信念のある自然な優しさ光る松下洸平、世界初演のミュージカル「ケイン&アベル」
メイン画像:ミュージカル「ケイン&アベル」の一場面。松下洸平(左)と松下優也(写真提供・東宝演劇部)
世の中に「注目のミュージカル」という謳い文句で紹介されるミュージカル作品は多数あるが、2025年1月下旬から上演が始まったミュージカル「ケイン&アベル」はその注目すべき要素が実に多彩で、両手に持ちきれないほど。政治活動を経て文学界に進出した英国の小説家、ジェフリー・アーチャーが1979年に発表し、「現代の古典」とまで言われる世界的ベストセラー小説「ケインとアベル」の舞台化、ミュージカル化は世界で初めて。それを日本で成し遂げた。
集結したクリエイターは「ジキル&ハイド」などで知られ、日本でも「四月は君の嘘」「デスノート THE MUSICAL」などを立ち上げた作曲家のフランク・ワイルドホーンら世界の第一線で活躍する顔ぶれで、しかもそれらをかたちにする中心俳優を、長い演劇界での鍛錬を経て今や映像作品でも乗りに乗っている松下洸平とミュージカル界で実力が高く評価されている松下優也が担う。わくわくドキドキの高揚感と共に世界初演の緊張感も漂っていた待望のステージは、骨太の人間ドラマと、米国の激動の時代を彩る豊かな音楽性が溶け合い、物語が進むにつれ、湧き上がるような心のほとばしりを感じさせる斬新な作品となっていった。
ミュージカル「ケイン&アベル」は、同じ日にポーランドと米国・ボストンで生まれた2人の男性の人生を、20世紀の現代史を背景にしながら双方の視点で交互に描き、やがて運命的な宿命が待つ物語。
ボストンで銀行員の息子として生まれたウィリアム・ケイン(松下洸平)は幼くして父を亡くすが、やがて米国有数の銀行の取締役、そして頭取に。弾圧に追われ移民となって米国に渡った孤児のヴワデグ(のちのアベル、松下優也)は敏腕ホテルチェーン経営者のもとでレストランのウェイターとして客裁きや運営手腕で頭角を現し、やがては経営の後継者に。この稀代の銀行家とホテル経営者は投資に関するある出来事によって互いの人生が交錯して衝突し、絶望的なまでに対立する。
観客が物語にのめり込んでしまうのは、実際の世界史、米国史に起きた史実上の出来事が組み込まれているから。例えば、ケインの父は英国から米国への初航海中に氷山に激突して沈没したタイタニック号にたまたま乗っていて命を落とすし、2人が衝突するのは、米国社会をどん底に突き落とした大恐慌による金融混乱。子どもや孫たちの世代にもそれぞれの時代の世相や文化が反映する。
アベルがポーランドで出生後、貧困な家庭であえぎ、やがて米国に渡り、要領の良さと世渡りのうまさだけで米国社会でのし上がっていくアメリカンドリームの過程もまた歴史の変転を乗り越えた結果だ。
政治家として歴史上の出来事が経済界や市民にどのような影響を与えるか、痛いほど知っていたアーチャーらしいアクティブな設定と言える。
松下洸平と松下優也は初共演。ケインとアベルは物語がそれぞれの視点で別々に語られていくため、電話やわずかな接触などを除けば直接的な対決はごくわずか。演劇的にもその中で2人の性格の違いや生まれの違いから来るすれ違いをせりふで表現するには、的確な表現力が求められる。
松下はかつて頭角を現した2人芝居ミュージカル「スリル・ミー」やその後の「木の上の軍隊」「母と暮せば」などで舞台上の繊細な演技を磨いてきた経験が今回も活きており、せりふ裁きと言葉のやり取りに抜きん出た技術を見せる。
ケインが持つ天性の「誠実さ」がにじみ出るのは、松下にしか出せない信念のある自然な優しさが俳優としての核にあるからだ。
松下優也も、上へ上へと自らの人生を突き上げていくしかなかったアベルの情熱とその裏にある焦燥感を、同じ肉体や精神の中に同居させている人物像を巧みに表現していて惹きつける。
アベルの娘で語り手でもあるフロレンティナ役に咲妃みゆ、アベルと移民船で知り合ったポーランド娘のザフィア役に知念里奈、若き未亡人ケイト・ブルックス役に愛加あゆ、父の盟友でケインの娘行での指南役となるアラン・ロイド役に益岡徹と実力派俳優が多く共演する。ホテル王デイヴィス・リロイ役を山口祐一郎が演じていることも話題だ。
曾祖父がポーランドから苦難を経て米国に渡ったアベルと同じような道をたどっているという宿命的なつながりを持つ演出・脚本のダニエル・ゴールドスタインは、日本でも「ザ・ミュージック・マン」などの演出で大きな反響があったクリエイター。振付のジェニファー・ウェーバーは米国でも話題作が相次ぐ人気者。世界的なクリエイターと日本の表現者たちの鮮烈なコラボレーションは、新たなつながりを広げ続けている。
ミュージカル「ケイン&アベル」は2025年1月22日~2月16日に東京・渋谷の東急シアターオーブで、2月23日~3月2日に大阪市の新歌舞伎座で上演される。
※アベル出生の箇所について加筆修正しました(2025年2月4日)