親子で楽しめるまさしく「今」の作品に結実、4大プロによる「イヌビト」
劇作家で演出家の長塚圭史と、コンドルズのリーダー近藤良平、バレエ出身のダンスパフォーマー首藤康之、そして演劇の申し子である松たか子。身体表現のプロであるこの4人が組んだらどんなことができると、あなたは思うだろうか。
新国立劇場で断続的に続くこのプロジェクトは、盗まれた音を探して旅に出る夫婦の不思議な物語「音のいない世界で」(2012年)、鏡をはさんでこちらとあちらが仕草から行動まで対称的になる「かがみのかなたはたなかのなかに」(2015、2017年)と上質なパフォーマンスとして成長を続けてきたが、2020年は新型コロナウイルスをほうふつとさせる感染症に揺り動かされる人間社会のありようを描いた社会的作品「イヌビト ~犬人~」に結実。子どもも大人も楽しめる演劇シリーズというクリエイターにとってはなかなかに難しい条件をクリアしつつ、リアルタイムのテーマを表現する離れ業に成功しているのだ。
タナカ一家が移住してきた町は住民たちがみんなマスクを着け、一定の距離をとる殺伐とした雰囲気。30年前にはやった狂犬病のためイヌが飼えなくなっていたが、今度は「イヌビト病」がはやりだし、ヒトヒト感染も確認された…というお話。
人々が互いに疑心暗鬼になり、互いを監視し合う様子や、自分の正義に合わない人同士が非難し合う様子は、今の時代に似ていなくもなくて、ドキドキしてくる。暴走する集団心理も恐ろしい。
これまではほぼ4人で演じてきたが、今回は10人のダンサーを加えて群舞を多用し、ダンスパフォーマンスとしても高次元なものに。シンガー・ソングライターでもある松の情緒のある歌声も心に沁み込んでくる。子どもたちはコロナ禍において多くのことを感じているはずだが、この舞台から感染症におかされた社会のゆがみを見て取っていることだろう。
演劇人は常に社会と対話している。東日本大震災後には当時の社会状況をベースにした「背水の孤島」「黄色い叫び」といった名作舞台が生まれた。コロナ禍という災厄からどんな作品が生まれるかはまだ不透明だが、本作はその有力候補だ。「イヌビト ~犬人~」は8月5~16日に東京・初台の新国立劇場中劇場で上演された。