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ガキ帝国
ガキ帝国の記事一覧
2024.03.06
井筒和幸の Get It Up !
Vol.71
映画監督 井筒 和幸
何度も赤信号にひっかかり、何度もNGになり、数カット撮るうちに空が白み始めた。地球が回転していたことを忘れていた。朝なんか来るな!と思った。
『ガキ帝国』(81年)は1980年の秋にクランクインはしたものの、なにせ、初めての長編映画だし、現場は試行錯誤ばかりで思ったように運ばなかった。スタジオにセット
2024.02.07
井筒和幸の Get It Up !
Vol.70
映画監督 井筒 和幸
クランクイン初日からアドレナリンが出まくり、飯も口に入らず、眠れる時間もまったくなかった。よく死ななかったものだ。
1980年の秋口から、初めての一般映画『ガキ帝国』(81年)は、準備も追いつかないままドタバタのうちにクランクインした。初日の早朝ロケは前夜から一睡もできなかっ
2023.12.06
井筒和幸の Get It Up !
Vol.68
映画監督 井筒 和幸
大衆のための映画とは何か、映画を見て勉強を重ねた日々。そして、ついに一般映画を撮るチャンスが到来した。
振り返ってみれば、70年代は無職同然の20代のボクには、懐にお金はなかったけれど、「映画という虚構」がいつも身の回りにあってくれて、映画を見るというより、映画を
2020.09.02
井筒和幸の Get It Up !
Vol.029
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸
“活動屋”とは何だ。寝ても覚めても映画のことばかり考えて生きていた
1984年は、アイドル映画からCM演出にビデオワークまで、映像の仕事なら何でもし始めた“活動屋”としては、次から次と忙しかった。しかし、オレはいったい何屋なんだ
2020.06.03
井筒和幸の Get It Up !
Vol.026
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸氏
映画という祭りが終わると、虚しさしかない。祭りは一期一会。どこで封切ろうと結果がどうだろうとボクには無縁だった。
ヒッチコック作品の回顧上映もやっていた当時の日比谷のみゆき座や旧新宿武蔵野館をメインに、たかがアイドルものの『晴れ、ときどき殺人』は『湯殿山麓呪い村』というミイ
2020.05.13
Viva! 映画
Vol.014
映画「無頼」 監督 井筒 和幸
「昭和には生きるヒントが詰まっている!」井筒和幸監督が8年ぶりの新作『無頼』に込めた思い
クリエイターズステーションの人気コラム「井筒和幸のGet It Up!」でもおなじみの井筒和幸監督が、8年ぶりにメガホンを取った映画『無頼』。昭和という時代を生
2019.07.03
井筒和幸の Get It Up !
Vol.015
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸
“創造”と“混迷”の連続、怒涛の1981年を振り返る
1981年は、『ガキ帝国』の関西先行封切りと、二作目の東映版『ガキ帝国・悪たれ戦争』の封切りと、そして、打ち上げ大暴れ逮捕事件まで立て続けにあって、まさしく怒涛
2019.04.03
井筒和幸の Get It Up !
Vol.12
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸 氏
メジャー映画に出ていくのは、まるで内海から太平洋に船出する気分だった。気力を使い果たし、得たもの、失ったもの
「明日都合つけられるならよろしくね」と東映本社のプロデューサーから電話で告げられ、「はい、じゃ3時に行きます」と受話器をおいた時、確かに、ボクはちょっとだけ飛び
2019.03.13
井筒和幸の Get It Up !
Vol.11
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸 氏
『果てない映画への夢が募り始めた頃、ついに大手の東映から、製作依頼の電話がかかってきた』
『ガキ帝国』はアート・シアター・ギルド(ATG)の配給で、先ずは阪神地区の劇場で興行がスタートした。大阪のヤンチャ話だから、大阪で先行公開したようだった。ボクは
2019.02.06
井筒和幸の Get It Up !
Vol.10
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸 氏
『「社会」と「学校」、「親」と「家族」、「階級」と「カネ」、「友だち」との 関わりをまるごと描くのが、井筒和幸製の不良劇』
我が人生で激動の年となった1980年、に若衆集めの“井筒組"スタッフたちは『ガキ帝国』という初めての一般映画に、挑んだのだった。新聞に「君も紳助・竜介
2019.01.09
井筒和幸の Get It Up !
Vol.9
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸 氏
『映画製作は命がけだ。そして、自分の作りたいものを作る、それが作品となる』
1980年は、ボクら“井筒組"にとっては忘れがたい年だ。ボクは28歳になったばかりだったが、人々がそれぞれ個人の「虚構」を追い求めていた70年代の、ま
2018.12.05
井筒和幸の Get It Up !
Vol.8
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸 氏
『映画は芸術であって、コンテンツやビジネスなどではない。我らこそが資本、作品こそ資本だ』
我ら、ちょっとばかり名の売れ出した、つまり、新聞や週刊誌に名前を書かれ始めた新進気鋭の若手たち(自主制作の「暗くなるまで待てない」の大森一樹や「ライブイン茅ヶ崎
2018.11.07
井筒和幸の Get It Up !
Vol.7
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸 氏
『映画作りは至難の技。それは作り手、作家の思想、思惑の表現場なんだ』
自分の部屋や馴染みの喫茶店でエッセイやコントの台本は書けるけど、映画の主人公や脇役の動作(行動)を「ト書き」として書き、「セリフ」を書いても、シナリオというのは
2018.08.01
井筒和幸の Get It Up !
Vol.4
井筒和幸の Get It Up ! 井筒 和幸 氏
映画館にしか映画はない。人が動いてるのか止まってるのか、ほんとは映画館でしか分からない
なけなしのお金だけ持って、大阪のミナミ千日前や新世界国際劇場に繰り出しては、一人で映画を見たおす日々が、ボクの20代は黄金の日々だった。千日前には大劇ビルという
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