日常のすぐそばにある生きづらさ、心の中の「ざわざわ」描き出す赤堀雅秋

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

※トップ写真:舞台「台風23号」の一場面(撮影:細野晋司)

日常や普通の生活のすぐそばにぽっかりと空いた真空地帯のような恐ろしい空間にうごめく人々の悪意や憤懣、そして不安…。そんな社会を必要以上に大きく見せるでもなく、むしろ日頃の営みのように淡々と丁寧に描いていく劇作家・演出家・俳優の赤堀雅秋が、いま最高に飛び抜けている。そんな赤堀が、日本の演劇の殿堂のひとつシアター・コクーンに劇作家・演出家として初登場(俳優としては出演済み)したのが2014年。以来、コンスタントにこの劇場で作品を発表し続けてきた稀代のクリエイターが今年2024年、コクーンの建て替え中の代替劇場として位置づけられる東京・新宿歌舞伎町のTHEATER MILANO-Zaで世に問うたのは舞台「台風23号」。社会に平凡に生きる人々のざわざわとした心の中の不安を主要なモチーフとしてきた赤堀が、巨大な台風が迫る海辺の町を舞台に、幾重にも織りなすように住民の心にもやをかける、赤堀テイストの真骨頂のような作品で、あらためてその高い実力を私たちに見せつけている。

赤堀は1996年に劇団「SHAMPOO HAT」を旗揚げ。舞台「砂町の王」などで何度も岸田国士戯曲賞最終候補に残り、ついに2013年発表の第57回岸田国士戯曲賞を受賞。代表作だった戯曲「その夜の侍」(2012年公開)を、大ブレイクする寸前だった堺雅人、山田孝之という野心的なキャストで映画化して監督を務め、高い評価を受けた。

戯曲にも映画にも通じるのは人間のぶざまな姿と、その内部にあるほとばしるような人間性と熱くたぎった情念。むき出しの人間を描くことに掛けては当代随一の実力の持ち主と言っていいだろう。

2014年のコクーンへの登場は演劇界にとってある種の「事件」だった。人間が持つ「えぐみ」を執拗に掘り起こし、観客に提示する。その後2015年には、日常からの逸脱をテーマに、募金箱強奪という奇妙な事件を入り口にして一人の不思議な女に導かれるようにして運命がうごめいていくひと夜限りのロードムービー的世界を描き出した舞台「大逆走」で連続登場。そして2017年には、リアルな「普通」を描きながらも自分や自分のテリトリーの中に充満したガスがいつ爆発してもおかしくない、隣り合ったいくつもの人生を鋭角的にスケッチした「世界」が。そこには、悲哀と呼ぶにはあまりにも渇いた絶望があり、希望と呼ぶにはあまりにも切ない、名前のないぬくもりがある。赤堀がぶつけてきたむき出しの心と生きづらさがこんな形で昇華するとき、そこから立ち上る空気の中にこれほどのきらめきが漏れてこようとは。観客は、赤堀演劇の底知れぬ懐の深さに立ち尽くすしかなかった。

向井理と田中麗奈をようして臨んだ2019年の「美しく青く」に続いて2022年にはさらなる問題作「パラダイス」をぶち込んできた。

今回の「台風23号」は、コクーン初登場の「殺風景」で見せたような、親子による隣人一家皆殺しという凶悪な犯罪があまりにも日常のそばにある恐ろしい現実や、2022年の舞台「パラダイス」で見せたオレオレ詐欺のカケコ(詐欺電話をかける者)たちのだましの現場のような、ショッキングなシーンで惹きつけるわけではないが、「台風23号」もなかなかにスリリング。 台風はあくまで物語の背景の一つにすぎず、主役は台風が来る時のざわざわとした人々の気持ちだ。もう少し親切に説明すれば、台風による「ざわざわ」がそれぞれの人の気持ちの中の不安や不満と化学反応して作り出す不安定なざわめきなのだ。

登場するのは役所の人間や、徘徊が心配される老人、根気強い介護ヘルパー、貞淑さと不埒さが入り混じった主婦、と普通の人々。海辺のスナックには、体調が悪いというから帰省したのに、相変わらずマイペースな母親と、もしかしたら母親と結婚するかもしれないというややハイテンションな男にあきれる娘と常連客たち。ただ一人忙しく働くのはこの地域を担当する宅配便の配達員だ。

そんな何の変哲のない町にも、飼い犬の連続毒殺事件が暗い影を落としているが、地域の警官には今一つ危機感が感じられない。

しかし、人々のそれぞれの中にある危機はいつ破綻してもおかしくなく、あふれ出す寸前。いよいよ台風が近づいてくる。海の向こうの方には雨柱も見えている。

この現実はとてもほころびやすく、誰かの不用意なひと言でその現実の一部が破れ、気付くといつのまにか危うい世界の中にすっぽりと取り込まれていることが分かる、みんな危ういバランスでぎりぎりに今を生きている。だからと言って、その場から突然逃げ出したり、自分自身を画期的に変化させたりすることもできない。そんなリアルな「普通」を描きながらも自分や自分のテリトリーの中に充満したガスがいつ爆発してもおかしくない。そこには、悲哀と呼ぶにはあまりにも渇いた絶望があり、希望と呼ぶにはあまりにも切ない、名前のないぬくもりがある。赤堀がぶつけてきたむき出しの心と生きづらさがこんな形で昇華するとき、そこから立ち上る空気の中にこれほどのきらめきが漏れてこようとは。赤堀演劇の底知れぬ懐の深さに立ち尽くすしかない。

もちろん、日常の中にあるくすっとした笑いや、ふとした時の気づきなども散りばめられ、その質感はえぐみとうまく中和していて、エンターテインメントとしての完成度が高まっていたことも付け加えておこう。

出演は、森田剛、間宮祥太朗、木村多江、藤井隆、伊原六花、駒木根隆介、赤堀雅秋、秋山菜津子、佐藤B作。
舞台「台風23号」は2024年11月1~4日に大阪市の森ノ宮ピロティホールで、11月8~9日に愛知県豊橋市の穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホールで上演される。それに先立って10月5~27日に東京・新宿歌舞伎町のTHEATER MILANO-Zaで上演された東京公演はすべて終了しています。

プロフィール
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
阪 清和
共同通信社で記者として従事した30年のうち約18年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。2014年にエンタメ批評家・インタビュアー、ライターとして独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞・テレビ・ラジオなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅・メディア戦略・広報戦略に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。雑誌・新聞などの出版物でのコメンタリーや、ミュージカルなどエンタメ全般に関するテレビなどでのコメント出演、パンフ編集、大手メディアの番組データベース構築支援、公式ガイドブック編集、メディア向けリリース執筆、イベント司会、作品審査・優秀作品選出も手掛け、一般企業のプレスリリース執筆や顧客インタビュー、メディア戦略・広報戦略コンサルティングや文章コンサルティングも。元日本レコード大賞審査員、元上方漫才大賞審査員。活動拠点は東京・代官山。Facebookページはフォロワー1万人。noteでは「先週最も多く読まれた記事」に25回、「先月最も多く読まれた記事」に4回選出。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/)。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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