルト!」の再演公演が東京で開幕し、10月には大阪で、11月には福岡・博多で巡演される。この作品は、早くから楽器が弾けて作曲もできて神童と呼ばれたモーツァルトが、放蕩な生活続きで不埒な日々を送る若者になっても、自分のそばにいてあふれ出る才能をモーツァルトに与え続ける子どものころの「アマデウス」を可視化(子役が実際に舞台に立ちせりふなしで演技する)。才能の枯渇という残酷な事態と自分自身に苦悩するモーツァルトの姿を描く作品だ。

世の中に発表しているのはモーツァルト自身であり、本当は自制のためにアマデウスという幻想を頭の中に創り出しているのかもしれず、天才と才能というものの特殊な関係を哲学的にまで昇華させたミュージカルとして、奥行きのある感動を与え続けている。

天才が才能をどう御していくかの考察でもあり、才能に恵まれた者の悲劇を表しているとも言える。

才能を勝ち得た時、才能に出合った時、自分はどうすればいいのか。どちらの作品も上演の間じゅう、そのことを考え続けていた。

ミュージカル「ビリー・エリオット~リトルダンサー~」は2024年8月2日~10月26日に東京・池袋の東京建物BrilliaHALL(豊島区立芸術文化劇場)で、11月9~24日に大阪市のSkyシアターMBSで上演される。

ミュージカル「モーツァルト!」は2024年8月19日~9月29日に東京・丸の内の帝国劇場で、10月8~27日に大阪市の梅田芸術劇場で、11月4~30日に福岡市の博多座で上演される。

プロフィール
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
阪 清和
共同通信社で記者として従事した30年のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライターとして独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・メディア戦略・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーやミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、公式ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会、作品審査・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、メディア戦略・広報戦略コンサルティングや文章コンサルティングも。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週最も多く読まれた記事」に25回、「先月最も多く読まれた記事」に4回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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