ミッション10 平成最後の読書の秋に青春の1冊を探せ
- ミッション10
- 電通第5CRプランニング局 クリエーティヴ・ディレクター / コピーライター 門田 陽
ホンにちは!
ずいぶん1行が長い指令ですが、要は青春の1冊選びですね。僕は、中学時代はあまり本を読んでいません。原因のひとつは読書感想文。大嫌いでした。単純に反抗期だったので大人からやらされる感が強いものには逆らってしまったのですね。アホでした。その反動なのか高校生になってからは本の虫みたいな時期もありました。個人的に1冊ということなら、もやもやした少年の気持ちや冒険をみずみずしく描いたサローヤンの「我が名はアラム」を選びますが(※この本については以前にコラム「とりとめないわ⑧」で紹介しています)ここではそうはいかないので、普遍的に文句なしの1冊を探します。
☆ヒントは本屋さん
ふだんから本屋さんには飲み屋さんと同様よく通っていますが、今回の指令を受けてからは日に三度以上は本屋さんに行きました。どこの書店もちょうど夏の文庫本フェアの時期(※写真①)。あっ!これはいい材料。夏の文庫本フェアのターゲットは学生です。文庫本になるということは一過性のものではないですし、お財布にもやさしい。わっ!思い出しました。あれは1984年の夏、「新潮文庫の100冊ぜんぶ読むと、とんでもないことになると思う。」というキャッチフレーズとそのボディコピーが大好きで何度もノートに書き写したこと。
井上陽水を起用した広告でコピーは糸井重里さんです。参考までにそのボディコピーはこんなでした。
どんなに厳しい国語の先生でも、「新潮文庫の100冊をぜんぶ読むこと」なんていう宿題は出さないと思います。それは、たった1冊の本で人生が変わってしまうくらいなので、100冊も読んだらどうなるか見当もつかないからではないでしょうか。でも、30歳くらいまでには、徐々に、100冊ぜんぶ読んでみたいものですね。ちなみに、総合計の金額は、33,620円です。買ってから何度読みかえしても、追加料金は必要ありません。
いやー、このコピー、久しぶりに読み返しても痺れます。
☆人気者は誰?
この夏、フェアを行っていたのは新潮文庫と角川文庫と集英社文庫。新潮文庫は「新潮文庫の100冊」、角川文庫は「カドフェス2018」、集英社文庫は「ナツイチ」というタイトルでそれぞれ定番化しています。いずれも大手出版社の本のプロ達が選んだものなのでこれはひとまず信用して進めます。
どんな作家のどんな作品が選ばれているのか。今年の場合、新潮文庫は106冊(タイトルは100冊なのになぜか106冊あります。そのことについて新潮文庫では「思いがあふれて100冊以上になっております」と説明しています)、角川文庫は98冊、集英社文庫は81冊の作品を選んでいます。その中で各社すべてから選ばれた作家が13人いました。以下、並びは五十音順です。外国人が一人いますが強引に五十音順です(苦笑)。
赤川次郎
朝井リョウ
伊坂幸太郎
荻原浩
サン=テグジュペリ
太宰治
辻村深月
夏目漱石
畠中恵
原田マハ
湊かなえ
宮部みゆき
米澤穂信
巨匠、文豪、新進気鋭、故人から最近の若手まで錚々たるメンバーです。この13人の中から今年の読書の秋、青少年たちに超オススメの1冊を選んで間違いないはずです。少し意外だったのは村上春樹、東野圭吾、松本清張、芥川龍之介などの名前がないこと。出版社との関係性や時代の流れもあってのことでしょうか。それと漫画もあっていいはずですが、それはまた別のカテゴリーということで今回は見送ります。
☆ベスト3はこの3冊!
次にこの13人の中で3社とも同じ作品を選んだ作家が3人いました。夏目漱石(1867年~1916年)、太宰治(1909年~1948年)、サン=テグジュペリ(1900年~1944年)でいずれも故人。全員若くて亡くなっています。作品は夏目漱石が「こころ」、太宰治が「人間失格」、サン=テグジュペリが「星の王子さま」です。イメージ的には夏目漱石は「坊ちゃん」か「吾輩は猫である」、太宰治は「走れメロス」かと思ったのですが違うのですね。ともかくこの3冊をベスト3に決めました!勝手におめでとうございます!!
