目黒区の「マッターホルン銭湯」

東京
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

20代の後半には、趣味で都内の銭湯巡りをしていた。

平成がヒトケタから2ケタに移るあたり、昭和レトロの定番であった銭湯は当時においても「失われゆく風情」だったが、それでも山の手や下町、住宅街のそこかしこに大浴場が営まれていた。

さて平成以降の銭湯は基本的に「ビル銭湯」「宮式建築」のふたつに大別できる。ビル銭湯は、文字通りビルの1階にある近代的な銭湯。オーナーが物件を雑居ビルなりマンションなりに建て替えはしたものの、その1階部分で生業を守り続ける。

宮式銭湯は、漫画やアニメに登場するようないわゆる「昔ながらの銭湯」。寺社建築にも似た、壮大な瓦ぶきの建築。

男女別の入り口。
番台
板敷の脱衣室。
板の間に木製鍵のロッカー
さらには籐の脱衣籠
お寺のような高い天井。格天井。
ガラス戸を繰ればタイル式の浴室
赤と青のカラン
水垢がついた鏡
そしてあっつい湯が満たされた浴槽の上には地元商店街の手書き広告

その上には…ペンキ絵の富士

寺社建築の木造建築、そして富士山
まさに日本文化のエッセンスが凝縮された空間である

さて宮式銭湯は東京式銭湯の別名もあるように、東京で生まれた様式だ。関東大震災の復興のなかで生まれ、戦災で失われながらも復活。昭和アニメで取り上げられ「銭湯の定番」イメージとして定着する。

銭湯のペンキ絵は富士山、は東京ならではのものだ。

だが銭湯によってはオーナー、あるいはペンキ絵師の好みで富士山以外のものが描かれる場合もある。西洋の古城、能登の見附島、はては宇宙ステーション…

 

もう15年以上も前だろうか
東急東横線沿線の下町で遭遇した銭湯は面白かった。
見た目は木造の昔ながらの建築だが、寺社建築とは微妙に異なる。材を壁に浮き出させた中世ヨーロッパの「ハーフティンバー」を思わせる外観。中に入れば脱衣室は全面板張り。これも日本風ではなく微妙にモダン。巨大な角材が「腰掛け」として横たえられている。

そして浴室へと至れば…
男湯の背景にはスイスアルプスの名峰・マッターホルンが青空に映える。
障壁を見越して女湯のほうにうかがえるのは、これもアルプスの名峰でヨーロッパ最高峰のモンブランが夕日に染まる。

脱衣室の作りは「山小屋風」なのだ。
ここは「アルピニスト銭湯」なのだ

日本の名峰・富士山
でも地域には地域の名峰がある
世界各国には各国の名峰がある

それぞれの尊崇され愛される山を拝めるのも、昭和銭湯の魅力。

プロフィール
フリーライター
角田陽一
1974年、北海道生まれ。2004年よりフリーライター。食文化やアウトドア、そして故郷である北海道の歴史文化をモチーフに執筆中。 著書に『図解アイヌ』(新紀元社)、執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ)など。現在、雑誌『時空旅人』『男の隠れ家』で記事執筆中。

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