☆3冊×3から3冊×4に
選んだ3冊を新宿の紀伊國屋書店で各3冊ずつ(新潮文庫、角川文庫、集英社文庫)購入。読み比べてみます。いや待て!もう一社調べて損はない出版社があることを忘れていました。教養といえばこの文庫。知識高い系(意識ではなく 笑)の心の拠りどころでもある岩波文庫の存在です。もしここにこの3冊の中で選ばれたものがあれば、それこそがベスト1と言っても過言ではないだろうと慌てて新宿紀伊國屋書店に戻りました。う~む、唸るしかありません。3冊ともありました。仕方ないので岩波文庫の3冊も購入して重たくなったバッグを引きずり帰りました。そして読みました。
断っておくと僕はこの3冊(「こころ」「人間失格」「星の王子さま」)はともに再読です。いずれも10代の後半に読みました。
☆「こころ」に心が折れる
まず目の前に4冊の「こころ」を並べてどれで読もうか迷いました。同じ漱石の「こころ」なのに見た目からずいぶん印象が違います(※写真②)。手に取ると重さも頁数も違います。値段もなぜかかなり違うのです。驚きです。ちなみに新潮文庫は本文327頁で解説は江藤淳(文芸評論家)と三好行雄(文芸評論家)、値段は370円(税別)。角川文庫は頭にあらすじがあり、本文301頁で解説は宮井一郎(文芸評論家)と中村明(早稲田大学教授)、値段は360円(税別)。集英社文庫は頭に漱石のアルバム写真があって本文293頁で解説は菊田均(文芸評論家)と吉永みち子(作家)の鑑賞文付き、値段は400円(税別)。さらに岩波文庫は本文276頁で解説は古井由吉(小説家)、値段は600円(税別)。岩波文庫は一番薄くて一番高価格とコスパが悪いです。それよりも動揺したのは同じ作品、しかも大文豪漱石の作品なのに各々の出版社で表記の仕方が違うことです。何より大事と言われる書き出しの一行目から違うのです。
「私はその人を常に先生と呼んでいた。」
角川文庫以外の3社は「私」に「わたくし」とルビを振っています。角川文庫だけはそのままでルビがありません。おそらく今の読者はルビがない場合、「私」は「わたし」と読むはずです。さらに最後の最後の一行などは4社別々の表記なのです。
「凡てを腹の中にしまって置いて下さい」
「すべてを腹の中にしまっておいてください」
「すべてを腹の中しまっておいて下さい」
「凡(すべ)てを腹の中にしまって置いて下さい」
上から新潮文庫、角川文庫、集英社文庫、岩波文庫の順です。たった一行でこんなですから読む出版社によって作品の印象も変わるかもしれないと恐ろしくなりました。今回までそんなこと、気にしたことがありませんでした。
☆「人間失格」でどんより、「星の王子さま」でほっこり
それにしても、「こころ」って重たい作品だったのですね。なぜだか若い頃に読んだものとは別モノに感じました。「こころ」と「人間失格」は紙質が手にしっくり来た新潮文庫で読みました。久々に読む太宰治。「恥の多い生涯を送ってきました。」の一行に数十年ぶりにまた心を刺されました。若い頃と違ってそれはチクッではなくグサッな感じです。そのどんよりとした読後感のまま読み始めた「星の王子さま」はステキな王子さまでした。「星の王子さま」は4社ともに訳者が違い、また集英社文庫だけは横書きでイメージも柔らかだったりします。挿絵や表紙のイラストが各社同じ理由はそれもサン=テグジュペリの自筆だからです。僕はこの作品に関しては訳と文字間の広さの好みで岩波文庫で読みました。
☆結論!青春の1冊は何?
「こころ」「人間失格」「星の王子さま」
この中からベストオブベストの1冊を選ぶのは至難の業です。甲乙どころか山羊と羊の泣き声よりも差がないと思います。そんなとき、人はどうするのか?決まってるじゃないですか!ジャンケンです!!しかし一人ではジャンケンはムリなのでそんなときは、あの手です。あみだくじで決めました(※写真③)。なのでこの結果は明日やればまた変わるのかもしれません。